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眠りを誘う甘い芳香

#7

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 先日のエルミーニ様のご来店から数日経過しましたが、特に変わりのない日々を過ごしております。
 今日は朝から降り続く雨でいつもより寒いです。
 フィルマとリィには部屋の中で過ごしてもらうように頼み、今はソファの辺りに集まっています。
 私はお二方に許可を貰いタバコに火をつけ、カフスに魔力を通しております。

『しかしリモワの商店街があんなに静かなのは初めて見たさね』
『特に雑貨店が被害に遭ってるようですぞ、ガラス工芸の店は軒並み門戸を閉ざしております』
「何がしたいのでしょうか、目的が見えません」
『金持ちって言いたいのかね? 全くいい迷惑だろうよ』

 お二方は都内の様子を話してくれます。
 私は最近商店街の辺りに足を運ぶ事が無かったため、そこまでとは思っておりませんでした。

『リュンヌの奴らもだけど、トラオは何がしたいんだかねぇ。キー君の師匠なら別邸に雷落として帰るだろう?』
「そうすると思います、師匠はヴァローナではかなり権限をお持ちですから」
『それはあの局長殿も同じなのでは?』
「そのはずですが……今分かる情報から考えますと、彼が自主的に別邸に滞在しているようにも思えます。拉致というのは私達の推測でしかありません」
『誰かの顔色伺うようなヤツでもないさ、無事ならそれで良いんだけどねぇ』

 今回彼らに様々な事を頼む事になり、私だけでは出来なかった事が可能な事が証明されました。
 リィが元々魔獣であったことは知ってましたが、フィルマは魔獣になった事で出来ることが増えたようです。

「ビャンコ様の居場所がよく分かりましたね」
『かのお方は変わった空気を纏われております故、痕跡を辿るのは容易でございます!』

 上空から何か分かればと思いましたが、まさか痕跡を辿る事が出来るとは思いませんでした。
 フィルマはビャンコ様の痕跡が例の別邸で途絶えたのを見つけ、私の部屋へと帰って参りました。

『助けに行くのかい?』
「どうでしょうね、彼がそれを望むならですが」
『確かに助けてくれとは書いてはなかったさね』

 ビャンコ様の残した書類によれば、あと一週間は滞在するつもりのようです。
 そもそも何故別邸にいる流れになったのかが最大の謎ですが、それに関しては明記されておりませんでした。

「本当にお怒りのようでしたが、何か心境の変化でもあったのでしょうか」
『どうだか、トラオのリュンヌ嫌いを変えるなんて余程だろうさ』
「私もそう思うのですが……」

 色々不明瞭な点が多いですが、近いうちにエルミーニ様が何か行動を起こすはずです。

「近日中にお茶会の招待が庁舎から届くでしょうから、それを待つしかありません」
『お茶会ねぇ、なんだってそんな集まりたいのかね』
「夜会よりはマシでしょう、きっと」
『夜会なら何すんだい?』

 過去に書物で読んだ知識でしかありませんが、大方の流れは知っています。

「まずは男性が女性をエスコートしながら入場し、夜会の主催者へ爵位の序列順に正しい挨拶をします」
『エスコートだなんて、始まる前からあんのかい』
「夜会の形式にもよりますが、しばらくは参加者同士で会話をし、楽団による演奏が始まったら入場した相手とダンスを踊ります」
『それから?』
「基本はここまでです。後は他の方と踊ったりお酒や料理を楽しみながら、集まった方々で交流を図ります」
『へぇ、要は宴会かね?』
「似たようなものかと思います。色々と守らなければならないルールがありますので、楽しい場所とは思えませんが」
『主君は参加された事がおありで?』
「いえ、過去に本で読んだだけです」

 過去にサチ様と行く事が決まった時に読んだものです。
 結果として全く意味がありませんでした。

『まぁよく分からないけど、トラオは無事なのかい?』
「おそらくは無事かと思います。かの帝国の方々は術士を欲してますので、害する可能性は低いと思われます」
『それなら良いんだけどさ、心配さね』
「余程の事がなければ彼に危害を加えるのは難しいでしょう」
『それもだけどさ、トラオが何か企んで実行するとロクな事にならないと思うのさ』

 ……誘拐の可能性ばかり考えておりましたが、そちらに関しては考えが及んでおりませんでした。
 そちらはきっと大丈夫でしょう、仮に何かあったとしてもあと一週間程で解決できるはずです。

​───────

 本日のモウカハナにはカーラ様とシオ様がご来店されております。
 ウツセリは既に在庫がなかったため別のお酒と、合わせてセリーオラとラディッシュを煮たものをお召し上がりになっています。

「シオのとこは大丈夫?」
「系列店はやられましたね。カーラのところはどのくらいの被害になりました?」
「それがね、ウチはお茶会断ってからユメノ来なくなって。良かったには良かったんだけど、なんだか不穏な予感がするのよ」
「不穏ですか、そういえばメル君は元気ですか?」
「元気よ、最近は笑顔も戻ってきたしそこは一安心ね」

