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愛しの都は喧騒の中に

#3

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 ヴァローナから帰ってきて数週間経ちました。
 王都は夏の季節を迎えており、日差しの強い日が続いています。

 帰国してすぐに溜まっていた新聞を読み、何が起きていたかなどを把握しました。
 確かに喧嘩やよく当たる占い師の話も書かれていました。
 それに何通か手紙も頂いており、急ぎその返事を書くなどしておりました。

 しばらく家を空けていたのにも関わらず、幸い部屋で育てていた薬草が全滅することはありませんでした。
 悲しかったことと言えばオタネニンジンの開花を見逃し、帰宅した時には実がなっていた事です。
 開花を見れなかったのは残念ですが、種を集めて近日中にドゥイリオ様の元へ訪れる事としましょう。

『いやぁ、暇さね。あっちにいた頃は毎日外にいたけど、キー君ちでのんびり過ごすありがたみを思い知るさね』

 リィが欠伸混じりに話します。
 ヴァローナではほとんど一緒にいる事は無かったので、こうして過ごすのは久しぶりです。
 私は紅茶を飲みながら、今朝届いた新聞に目を通しています。
 本日の見出しはこうです。

『喧嘩の火の粉に水鉄砲? 流れ弾には要注意!』

 どうも王都内で起きている喧嘩に冷水を浴びせて収める例が何度か起きているようです。
 最初はバケツで水を掛けていたそうですが、最近は観光の方へ配慮してか、水鉄砲を使用しているそうです。

 記事では「『水掛け論』を水で止めるなんてシャレが効いている」などと書かれていますが、そもそも新聞の記事になるほど喧嘩の頻度が高いことが問題に思えます。
 先日のイザッコの話通りなら、なかなか解決が見込めないのかもしれません。

 今日は少し早めに市場で買い物を済ませ、いつもタルトトルタを食べる喫茶店へ行きたいと思います。
 春に限定で作られる商品を逃してしまいましたし、冬頃に頂いた試作品のチョコのタルトトルタが食べられるかと思います。

​───────

「はぁ~~、落ち着くわァ~。ほくほくのお野菜とお肉の優しい味、そろそろ不貞腐れるとこだったわぁ~」
「僕も心配してました、またこうやってキーノスさんのご飯食べれるの嬉しいです!」

 開店から少ししてから、カーラ様とメル様がご来店されています。
 本日は肉ジャガとアジスガレッロのテリヤキをレイシュと共にお召し上がりになっております。

「店長本当に元気なかったんですよ、他のお店だとなんか口調もいつもと同じでしたし」
「ここでも最初は普通に話してたのよ? ただミケーノってなんか気ぃ許しちゃう感じしない? それで話してるうちにポロっと出ちゃったのよ」
「少しわかる気もします」
「はぁ~やっぱこのお料理と雰囲気よ、改めておかえりキーノス」
「キーノスさんおかえりなさい!」

 お二人のこういう会話を聞いていると、嬉しい気持ちになるのが自分でも分かります。
 安心するというと過剰な気もしますが、似た感情が湧き頬が緩むのが分かります。

「ありがとうございます」

 ただいま戻りました、と言うには少し遅いので感謝の言葉のみ口にします。
 私の言葉と感情を理解してくださったのか、お二人が微笑んでくださいます。

「最近になってやっと落ち着いたけど、街中の喧嘩って本当にめんどくさかったのよ? お店の前で始まった時なんて、お客さんは帰れないし入って来れないしで」
「あれ困りましたね、掴み合いしてましたから」
「騎士が近くにいてなんとかなったけど、ワタシ達お店の中から見守ることしか出来なかったし」

 お二人がため息をついてしまわれます。
 カーラ様のお店は女性のお客様が多いでしょうから、かなり困った事になっていたのでしょう。
 空気を変えるためか、メル様が明るい表情で今朝の新聞にもあった水を差す話をなさいます。

「港に近いお店は水鉄砲使って止めてるみたいですね」
「今朝の新聞の話ね。アレはおもちゃ屋さんがやってるって話なのに、ワタシ達までやってるみたいに書かれてて困っちゃうわよ」
「本当に水かけてるのって、バルトさんのとこくらいですよね」
「あとお花屋さんかしら? あの時の冗談がホントになるなんて、ワタシもびっくりしてるのよ?」

 カーラ様のお話によると。
 ヴァローナから帰国した後、商会の集まりで例の水を差す作戦を打診したそうです。
 最初は反対の声もあったそうですが、賛成した何人かが実行したところ予想外に盛り上がったそうです。

「いつも機嫌悪そうなバルトさんの店員さんの対応、噂になりましたよね」
「見ると分かるわよ、水掛けた後で『蒸し風呂』って言って券渡すのよ? 周りも固まるわよあれは」
「僕もそう出来たらかっこいいのになぁ。まだやって良いのか分かんなくて、券渡すしか出来ないです」
「大丈夫よ、そういう人の方が多いみたいよ?」

