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眠りを誘う甘い芳香

#9

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 紅茶というのは香りを楽しんでから一口飲み、それから砂糖などを加えて好みの味に整えるものと聞いております。
 私は元々甘い物を好まないのもあり、あまり砂糖を加える事はありません。
 その上今回出されたお茶は質が良く、そのままで美味しく頂くことが出来ます。

「この紅茶はリュンヌから持ってきた物だよ。俺が一番好きなお茶を選んだんだけど、どうかな?」

 お茶に関してシアン様が説明して下さいます。

「確かに美味しいわ、入れ方もお上手なのね」

 ジャン様のお母様がそれに答えます。
 シアン様が時折私とドゥイリオ様の方へ助けを求めような視線を向けてきますが……

「最近温室で育ててるタンポポソッフィオーネが春には食べ頃でね、今度二人に何か料理して欲しいと思ってるんだ」
タンポポソッフィオーネってその辺に生えてるのにわざわざ温室で育ててるのか?」
「日光に当てすぎると美味しくなくなるからね、食べるのが目的だから温室の方が良いんだよ」
「色々あるんだな、リュンヌではどうなんだ?」
「さぁ、侯爵様は雑草なんて食べないと思うよ?」

 シアン様が男爵を装って私達と会っていたことを「知らない」と仰ってから、ドゥイリオ様がこの調子です。

「こ、今度俺も食べてみたいなー……なんて」
「まさか! 侯爵様のお口には合いませんよ」
「俺も、薬草とか、興味があって……」
「ご冗談を、侯爵と言えばかなり高い地位のお方ですよね? まさか雑草に興味があるなんて爵位と見合いませんよ」

 シアン様の目元に光るものが滲み始め、表情に悲壮感が出てきます。

「うっ……その……」
「どうなさいました?」
「す、すみませんでした……」
「こちらこそ失礼いたしました、雑草の話など退屈でしょう?」
「俺、嘘ついてました……」
「あら! ドゥイリオさんに嘘だなんて、侯爵様は勇気がおありね」
「そうですね、モウカハナに行ったことがあるそうですし」

 その勇気がある例として、私の店が出るのは何故でしょうか?

「俺、でも本当に、男爵でもあって」
「侯爵様なのに男爵なんですの?」
「隣の男爵領が、継承者不在で当の男爵が亡くなって、一時的に俺が管理してるので、嘘ではなくて……」
「最初にそれ言えば良かったんじゃねぇか?」
「ミヌレさんに怒られるし、男爵領の統合の打診が、出るだろうから、それが嫌で……」

 シアン様の頬に一筋の涙が流れます。

「ね、泣き虫でしょ?」

 ドゥイリオ様のがクスクスと小さく笑いながら言います。

「もう、ドゥイリオさん意地悪はダメよ?」
「ごめんね、知らないなんて言うからつい」
「うぅ……ごめんなさい……大きな声で言えなくて」
「とりあえず僕は君をなんて呼べば良い?」
「今まで通りが良いけど、ここでは侯爵、かな……」

 シアン様が両手で顔を覆って俯いてしまわれました。

「じゃあ侯爵、聞きたい事があるけど良い?」
「何かな?」

 顔を手から離してドゥイリオ様の方を見ます。

「このテーブル席の人を誘った理由はなんなのかなって」
「あぁ、それなら」

 パッと表情を明るくして話を始めました。

「まずマルキーナ様ご夫婦は、宿なのに色んな国の本を扱ってたからかな」
「あら! よく見てくれてたのね!」
「それとサーラ様のお店のパスタ、本当に美味しくて! 会ったこと無かったけど、誘うならココの人! って思ってたんだ」

 どうやらシアン様はリモワの様々な店に行っているようですね。
 楽しそうに話されている様子を見てか、ドゥイリオ様の様子も少し穏やかなものに変わります。

「ウチじゃないけど、買い占めはダメよ?」
「あぁ……それは本当にすみません……俺はやってないけど、その……」
「分かってるわよ、ドゥイリオさんのとこでもやってないでしょ?」
「俺んとこ……は、やりようがねぇか」
「それがね、食べきれないほど注文されて午後は閉店ってお店もあるそうよ」
「それは困る……このテーブルはともかく、他はどうなんだろうな」

 そう言ってミケーノ様が背後のテーブルに視線をやります。
 他はテーブルが六つほどあり、それぞれ四人から六人ほど座ってる方がいます。

「招待する人は外務局の人と相談して決めたけど、断った人もいるかな」
「聞いてねぇのか?」
「うん、俺の招待したかった人は皆さんで全部なんだ」
「この広い会場で五人はかなり少ないみたいだけど良かったの? 他の方は沢山呼んだみたいに見えるわ」
「そうかもね。今回は俺、ワガママ通したから」

