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眠りを誘う甘い芳香

#2

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「あぁ、お茶会って言ってたかな」

 寒さのお陰で良い状態のオタネニンジンが仕入れられるため、最近はあまり日を置かずドゥイリオ様のお店に伺いしております。

「シアンさんも参加するの?」
「一応爵位持ちだから、断る方が面倒かな」

 そこで遭遇したシアン様と滞在期間の話題になり、先日聞いた庁舎に現れる夫人の目的に関して聞くことが出来ました。
 お茶会ならダンスは必要ありませんので男性ばかりでも問題はないのでしょうけど、招待する方はどう選ぶのでしょうか。

「それならオランディからの参加者は多くなさそうだね」
「いや、結構な人数呼ぶ気だと思うよ」
「でも爵位のある人なんていないよ?」
「それを今庁舎で何か粘ってるみたいだけどその内……いやもう動いてる、かな」

 言いながらシアン様の表情が曇ります。

「俺にも誰か招待できる人いないか、聞いてきて……」

 そこまで言うと両手で顔を覆って天を仰ぎます。
 恐らく、手の下の顔は悲壮感に満ちているのが想像できます。

「僕とキー君はどうかな?」
「お二人は……これ以上ないくらい、基準に合う、かな……」
「なら良いじゃない、ねぇキー君?」

 私はお断りしたいですが、それを言ってはいけない雰囲気があります。

「せっかくの、お二人を……貴族の社交場になんか……」
「僕らなら今みたいに話してれば良いよね?」

 その言葉でシアン様の震えが止まり、両手を顔から離して潤んだ瞳でドゥイリオ様を見つめます。

「本当?」
「もちろんだよ、キー君も良いよね?」

 シアン様とドゥイリオ様の視線が私へ移ります。

「少し、考えさせてください」

 お断りしにくい空気を感じ、濁すことにしました。
 どうもこのお二人相手にはっきりと断る事ができません。

「どうせ俺の客に興味ないだろうし、前向きに考えてほしい、かな……」

 シアン様はその光景を想像したのか、表情が曇り悲壮感を漂わせ始めます。

「リュンヌのお茶会か、変わったお茶が出ると嬉しいなぁ」

 悲しげなシアン様とは違い、ドゥイリオ様は少し楽しそうです。
 まだ可能性のお話のようですし、私は無縁のお話であって欲しいです。

​───────

「僕、貴族のお茶会参加したくないです」
「ワタシもだけど、どうしたら良いのかしらね……」
「オレにも来たぞ、あとウチに魚卸してる問屋にもか」

 本日はモウカハナにメル様、カーラ様、ミケーノ様がご来店されております。
 どうやら私が昼頃聞いたご招待が皆様に行ったようで、もう既に動き始めているようです。

「キーノスには来たか?」
「いえ、頂いておりません」

 まだ招待状は頂いてはおりません。

「それなら良いが……」
「今日来たわよメルに。ワタシもついでに」
「本当に失礼です、僕あの子苦手です」

​───────

 寒さで客が少ない穏やかな店内は、彼女の来店で騒がしいものに変わった。
 婦人服売り場から店長の声が聞こえ、少ししてから女の子と店長がこちらに来た。

「メルクリオ様、お久しぶりですわ!」
「いらっしゃいませ。こちらは紳士服売り場です」
「今日はメルクリオ様に用があって参りましたの!」

 彼女は手にしていた小さなハンドバッグから一通の封筒を取り出し差し出してくる。

「誇り高いリュンヌ帝国の代表として、この国で初めてとなる社交場へご招待いたしますわ!」

 社交場?

 突然の事に固まって反応出来ないでいると、それを興味があると勘違いしたのか差し出した封筒を顎の下にあてて見せる。
 それから少しだけ顎を反らせて視線を向けてくる。

「この国に大使館が建設されたのはご存知? 私のお母様、ミヌレ公爵夫人の主催で人を厳選して交流の場を設けますの」

 顎に当てていた封筒を持った手で水平に弧を描く。
 まるで一人で舞台にいるようだ。

「そこで、私からも何名かご招待する許可をいただきましたの」

 今度は物を持ったまま両手を胸元に置く。

「招待状にはお母様から許可印もいただきましたわ。そう、これは正式な招待状ですのよ!」

 そして再び封筒をこちらに差し出してくる。

「どうかしら、ミヌレ公爵家長女の私からの正式なご招待。リュンヌ帝国ではありえない事よ? 当然受け取ってくださいますわよね?」

 話は長いが、要は何かの集まりに招待されているようだ。
 行きたいわけがない。

「いえ、僕はそういうのはお断りしています」
「あらどうして? 名誉あるご招待なのよ?」
「それでも受ける訳にはいきません」
「ならこのお店を招待するはどうかしら?」