 招待状の概要をお伝えした時の冷たい表情を思い返し、私も安心します。

「買い占めたあとどうするのかしらね、シオのとこは何買われたの?」
「香炉やカップなどを扱っている小さめの家具ですね、リュンヌに送るように言われたそうですよ」
「小さめの家具なら、領地の人達に配ったりするのかしら?」
「それなら嬉しいですね、ウチの商品が広まるきっかけになりますし」

 明るいシオ様の表情に対して、カーラ様はため息をついて頬杖をつきます。

「シオってホント前向きよね、その割に今回のリュンヌの使節団活かして何かしたりしないのね」
「最初は考えていたんですけど、思った以上に情報が行き違ってたみたいで」
「価値観の話とかかしら?」
「それもですし、魔道具と呼ばれるものが思ったより違うもので」
「あぁ、あの誰でも術が使えちゃうっていう? 壊れたのなら見た事あるわ」
「それがそうでもないようで……」

 シオ様は先日こちらでお見せしたメガネに関して説明なさいます。
 興味を持ったカーラ様から使ってみたいと頼まれましたが、まだ店では術の使用を控えているため、申し訳ありませんがお断りしました。

「庁舎や新聞屋で使われている写真機も魔道具ですが、今にして思うとビャンコさんか魔獣の力で動いてるんでしょうね」
「そうなるわね」
「噂通りだったら、ユメノさんが言ってたスマホやデンシレンジが作れると思ったんですよ」
「あーなるほどね、デンキだったわね確か」

 カーラ様がジュンマイシュの入ったグラスを持ち、手首を使って軽く回します。
 当時の事を思い出しているのでしょう。

「私があの時聞いた説明だと、壁にある穴にコンセントを刺すと使えるそうなのですが」
「壁の穴? コンセント?」
「そのコンセントからデンシレンジやスマホの原動力になるデンキを得るそうです」
「え、えーと?」
「壁の穴とコンセントは分からないですが、動きなどは魔道具がイメージとして近いように思ってたんですけどね」
「うーん、シオは魔道具の家具を作ろうとしたのね?」
「はい、でもキーノスの話を聞いて無理そうだなと」

 家具の制作は可能でしょうけど、魔力の供給に関しては考える必要があります。

「もうちょっとユメノの話が分かりやすければいいのにねぇ」
「そうですね。壁の穴に何かを刺す仕組みなら建築の問題もあると思いますし……とはいえ、彼女はもういませんし」
「いても分かんないわよ、きっと」

 シオ様は大分お悩みのようです。
 私は魔道具に関しての情報なら提供できますが、異世界の事なら別の方で心当たりがあります。

「それなら、ケータ様に相談してみてはいかがですか?」
「ケータ、ってあのマルモワの留学生だった子ですか?」
「彼はサチ様やユメノ様と同郷の方で、幼い頃にこちらにいらしたそうで、かなり優秀だそうです」

 彼の話の通りなら、六歳から十歳までご両親の遊びの手伝いをしていたはずです。
 本来なら出来るはずもない年齢かと思いますが、それをこなしていたのなら当時から優秀だったはずです。

「でも私は彼とそもそも面識がありません」
「先日彼から頂いた手紙に、近いうちにこちらに遊びに来ると書かれておりましたので、ご来店していただければご紹介いたします」

 彼からの手紙は比喩や独特な言い回しが多く理解に時間が掛かりましたが、ギュンター様からのお手紙と合わせると近々ご来店されるような事が書かれていました。

「キーノスはケータ君と仲良いのね、手紙のやりとりするなんて」
「新年のご挨拶だそうです」
「彼は礼儀正しい子なんですね」
「ゾフィちゃんも来るのかしら?」
「どうでしょうか、ギュンター様とケータ様はいらして下さると書かれていました」

 ゾフィ様からの文章には私を気遣って下さるような内容はありましたが、こちらに来るような内容は書かれておりませんでした。

「どうせなら今来れば良いのにね、あっちの冬なんてすっごく寒いでしょきっと」
「そうですね。彼らは夏のリモワから冬のマルモワに移ったわけですから、気温差は大変でしょうね」
「風邪とかひいてなきゃ良いわね、元気かしらあの子達」
「まだ数ヶ月前の事ですから、きっと元気でやってますよ」

 そう言いながら、少し冷めたラディッシュを召し上がります。

「キーノス、暖かいお酒頼めるかしら?」
「アツカンでよろしいですか?」
「えぇ、同じお酒のアツカンをお願いするわ」

 新しいご注文を頂きましたので急ぎ調理場へ行き準備を始めます。
 寒い季節ですし、暖かいものを召し上がって少しでも温まって頂けますと幸いです。
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