 メル様は少し困ったような笑みを浮かべてから、お酒を一口召し上がります。

「あの券本当に助かります、渡せばとりあえず喧嘩は止めてくれるし」
「そうねぇ。でも結局温泉に着くまでに喧嘩になって、蒸し風呂に行くんですってね」
「その後冷えたビール飲んで仲直りって言うのが、最近よくある話みたいですね」

 カーラ様が肉ジャガのえんどう豆ピゼッロを召し上がってから、レイシュを一口飲みます。

「洗濯屋の人が色水使ったのは特に効いたみたいよ」
「あーたまに緑に染まってたのって、それだったんですね」
「あれシオの作戦らしくって『服は洗って届けるからユカタで帰れ』って言うそうなの」
「そうだったんですか、あのユカタで歩くのちょっと良いなぁって思ってたんですよね」

 最近街中でユカタ姿の方々を見かける事がます。
 仲は良さそうな印象でしたが、理由があったのですね。

「そもそも街中で喧嘩なんてするのもどうかと思うわよ、しかも昼間から」
「変な感じでしたよね。同じ人なら分かるけど、違う人なんですよね」
「みたいね、なんかみんな揃ってイライラするような事なんてあったかしら?」

 少し考えるような仕草をなさってから、メル様が少しだけ苦い顔をなさいます。

「貴族の人がまた来てるからですかね? ウチに来てるあの人が他でもなんかしてるとか」
「うぅ~ん、ないとは言えないわね……」

 メル様が小さく微笑んでから、残りのテリヤキを召し上がります。
 変わった女性の事をメル様が仰らないのなら、喧嘩の原因の全てがその女性にある訳でもないようですね。
 カーラ様の表情が少しだけ曇ったものに変わったように見えますが、その理由はお話されず、ご注文をいただきました。

「キーノス、追加でエダマメとレイシュお願い出来るかしら?」
「あ、僕も同じのお願いします!」
「かしこまりました」

 お二人が空いたお皿を私に渡してきます。
 貴族のお話が気にはなるのですが、カーラ様の表情を曇らせた原因であるのなら、質問しない方が良いのかもしれません。


 私が料理を用意して調理場から戻ってきた時、お二人は別の話をされてました。
 邪魔にならないように、黙ってご注文された品をお出しします。

「ビャンコさんも褒めてたわよ、あの占い」
「ホントに当たってましたよ、僕お母さんにあげるプレゼントを何にしたら良いか占ってもらったんです」
「あら素敵ね、喜んでもらえた?」
「はい、花束なんて貰うこと滅多にないからって喜んでました。僕の誕生日と母の日が近くていつもプレゼント交換になるんです」
「仲良いのね、ワタシあげたことないわ」

 決まった日に両親に贈り物をする習慣がこの世界ではあるようですが、私がいた環境にはありませんでした。
 仮にあったとしても、両親は私からの贈り物など嫌悪の対象にしかならないでしょう。

「でも当たってるのってそれだけ?」
「色々聞いてて、他だと……ジャンが好きな子と上手くいくか聞いてて、時間かけろって言われたのにすぐに告白してフラれてました」
「うぅ~ん、なんとも言えないわね。それだけならココで相談しても同じ気がするわ」
「そうかもしれないです、ミケーノさんにも止められたって言ってました」
「お母様の花束もシオが言いそうよね」

 確かにお二人の仰る通りかもしれません。

「そういえばその占いって何で占うの?」
「うーん、星座占いですかね?」
「メルは双子座ジェメッリよね」
「はい、店長は何ですか?」
乙女座 ヴィゥジネよ」
「良いですね、店長らしいです」
「キーノスは?」

 確か誕生日がいつかで決まるものでしたね、占星術などの学術書で読んだことがあります。

水瓶座アクワリオです」

 正確な誕生日は分からないので、サチ様が決めてくださったものを元にするなら、です。

「わぁ、双子座ジェメッリと相性良いらしいです!」

 メル様が喜んでくださいます。
 カーラ様は私の回答には特に反応なさらず、レイシュを一口運びます。

「そうよね、星座って相性占いが多いわよね。そんなに話題になるかしら?」
「悩みを聞いてくれるって感じだったから、雰囲気とかもあるんじゃないですか?」
「それだと先月『キーノスはいつ帰ってくるの?』って聞いても宥められるだけだったんじゃないかしら」
「それ正に僕ですね、確か『そう遠い話でもないかもしれません』って言われました」
「占いっていうより相談ね。でも間違ってはないから、当たってるって言えるのかもしれないわね」

 今日のお話を聞いて、ようやく王都で何が起きているのか見えてきたように思います。
 喧嘩と占い師の方は、どちらも私がいない間に噂になっていたようです。
 その調子で私に似た誰かに関する不名誉な噂は、早く消えてくれることを期待してしまいます。
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