 そう言って背後の店長に振り返る。
 一瞬驚いた店長だったが、気を取り直したように笑顔を見せる。

「光栄に思いますが、参加するかどうかはまだ返答することができません」
「ふん、と言ってるでしょ? 素直に行きたいって言えば良いじゃない」
「日程や内容などの確認もありますので、ここでの明確な回答は控えさせて頂けますと幸いです」
「貴方はついでよ? お母様が貴方のドレスを気に入ったみたいだから、お母様からの招待状を預かって来てるわ」

 そう言ってハンドバッグからもう一通封筒を取り出す。

「光栄に思う事ね、本来なら男爵以下の平民の商人なんかが受け取れるものではないのよ?」

 そう言って二通の封筒を床に放り投げる。

「さっきの発言は聞かなかった事にしてあげる。よく考えて返事なさいね」

 そう言って店から優雅に立ち去った。
 それを確認して、床に落ちてる物の所に歩み寄る。

「じゃあこれ捨てときますね」

 そう言って封筒を拾おうとした。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 一応中身見ときましょ?」

 店長に止められたので、封筒を拾って二通とも店長に渡した。

​───────

「店長は優しいです、拾って読んであげるなんて」
「いや、それ分かってやってるんだよな……」
「僕は床にゴミを捨てたりしませんよ、貴族の習慣って変わってますよね」

 相当お怒りのようですね、笑顔のメル様から冷たいものを感じます。

「でも招待状、リュンヌの言葉で読めないのよ。それで誰か読んでもらおうと思って」

 そう言って封筒を取り出し、ミケーノ様の方を見ます。

「ミケーノのトコにも来たのよね、なら読めるかしら?」
「いや、オレのはオランディの言葉だったぞ。差出人がボイヤー侯爵ってあったから違う奴じゃねぇか?」
「アナタいつの間に接点持ったの?」
「いや、知らねぇから困ってんだよ」

 招待の基準は、先日のカズロ様たちの会話にあった見目のいい男性でしょう。
 どこかでミケーノ様の姿をご覧になったのかもしれません。

「キーノスはリュンヌの言葉読める?」
「一応は」

 正直あまり読みたいとは思えませんが、カーラ様がお困りですので多少なら問題ないかと思います。
 封筒をお預かりし、中身を拝読します。

「読み上げますか? それとも概要のみにしますか?」
「じゃあ概要だけお願い!」
「承知致しました」

 今手にしているのはメル様宛の物ですので、もう片方の封筒を開けます。

「日時と場所のご案内と、参加して下さる場合男爵の爵位を頂けるとの事です」

 爵位がないなら与えてしまえば良いということでしょうか。
 随分な強行手段に出たようです。

「はぁ? 男爵にしてやるからお茶会に来いってこと?」
「あれ、オレと違うな。オレにはリュンヌの葡萄の種セミドゥヴァのオイルを何本かやるってあったぞ」
「え、何それ! そっちのが良いじゃない!」

 招待した方によって差があるようですね。

「キーノスさん、僕のはなんて書いてありますか?」
「読み上げますか?」
「いえ、概要だけお願いします」
「承知致しました」

 メル様の方の招待状を拝読します。

「こちらは先程とほとんど同じ内容ですが……爵位ではなく妾として迎え入れると書かれています」
「ちょっと、爵位より酷いじゃない」
「妾って……」

 カーラ様はお怒りに、ミケーノ様は呆れ果てたようなご様子に、そしてメル様は……


「キーノスさん、それ燃やしてください」

 笑顔も完全に消えてしまわれております。

「あとお二人共返信用の紙が同封されてまして……そちらに『参加する』と書かれています」
「え? どういう事?」
「それ、ちょっと見せてみろ」

 私はミケーノ様に封筒を中身ごとお渡しします。
 手紙を見て何か気付いたようで「参加する」と書かれた部分を指で指します。

「オレのはここが空欄だった」
「断れないじゃないの!」
「ならここの部分線で消して『お断りします』って書いて返せば良いんじゃねぇか?」
「あ! それだわ! キーノスお願い、書いて!」
「僕のもお願いします!」
「そうなると、お二人の筆跡が同じになってしまいますが」
「なら『お断りします』って二人が覚えて書けば良いだろ」
「なるほど、少しお待ちください」

 私はカウンターにある伝票用紙の裏にリュンヌの文字で『お断りします』と書きカーラ様へお渡しします。

「こちらが文章になります、お返事はここで書かれますか?」
「そうするわ!」
「僕もそうします!」
「承知致しました」

 私は先程使用したペンをカーラ様へお渡しました。
 カーラ様はそれを受け取り、早速返信用の紙に記載なさっています。

 それからお二人共返信用の紙に正しい返事を書きご安心なさったようでした。
 返信用の紙の裏に宛先が書かれており、そのまま投函すれば問題はないようです。

 仮に私が誘われる事があっても、シアン様は同じようにはなさらないとは思います。
 まだお誘いを受けておりませんし、しばらくはドゥイリオ様のお店には行くのを控えようかと思いました。
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