上 下
112 / 185
偽りの月光を映す川面

#8

しおりを挟む
 冬の季節になったことで最近は一段と寒い日が続きます。
 特に冷える今夜は、鍋を食べるのにはちょうど良い気温ですね。

 本日はモウカハナで初めての忘年会です。
 まだ年末では時間がありますが、予定を調整した結果今日決行することになりました。
 お店には招待状をお送りした方の内、ビャンコ様以外の方がいらっしゃいます。
 今は持ってきて頂いた材料をお預かりし、調理場で下処理をしております。

「招待状見る限りなら材料指定してないんだよな?」
「はい、同じ内容で皆様にお送りしております」
「オレは普通に食いたいもん持ってきましたよ、鍋にはネギポッロは欲しいっす!」

 下処理を始めたところ、ミケーノ様とジャン様からお手伝いの申し出を頂きました。
 ご招待したお客様にやって頂くことではありませんし、調理道具が一人分しかないのでお断りしたのですが、それを予想したのかお二人とも調理道具を持参して下さったようでした。
 ジャン様からの強い希望もあり、こうして三人で材料を刻んでおります。

「どれも良い食材ばっかだしな、ポルチーニなんか早々手に入んねぇぞ」
「この白菜カブロチネーゼもっすよ、ヤミナベってやる人で全然違うっすね」
「親父ん時何があったんだか」
「こないだメル君ちでやった時チョコレートありましたけど、スープがカレー味だったんでごまかせました」
「やっぱいるんだなそういう奴」

 シオ様からの質の良い牛肉ブーエとネストレ様からのグランキオをメインに、お野菜もバランス良く持参して頂きました。
 カーラ様からの白菜カブロチネーゼ、ジャン様のネギポッロ、カズロ様からはキノコフンゴで天然のポルチーニ、メル様の二十日大根ラヴァネッロ、ドゥイリオ様から生姜ゼンゼロ
 最後は残ったスープでミケーノ様手打ちのマカロニを加えて終わりの予定です。

「初めてのモウカハナでヤミナベって……って思ってたんすけど、なんか流石って感じっすね! まだお客さんの美形の多さには慣れないっすけど」
「ドゥイリオさんは驚いたな、あの人市場で奥様方にファン多いよな」

 ヤミナベの特性上どんな材料が来るのかと色々な準備をしておりましたが、皆様が持ってきて下さった材料はどれも素晴らしいものでした。
 それにお客様同士も親しくしていらっしゃるのか、店内の雰囲気も穏やかです。

「ドゥイリオさんもっすけど、ネストレさんとか! これから聖獣局の局長も来るんすよね?」
「あぁ、あの二人な。あんま夢持たない方が良いぞ」
「そうなんすか? 予想と違うって意味なら、メル君トコの店長さんの話し方気になってますけどね。違和感ないから余計に」
「そういやそうだった、慣れって怖いもんだ」

 雑談をしながら進めている下処理は順調に進み、十人分の鍋の準備が整います。
 温めていた鍋とスープも良い温度になってきており、良い香りが漂います。

「変わった香りっすね、これ何すか?」
「今は昆布アルガで出汁をとってます、最後にミソと呼ばれる調味料を加える予定です」
「美味いぞ、そういや前にここで料理した時もミソだったな」
「ヤミナベの材料が想像出来ませんでしたので、失敗しにくいもので考えました」
「へぇ! カレーみたいなもんすか?」
「全然違うぞ、今度分けてもらうから賄いでなんか作ってやる」
「やったー! 楽しみっす!」

 お二人は本当に仲が良いようですね。
 ジャン様とはあまり親しくしていなかったため本日来て下さるか不安でしたが、楽しく過ごしてくださっているようで安心しました。

 沸騰しそうですので昆布アルガを取り出し、鍋に材料を加えようと思います。
 鍋は二つ用意しており、メイン以外はどちらも同じ内容で同じタイミングで材料を並べる予定です。

 その時、来店を告げるベルが鳴りました。
 店内から聞こえてくる声によると、最後の招待客が来たようです。

「ビャンコ様がいらしたようですので、出迎えと材料の受け取りに行って参ります」
「お、了解。鍋は一旦そのままにしとくか?」
「はい。ビャンコ様の材料を見てからでも大丈夫かと思いますが、時間が掛かりそうでしたら一度火から下ろしてください」

​───────

 予想していた事とはいえ……正直これを持って調理場に戻るのは気が引けますが、仕方がありません。
 調理場に入ってきた私を見て、お二人の顔が驚いたものに変わります。

「……袋の中身の方だよな?」
「ほ、他にあるんすよね?」

 私は手に少し大きめの袋とボトルを持っています。
 とりあえずボトルを台の上に置き、手に持っていた袋を開封します。
 中身はワインとジェラートです。
 お二人が火のそばを離れ台の方へこちらへいらっしゃいました。

