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海辺の桜が夜に舞う

#11

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 今夜の王都の空気は澄んでいて、それでいて寒さもあまり感じません。
 春に入ってからも夜に冷える事はありましたが、少し風が吹いているくらいで心地よい夜です。

 本日は普段から親しくして下さっている皆様と、バルサミーナでハナミを予定しております。
 朝まで仕事だった事を言い訳にして、私は馬車での移動をお断りしております。
 皆様は午前の内から馬車で出発したと聞いておりますので、そろそろ着いた頃でしょうか。

 戸締りなどは済んでおりますし、あとはフィルマから連絡があり次第その座標に転移するだけです。

『キー君は花見をした事はあんのかい?』
「以前サチ様と経験があります」
『それっていつ頃かね?』
「かなり前です、サチ様が二十代の頃ですから」
『それはまた、随分前だね』
チリエージョだけなら時折見に行っておりましたが、ハナミはあの時だけです」

 何を頼まれた時だったかは覚えていませんが、そのついでにとバルサミーナまで案内されました。
 そこで大きい布を広げ、手作りだという弁当を食べようと言われたのが私の初めてのハナミです。
 その時からカンヒザクラの話をされてましたね。

 物思いに耽っていたところに、フィルマの羽がここへ転移されてきました。
 これを使えば正確な位置に移動出来そうです。
 座標の部分にその内容を追記して魔力を込める準備をします。

「リィ、行きますよ」

 リィが私の影の中に移動しましたので、陣に魔力を込めます。
 私の意識が夜の屋外移動し、一瞬だけ体の重みから解放されたあと。
 私は自身の体重と共に満開のチリエージョの下に移動しました。

 満開の時期を少し過ぎたようで、沢山の花びらが夜空に舞います。
 少し色付いた雪のようですが、不規則な動きは輝く蝶のようにも見えます。

『主君、お待ちしておりました!』

 目の前の光景に目を取られていましたが、フィルマに声をかけられて我に返ります。
 そちらに目を向けると、チリエージョの木の枝にフィルマが止まっています。

「お待たせしました。ここに皆様はいらっしゃらないようですが、この先にいらっしゃるのですか?」
『はい、先に行っております!』

 いきなり私が現れて驚かさないようにと、フィルマが少し離れた位置で待ってくれていたのでしょう。
 彼が向かった先でカーラ様の驚いたような声が聞こえてきます。

 まずは遅れた事をお詫びしなければいけませんね。

​───────

 ハナミを始めて約一時間。
 お酒が入ったのもあり場はとても明るい雰囲気に包まれています。
 ミケーノ様と私が持ち込んだ料理の八割は平らげており、今は甘味と塩味の強いオツマミとお酒を楽しんでおります。

「ねぇ、なんでミケーノはキーノスの猫ちゃんに懐かれてるのかしら?」
「前に会ってるんだよな、あと俺なんか猫に好かれんだよ」

 着いてからすぐにリィはミケーノの様の元へ行き、膝の上に乗りました。
 ミケーノ様の事をかなり好いているようです。

「このメニュー、ハナミ用の弁当として売れませんか? レシピのお代は出しますので」
リーソのオムスビなのに白じゃないんだね」
「年始にお出しするオセチに近いものです。材料費が通常より掛かりますので、売り物にするには少し高くなるかもしれません」

 カズロ様が残っていたオムスビを手に取り口になさいます。
 サクラモチ以外にも過去にサチ様が作ってくださったお弁当に似たメニューをお持ちしました。
 あの時の私は状況が理解出来ておらず、後になってあれがサチ様からの厚意による物だと気付きました。

「それにしても」

 シオ様がふふ、と柔和に微笑みながら言葉を続けます。

「衝立があって良かったですね、無かったら今頃キーノス大変な事になってますよ」
「アネモネの君だっけ? でもなんであの謝罪の話が噂になってるの?」
「謝罪? そんなシーンあるんですか?」
「え、シーンっていうか……エルミーニさんとキーノスが笑ったあれの話じゃなくて?」
「外務局の局長とキーノスがですか?」
「新聞に前載ったでしょ、公爵夫人の謝罪会議。記事にはないけど、その時キーノスがアネモネの君って言われて鼻で笑って帰ったんだよね」

 そんな話になってたのですか。
 若干の語弊があるように思います。

「エルミーニさんも笑ってたって聞いて本当に何があったの? ってビャンコさんと話してたんだよね。団長もなんでか詳しく教えてくれないし」
「あれは、なんと言いますか……」

 あの時の詳細をカズロ様にお話します。
 以前ギュンター様にもお話した内容ですが、その時はアネモネなどの単語は出していなかったためシオ様の中で繋がらなかったのでしょう。