 何か事情があるようですが、シアン様は苦笑いをするだけで明確な回答をなさいません。
 ドゥイリオ様は何かを察したのか、紅茶のカップを持ち上げて微笑みます。

「せっかくだし、この茶葉の話をもっと聞かせてよ。オランディで買うことはできるの?」
「そうね、やっぱりお高いのかしら?」

 話題がお茶の話になったからか、シアン様の雰囲気が和らぎます。
 他のテーブルの様子は気になりますが、ひとまずこの場を楽しむのも悪くないかもしれません。


 何度かお茶のお代わりを頂いた頃、私達のテーブルへ最初に挨拶をしていたご婦人がやって来ました。

「ボイヤー侯爵、私をお客様を紹介して下さるかしら?」

 扇子で口元を隠してますが、立っているせいか自然と見下すような視線になっています。
 シアン様の表情が一瞬で冷えたように見えましたが、にこりと微笑んでみせます。

「あぁこれは公爵夫人。わざわざ僕のテーブルまでおいでくださるとは」

 シアン様は立ち上がり、洗練された仕草でご婦人を手で指して私達に紹介なさいます。

「こちらはリュンヌ帝国貴族序列一位、公爵位ミヌレ家より、ガブリエラ・ド・ミヌレ様、公爵家の第一夫人です」
「私の事はどうぞミヌレ公妃とでもお呼びください」

 テーブルに座っていた私達は小さく会釈を致します。

「それで夫人、あなたがご招待したお客様との会話はお済みですか?」
「まだだけど、こちらにどんな方がいらっしゃるのか知らないから見に来たのよ」
「それは大変なお心遣いを。こちらの皆様は夫人の事はご存知のようでしたよ、色々なお店で沢山の商品をお買い上げになったとか」

 シアン様の笑顔に変化はありませんが、皮肉のように聞こえます。

「あらそう? 私はこちらのテーブルの皆様は見覚えがないわね」
「それならご令嬢ですか? 彼女も目立ちますから」
「ノリアなら、一番のお目当てが来なかったから拗ねてるわよ」
「それは残念です、せっかくの楽しいお茶会で僕の婚約者がそんな思いをしてるなんて」

 シアン様の皮肉に気付いてるのか分かりませんが、ご婦人は意に介した様子もありません。
 ビャンコ様くらい露骨にやらないと伝わらないのでしょうか。

「貴方のテーブルは興味がなかったんだけど」

 ご婦人は扇子を閉じて、少し熱の篭った視線でミケーノ様をご覧になっています。

「あなた、お名前は?」
「俺? ミケーノ・サーラです」
「ミケーノ、ね」

 そう言ってミケーノ様の背後に立ち、両肩にそっと手を置き口元を耳に寄せます。

「私ここに宿泊しておりますの、良かったら遊びにいらしてくださいね」

 ミケーノ様の顔色が青くなります。

「夫人、他のお客様にご挨拶をしに戻られては? 彼は僕の客ですから」
「フン、まぁ良いわ」

 そう言ってスカートを片手で小さく広げて見せ、優雅に一礼します。

「それでは皆様、ごきげんよう。楽しんでくださいませ」

 そのまま綺麗な姿勢を崩さずに振り返り、違うテーブルへと移動されました。
 それを見送ってから、シアン様が両手で顔を覆って俯きます。

「これ、これが嫌なの……恥ずかしい……」
「君はともかく、みんなあぁなの?」
「いや……あの人は特別にそう、かな」
「イヤミに気づかないのもすごいわねぇ」
「……久しぶりに鳥肌立ったぞ」

 あのご婦人は相変わらずですね。
 今日の変装は無意味と言われましたが、気付かれなかったところを見ると効果はあったようです。


 お茶会が始まってから一時間ほど経ちました。
 そろそろ座ってお茶を飲むだけの集まりも少し退屈になってきたような空気があります。

 そろそろ閉会かと思っていた頃、同じ服を着た女性数名がトレイを持って会場に入ってきました。
 そして各テーブルに新しいカップとポットを置いていきます。
 配られているのを確認し、ご婦人が最初に挨拶をした場所へ立ちます。

「さぁ皆様、今回の集まりもそろそろお開きにしようかと思いますわ。最後に今お配りしたお茶をお召し上がりください、帝国の伝統的な茶葉ですのよ」

 カップとポットを運んできた女性が、慣れた手つきでお茶を注いでいきます。
 全員にお茶が配られてから、香りを確認し口にします。

 ……シアン様のお茶がとても美味しかったからでしょうか、非常に渋い物に思います。
 テーブルの皆様も同じように思ったのか、砂糖壺から角砂糖を取り出し加えます。
 私も同じように角砂糖を加え、再び紅茶を口にします。

 今度は先程とは変わって、紅茶の香りと共に軽く滑らかな甘さが溶けるように広がります。
 上質な砂糖なのでしょうか、ついもう一口と飲むうちにカップは空になりました。

「これ、砂糖か? あんまり味しねぇな」

 隣でミケーノ様が感想を仰ってますが、何故か私とーー

​───────


 突然大きな音を立てて、招待客の一人がテーブルに倒れ込んだ。

「お、おい! キーノスどうした!?」

 隣の客が声をかけるも全く反応がない。
 その時テーブルから離れた位置にいた白い男が立ち上がり、テーブルに駆け寄りながら叫んだ。

「ミケさん!! テーブルの上確保! 特にキーちゃんのコップは絶対!!」

 終わろうとしていたはずのお茶会の会場は、予想が出来ない混乱に包まれた。
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