「袋の中のものは差し入れと仰ってました」
「まぁ、どっちもねぇなとは思うが」
「え、じゃあすか!?」


 私が手に持っていたのは袋とボトル、ボトルはどう見ても牛乳ラッテのものです。

「キーノスは、どう思う?」
「ミソと牛乳ラッテを組み合わせて使った事はありませんので、味見をしながら調整する必要があるかと思います」
「なんで牛乳ラッテなんすか……」
「……何故でしょうね」

 思ったよりは酷くないのですが、イタズラ心があったのは間違いないでしょう。
 困惑している私を見て明らかに楽しんでいるご様子でした。

「よし、こうなったらやるしかねぇ。材料は良いもんばっかだから何とかなる……する!」
「流石ミケさん!」
「では私は取り急ぎ今あるミソをいくつかお持ちしますので、どれを使うか相談しましょう」
「え、種類あんのか?」
「はい。最初は辛めの物を使う予定でしたが、牛乳ラッテには他のものが合うかもしれませんので」

 私は棚からミソをいくつか取り出し、お二人の前に並べました。
 お二人は並べられた種類を見て驚かれ、強い関心を示しました。

「よし、リストランテ・ロッソとモウカハナの共同作業だ、絶対美味いの作るぞ!」
「はい! こんだけあれば行けますよ!」
「ありがとうございます、私は合わせて別の料理も用意致します」
「何作るんだ?」
「先に予備で買っておいた野菜と魚介類がありますので、テンプラを」
「おぉ、あれか! 頼む、鍋は任せとけ!」
「良いのですか?」
「全然問題ないぞ、ミソの種類見たら楽しくなってきたしな!」

 牛乳ラッテの登場でどうなるかと思いましたが、お二人の強い味方のお 陰でどうにか解決できそうです。

​───────

「何コレ、美味しいじゃない! ヤミナベってもっとキツいの想像してたのに」
「初めての味だが、パッサータに似てるような……とにかく美味いぞ!」
「ミケさん流石っす! 新しいメニュー出来ましたね!」
「どうなるかと思ったがな、これはこれで結構美味いな」
「いいね、僕が持ってきたポルチーニとよく合うし」

 あちらのテーブルでは鍋に関して賞賛が上がっているようです。
 こちらのテーブルはビャンコ様が少しだけ不満そうな表情をなさっています。

「キーちゃんなら絶対ミソにすると思ったから牛乳ラッテ持ってきたのになぁ」
「そのお陰でまろやかになってますね、とても美味しいですよ」

 シオ様が鍋の中の白菜カプロチネーゼを口にした後で仰います。

「前の時は怒られたから今回は分かりにくいのにしたのになぁ」
「前って……リモワで初めてやったっていう、伝説の悪夢のヤミナベ事件じゃないですよね?」
「あれ、メル君知ってたの?」
「聞いたことあるよ、何故か参加者の誰もが詳細を語らないっていうアレでしょ?」
「ドゥイリオさんも知ってますよね。それで興味あったんで前僕の家でやったんですが、結構なんとかなったんで何があったのかなーって」

 確かにかなり大規模にやったとは聞いてましたが、有名なお話だったのでしょうか。

「それで、前の時ビャンコさんは何を持っていったんですか?」
「ドルチェだよ。生クリームとイチゴフラゴラの生地ががサクサクしてる奴」
「……どうしてそれにしたの?」
「もし追加して美味しくなったら凄いなー! って思ったんよね」
「……今日は牛乳ラッテで良かったです」

 ドルチェが入った鍋を大人数で食べたのを想像して、今日のヤミナベは成功だと思うことが出来ました。

「悔しいけど、キーちゃんの忘年会大成功だね」
「そうですね、来年もやりましょう! ヤミナベかどうかはともかく」
「いや、来年もヤミナベでしょ。今度こそドルチェ持ってくるからよろしく!」
「次回からモウカハナ用のルール作りますか」
「あ! 今回美味しかったから言わなかったんですけど、ヤミナベって取り皿に取ったら最後まで食べなきゃいけないんですよ! だからドルチェ入れたらビャンコさんもちゃんと食べるんですよ?」
「あ、知ってたんねそのルール」

 苦笑いをしながらドゥイリオ様が取り皿を置きます。

「本当に良かったね、美味しくて」

 鍋の中身もかなり減ってきており、一緒にお出ししたテンプラも無くなっているようです。
 一度テンプラの皿を洗い、ミケーノ様からのマカロニを追加するのが良いでしょう。
 忘年会はまだまだ続きそうです、オツマミと一緒にお酒もいくつか倉庫から出しておくのが良いかもしれません。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷遇ですか?違います、厚遇すぎる程に義妹と婚約者に溺愛されてます!

