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ガス灯で煌めく危険な炎

#3

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 ヴァローナはオランディと陸続きにあるけど、オランディの国境から魔獣の生息地帯を抜け更に低い山脈を超えた場所にある。
 陸路は危険だから少し遠回りしても交易では海路で行われている。

 まぁオレには関係ない、マンタに頼んで空をのんびり移動している。
 馬車で一日かかる距離がこの子なら二時間。
 日除けの傘を斜めに置いてりんごポーロを齧りながらゴロゴロして半日、マンタから声がかかる。

『ついたよー、ここだれもいない』
「お、ありがとう! 帰りまた呼ぶから来てくれる?」
『いいよー、しばらくあそんでるー』

 マンタから降りて少し歩いたらヴァローナの首都クリューヴの入口に着いた。
 相変わらず赤い屋根と茶色い壁、でも夜の港近くは街並みが本当に綺麗なんだよね。
 まずは美味い飯食べれる宿屋探し、猫見つけたら聞いてみよう!

​───────

 日頃のストレスかな、昨日はすっかり飯に酒に楽しんだ。
 元気になった事だしと、朝からアイツんちを探しに向かった。

 今は首都 クリューヴの郊外まで歩いて人が少なくなってきた辺り、もっと言えば高級住宅街まで来た。
 二階建てで広い庭のある家がほとんど、たまにプールのある家もある。
 のんびり風景を楽しんでたら、案内を頼んだ猫が一軒の家の前で止まった。

『ここだよ。ホラ、オヤツよこせよ』
「あんがと、はいコレ」

 雑貨屋で買った乾燥させた小魚をあげた。

『なんだよ、術士サマのクセにケチくせーな』
「昨日来たばっかなの、また頼む時は良いの用意しとくよ」

 猫は小魚を咥えて無愛想に立ち去った。
 オレは豪邸の前に立っているわけだが、流石筆頭術士の家。
 予想はしてたけど強力な結界が張られてるのが分かる。
 とりあえずキーちゃんの術のニオイはしない。
 でもアイツの術のニオイはする。
 値段の高い木というか、そういうニオイ。
 あとなんだろう、もう一種類するんだよなぁ。
 これまた高そうな花のニオイ。
 植物はよく知らないから何のニオイかまでは分からない。

 入口の門のところで呼び鈴を探してたら、中にいた人から声がかかった。

「なんだお前、術士だよな?」

 遠慮のない声が金属製の格子の門の奥から聞こえてきた。
 薄茶色の髪に褐色肌、見るからにカマルプールの人間だ。
 ただコイツの一番の特徴はそこじゃない、赤茶と銀のオッドアイだ。

「なんとか言えよ、ここがどこか分かってんのか?」

 さて、どうするかな。
 コイツからさっきの高そうな花のニオイがしてる。
 多分コイツも術士だ。
 ネウゾロフの家に術士がいてもおかしくはないけど……

「初めまして。これでもネウゾロフさんの知り合いなんだけど、今はいないみたいだね」
「オッサンで男の知り合いなんて、俺か父上かキーノスくらいだろ、お前誰だ?」
「キーちゃん知ってるの?」
「ん? きーちゃ? なんだそれ、お前の飼ってる鳥か?」
「キーノスだよ、銀髪の目付きの悪い術士」

 オレの発言を聞いて、オレの顔を覗き込んで怪訝な表情になる。

「んん? ……あ! お前、オランディの筆頭術士か! 確かサフィーとかいう!」
「誰だよそれ、オレはビャンコだよ」
「そうそう、ビアンコ!」

 ソイツが言い当てた事に得意になったのか、オレを指さして勝ち誇ったように言う。
 いちいち失礼な奴だけど、十歳くらいか? 子供だし仕方ないか。

「で、今ネウゾロフさんいんの?」
「教えなーい」
「なんだ、いないのか」
「いるかもしんねーぞ?」
「じゃあキー、ノスは?」
「教えなーい!」

 そう言ってケタケタと笑う。
 何がそんなに面白いんだか、コイツと話してても埒が明かない。

「てかお前こそなんだよ? 術士みたいだけど、なんでこんなとこいんの? お前カマルプール出身だろ」
「それ、俺の肌の色で言ってんだろ? お前の知り合いで日焼けしてる奴、みんなカマルプールにいんの?」
「知るかよ。どうでも良いけど、今ここお前しかいないの?」
「どうかなー?」

 時間の無駄だった。
 呼び鈴探して鳴らす方が早そうだ。
 門の周りを見回し始めたのに気付いたのか、ソイツが正門を開けた。

「ま、用あるなら入れば? オッサンいつ帰ってくるか知らねぇけど」

 最初からそうしとけよ、と言いたいのを我慢して門をくぐった。
 何も無いタイル張りの広い土地、門から入って右側に二メートルくらいの壁があるくらいで、あとは奥に建物のみ。
 まるで庁舎の演習場みたいだ。