「二人が笑いを堪えられないなんて、余程だったんだね」
「でも、それなら作中の銀のアネモネの君は正にキーノスの事じゃないですか?」
「先日カーラ様から聞いた通りなら、私は幼少期に彼女と会っておりませんから違うと思います」
「実は今日その本カーラが持ってきてるんですよ」

 シオ様がカーラ様の近くにあった一冊の本を取り、私に渡してきます。

「挿絵もあるので見てみてはどうですか?」
「拝見します」

 あまり見たい物ではありませんが、自分が誤解を受けるような挿絵があるなら少し気になります。
 しばらくページを捲っていくと……

「あの」
「どうかした?」
「これは、エルミーニ様ですか?」

 特徴ならエルミーニ様と同じような男性が描かれています。

「う、うーん? いや、そう?」
「先程の謝罪の話と繋げるなら、この方がそれだとは思うのですが」
「え、じゃあこれは団長?」
「これがですか? それにしては」

 まつ毛の長さもですが、顔立ちなどがどれも過剰に美化されてると言いますか……
 ただこの二人がそうなら、おそらくイザッコ? の後ろにいるのが私になります。

「……これを見て私と間違えるのですか?」

 私と思われるそれに指を指しながら問います。
 確かに髪質に少しクセはありますがここまではありませんし、顔立ちもなんというか……

「キーノスはまだ納得出来ると思うよ」
「ご冗談ですよね?」
「何となく分かりますよね」

 ……他の方からはこう見えているのですか。
 長年悩んでいる顔立ちが本当にこんな風に見えているのだとしたら、やはり気味の悪い物に思えます。
 怖いもの見たさという心境なのでしょうか、わざわざ見たいと思う気持ちが分かりません。

「ふふ、そんなに嫌そうな顔をしなくても良いでしょう?」
「団長がコレだし、笑顔の理由も全然違うよね」
「しばらくはキーノスは注目を浴びそうですね」

 何も言えず黙ってしまった私を他所に、カーラ様とミケーノ様が会話に参加なさいました。
 今日参加出来たのは私を含めた五名です。
 私の手にカーラ様が持参された本があるのに気付いたカーラ様が、最近の悩みに関してお話されます。

「最近アルジャンに影響されたのかしら、久しぶりに出会いを求めたくなったわぁ」
「春だしな、観光客も増えそうだし良いんじゃねぇか?」
「最近ちょっと噂になってる占い師にでも試しに占ってもらってはどうですか?」
「うーん、男一人で行くのはちょっと勇気がいるわね」
「飲んだ勢いで何人かで行けば良いだろ?」
「占い師も男性の方のようですから、行きやすいと思いますよ」

 リモワにも占いを商いになさってる方はいますが、男性では珍しいかもしれません。
 特殊な方法で未来を見るためではなく、相手の悩みを聞いてその方針を導くような物が多いとは聞いております。

「シオは占ってもらった事あるのかしら?」
「いえ、ですがが『怖いくらい言い当てる』と評判だそうですよ」
「言い当てるかぁ、悩みが何かとかかな」
「欲しいものが何かじゃねぇか?」
「いい出会いにどうやったら巡り会えるか教えて欲しいわ、アルジャンのお話みたいな出会いしてみたいじゃない?」
「現実にあるならなぁ」

 私は持参していたジュンマイシュのボトルからお酒を自分のグラスに注ぎ、少し多めに飲みます。
 例の小説の挿絵を頭から一時的にでも追いやりたい気持ちです。

「あ、そうだわ。キーノスにその本貸してあげる! ポンコツ解消の助けになるかもしれないわよ?」
「いえ、お返しします」
「良いから、読んでみましょうよ!」
「ふふ、さっき面白い話してたんですが」

 シオ様が話をしながら少し辺りを見回します。

「そろそろ冷えてきましたし、宿に移動しませんか? 飲み直しでもしながら」
「それもそうだな、酒も飯も少なくなってきたしな」

 話の途中だったカーラ様は少し不満そうではありましたが、私達は宿へ移動するために片付けを始めました。
 宿はここから少し歩いたところにあるそうです。

​───────

 チリエージョの花びらが散る、宿へ向かう道中。
 隣を歩いていたキーノスが立ち止まった。
 少ししてもついてこない事に気付いて、俺は歩くのを止めて振り返った。

 ニッビオを腕に乗せて何か話しているようだが、少ししたら突然その横に長身の男が現れた。
 それにキーノスも驚いていたようだが、長身の男が俺に気付いて小さく手を振り、指を鳴らした。

 そして、キーノスはそのままチリエージョの花びらと一緒にどこかへ消えた。


 ーーあれから、もう一ヶ月が過ぎた。
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