ユウ
ファンタジー
トリアノン公爵令嬢のエリーゼは秀でた才能もなく凡庸な令嬢だった。 反対に次女のマリアンヌは社交界の華で、弟のハイネは公爵家の跡継ぎとして期待されていた。 嫁ぎ先も決まらず公爵家のお荷物と言われていた最中ようやく第一王子との婚約がまとまり、その後に妹のマリアンヌの婚約が決まるも、相手はスチュアート伯爵家からだった。 華麗なる一族とまで呼ばれる一族であるが相手は伯爵家。 マリアンヌは格下に嫁ぐなんて論外だと我儘を言い、エリーゼが身代わりに嫁ぐことになった。 しかしその数か月後、妹から婚約者を寝取り略奪した最低な姉という噂が流れだしてしまい、社交界では爪はじきに合うも。 伯爵家はエリーゼを溺愛していた。 その一方でこれまで姉を踏み台にしていたマリアンヌは何をしても上手く行かず義妹とも折り合いが悪く苛立ちを抱えていた。 なのに、伯爵家で大事にされている姉を見て激怒する。 「お姉様は不幸がお似合いよ…何で幸せそうにしているのよ!」 本性を露わにして姉の幸福を妬むのだが――。

実力主義に拾われた鑑定士 奴隷扱いだった母国を捨てて、敵国の英雄はじめました

薄味メロン
ファンタジー
*第13回ファンタジー小説大賞〈読者賞〉〈優秀賞〉ダブル受賞。 *コミカライズ連載中 *書籍1,2,3巻 発売中 鑑定師だった俺は、寝る間もないほどの仕事量に死にかけていた。 「このくらい終わらせろ、平民!」 日々のノルマに、上司の理不尽な暴言や暴力。 頭痛や目眩、吐き気が襲い来る日々。 「我々なら、君を正しく評価出来る。帝国に来ないか?」 そんな日常から逃げ出した俺は、いつの間にか、優秀な人材に慕われる敵国の英雄になってました。

こんなとき何て言う?

遠野エン
エッセイ・ノンフィクション
ユーモアは人間関係の潤滑油。会話を盛り上げるための「面白い答え方」を紹介。友人との会話や職場でのやり取りを一層楽しくするヒントをお届けします。

【完結】可愛い妹に全てを奪われましたので ~あなた達への未練は捨てたのでお構いなく~

Rohdea
恋愛
特殊な力を持つローウェル伯爵家の長女であるマルヴィナ。 王子の妃候補にも選ばれるなど、子供の頃から皆の期待を背負って生きて来た。 両親が無邪気な妹ばかりを可愛がっていても、頑張ればいつか自分も同じように笑いかけてもらえる。 十八歳の誕生日を迎えて“特別な力”が覚醒すればきっと───……そう信じていた。 しかし、十八歳の誕生日。 覚醒するはずだったマルヴィナの特別な力は発現しなかった。 周りの態度が冷たくなっていく中でマルヴィナの唯一の心の支えは、 力が発現したら自分と婚約するはずだった王子、クリフォード。 彼に支えられながら、なんとか力の覚醒を信じていたマルヴィナだったけれど、 妹のサヴァナが十八歳の誕生日を迎えた日、全てが一変してしまう。 無能は不要と追放されたマルヴィナは、新たな生活を始めることに。 必死に新たな自分の居場所を見つけていこうとするマルヴィナ。 一方で、そんな彼女を無能と切り捨てた者たちは────……

もうなんか大変

毛蟹葵葉
エッセイ・ノンフィクション
これしか言えん

日本

桜小径
エッセイ・ノンフィクション
我々が住む日本国、どんな国なのか?

【欧米人名一覧・50音順】異世界恋愛、異世界ファンタジーの資料集

早奈恵
エッセイ・ノンフィクション
異世界小説を書く上で、色々集めた資料の保管庫です。 男女別、欧米人の人名一覧(50音順)を追加してます! 貴族の爵位、敬称、侍女とメイド、家令と執事と従僕、etc……。 瞳の色、髪の色、etc……。 自分用に集めた資料を公開して、皆さんにも役立ててもらおうかなと思っています。 コツコツと、まとめられたものから掲載するので段々増えていく予定です。 自分なりに調べた内容なので、もしかしたら間違いなどもあるかもしれませんが、よろしかったら活用してください。 *調べるにあたり、ウィキ様にも大分お世話になっております。ペコリ(o_ _)o))

追放された少年は『スキル共有スキル』で仲間と共に最強冒険者を目指す

散士
ファンタジー
役立たずの烙印を押されパーティを追放された少年、ルカ。 しかし、彼には秘められたスキルと目標に向けて努力するひたむきさがあった。 そんな彼を認め、敬愛する新たな仲間が周囲に集まっていく。少年は仲間と共に冒険者の最高峰を目指す。 ※ノベルアップ+にも投稿しています。

処理中です...