「で? オランディのお偉いさんが何しに来たんだ?」

 さっきの子供が後ろから話しかけてくる。

「それこそお前に関係ないだろ」

 コイツと話してても埒が明かないので、建物の方を見てみる。
 もしかしたらフィルマ君かリィ姉さんが見つかるかもしれない。

「なぁ、お前本当に筆頭術士か?」

 見回した感じだとニッビオの姿は見当たらない。
 リィ姉さんはどうせキーちゃんの影の中にいるから見つからないだろう。

「おーい、質問には答えた方が良いんじゃねぇかー?」

 どうしよう、ヴァローナは精霊さんがそんなに多くない。
 それにこの家に入ってからはほとんどいない。

「今ちょうど暇してたんだよ、ちょっと遊び相手になれよ」

 建物の中かな?
 とりあえず中に入ってみよう。

 ーーその時、背後から花のニオイと一緒に強い熱気が迫ってきた。
 慌てて口笛を吹いてそれを消す。

「お、すっご! 消せるんだ今の」
「オイ、何してんだよ?」
「すごいだろー!」
「危ないだろ、何考えてんだ」

 オレも昔キーちゃんの髪の毛燃やしたのかと思うと、あの時怒られたのは当然かもしれない。
 火元のコイツは未だ楽しそうな顔でオレに指をさす。

「やるじゃん、ちょっと手合わせしようぜ! ここ術使ってもバレないし!」
「ヤだよ、なんでそんな事しなきゃなんねぇんだよ」
「じゃあ俺に勝ったらキーノスに会わせてやる!」
「は? ここにいないの?」
「教えな~い!」

 ソイツは手を頭上に上げて、そこにいちメートルくらいの炎の竜巻を生み出す。



 本当に面倒な奴、だけどここはネウゾロフの家、演習場と違って壊した所で良心は痛まない。

「何、お前が動けなくなれば良いの?」
「おう! それで良いぞ!」

 魔力切れに注意しないと面倒くさそうだ、そこだけ注意して少しくらいなら相手にしても良いかもしれない。

​───────

 十数分、向こうは炎でオレは水をひたすら繰り出し。
 湿度が上がったせいでとても暑い。
 相手も額の汗を袖で拭っている、オレより暑そうだ。

「……まだ、まだやれるぞ!」
「どうせデカい火出すだけだろ、そんくらい読めるんだよ!」
「なんだよ、お前も楽しそうじゃん!」
「うるさいな、さっさと寝ろよ!」

 本格的に魔力切れになりそうなのが自分でわかる。
 笑いだしそうなのを結構必死で我慢してる。
 もういい、奴の魔力切れを待つより眠らせた方が早い。

 大きく息を吸い込んで魔力を込めて子守唄を歌う。

「おおー! これが噂の『獣と歌うカンタンテ・ビアンコ』!」

 何それ、ネウゾロフもだけど勝手に名前付けんな!
 と言いたいのを我慢して歌い続ける。

 段々と奴の足元が覚束なくなり、何か言い訳をしながら地面に倒れそのまま寝た。
 軽く息を整えながら奴を近くで観察して、眠ったのを確認した。

「はーやっと倒れた、やったぞー!」

 どうしようもなく楽しくなってその場で大声で笑い続けた。
 そのまま地面に倒れた、それでも笑いが止まりそうもない。

 間違いない、魔力切れだ。
 こればかりはどうしようもない、回復するまで待つしかない。

 その時、顔の横から見慣れた飴を差し出された。
 この飴、いつものアレだ!
 キツいミントメンタが良いんだよね、それでいて後味が少し甘い。
 知ってる物だからと安心して、そのままもらって口にした。

 しばらく味わっていたら笑いの発作が治まってきた。
 ん? オレ何してんだ?
 そもそもネウゾロフに報告出すように言いに来たのに、なんで魔力切起こすまでいらん喧嘩してたんだ。

「あの、何をしてたのですか?」

 横から聞きなれた声がかかり体を起こす。
 そこにヴァローナの人達がよく着ている長衣を着た、顔の上半分を仮面で覆った男がいた。
 ただその特徴的な銀髪、どう考えてもキーちゃんだ!

「うわぁ、二ヶ月ぶり?」
「そうなりますね」
「なんだ、やっぱりここにいたんね」

 さっきのアイツの言い方ならここにいないかもと思ったけど、やっぱりここにいた。
 見た感じ服はかなり違うけど、冷静に飴を差し出してくるのなんかはキーちゃんのまんまだ。

「それで、もう一度お伺いしますが」
「ん? 何?」

 なんだか気が抜けたせいで、また地面に寝転がる。

「ここで何をしていたのですか?」
「何って……」

 ネウゾロフからの委任状が届いてから二ヶ月何も連絡がないから、それを口実にヴァローナに旅行に来て、ご本人の家に着いたら面倒臭いカマルプールの奴に喧嘩売られて……

「喧嘩?」
「わざわざこんなところに来てやる事ではないでしょう」

 キーちゃんはため息を付いてから、オレの目を見て言う。

「とりあえず中に入れる訳にもいきませんので、ここで少しお待ちいただけますか?」
「え、ダメなの?」
「ここは私の住まいではありません。ジョーティが招き入れたならここまでは許されるかもしれませんが、屋敷の中にご案内するのは師匠の許可を得てからです」
「ジョーティ?」
「あなたの喧嘩相手です」

 それからキーちゃんは、喧嘩相手の男を担いで建物の中へ向かった。
 久しぶりの再会でもう少し喜んで貰えるかと思ったのに、変わってないなぁ。
 少し安心はしたけど、ここまで来たのに冷たくない?

 とりあえずキーちゃんが出てくるまでここで待とう。
 口の中の飴がなくなる頃にはここに来てくれるだろうし。
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