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凍る道化の恋物語

#7

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 オランディにある騎士団の演習場は、本庁舎から少し離れた場所にある。
 広めの土地を壁で四方を囲っだけのような場所で、併設された二階建ての建造物があるくらいだ。
 その建物の前には地面より少し高い位置に見学するための座席が設けてあり、今日はいつもと違い騎士団以外の人が多い。
 今演習場にいるのは異国の兵士が三人と一人の留学生、騎士団の団員、他は庁舎で働く面々が多数。

 これから来月に予定されている騎士団主催の闘技会の模擬戦が行われるというのだ。
 しかも初戦が前例のない術士同士の対戦。
 これを見たいがために、今日は昼休憩をずらした職員が多かった。
 天気は快晴、絶好の模擬戦日和である。

 騎士団長のイザッコが演習場の中央に立ち、開始の挨拶をする。
 本来なら不要だが、今日の対戦相手の彼をゲストとして紹介する必要があるからだ。

「初戦は現在リモワに滞在中の術士が参加して下さる! 滅多に見れる機会がないので、貴重な機会に騎士団は感謝をするように!」

 低く威圧的な声を張り上げる。
 が、その場にはイザッコ以外に誰もいない。術士はどこにいるのかと、演習場にいた人々が少しざわめく。

 そこへ、どこからともなく一羽のカラスが舞い降りた。
 それに続き二羽、三羽……と数が増えていき、数十羽のカラスが群れをなし人の形になって現れた。
 黒い人型は頭のあたりから一瞬で赤く染まり、人型の周囲を赤い羽根がふわりと覆う。
 人型が立っていたそこには、赤い仮面を付けた黒スーツで黒い長髪の男が立っていた。

「初めまして皆様……光栄にもオランディの騎士団長様からご紹介にあずかりました、私が」

 黒い男が指を鳴らす。

 ーーパチンッ


 音を中心に演習場いっぱいに色とりどりの花が現れた。
 観客席から驚嘆の歓声が上がる。

「マーゴ・フィオリトゥーラと申します」

 男がオーケストラの指揮のような仕草で手を握ると、花々が花弁を散らしながら消えた。
 観客席が再び湧き上る。

「本日はこの様な舞台にお招き頂き誠に光栄です。騎士団長様には、私からささやかな感謝を込めて……」

 指揮をするかのような仕草で両手を広げ、手品師がイザッコの方へ向き直る。
 そのまま踊るように優雅な一礼をし、再び指を鳴らす。
 手の中に赤いバラが現れ、そのままイザッコへ差し出す。

「こちらを」

 仏頂面で花を一瞥するもの、受け取ろうとしない。

「おやおや、騎士団長様はご不満のご様子!では」

 顔を上げた手品師が指揮者のような仕草でバラを振るい、またしても指を鳴らす。

 ーーパチンッ

 乾いた音が響いた瞬間、騎士団長の全身が赤い花で飾られた。

「美しく赤い彩りを」

 演習場で本日何度目かの歓声が響く。
 一人仏頂面のイザッコが一言文句を言おうとするも、それに気付いた手品師が仰々しい仕草で観客席を見やる。

「さて……本日は私と踊ってくださるお客様がいると聞きましたが、どなたでしょうか?」

 麗らかに響く声に怯み、イザッコが観客席に向かって声を張り上げた。

「ケータ・マルモワ! 前へ!」

 声を掛けられた異国の留学生が慌てた様子で演習場の中央へ走り寄った。
 ケータの到着を確認したイザッコが再び声を張り上げる。

「一応言っておくが、の一部である事を忘れることのないように!」

 そして手品師に視線を向ける。

「早くこのバラなんとかしろ、邪魔だ」
「ワガママな団長様ですね、そのお姿の方が美しいですよ?」
「いいから取れ!」
「困りましたね、それでは舞台を感謝で彩る事ができません」
「は・や・く・と・れ!」
「仕方ありませんね」

 手品師が指を鳴らす。
 イザッコから花が消えてなくなった代わりに、元々イザッコが座っていた辺りが花で囲われた。

「お席を彩らせて頂きました。魅了 アッファシナーレの香りと共に、本日の舞台をお楽しみください」

 イザッコはギロリと手品師を睨みつけると、演習場の隅へと移動した。
 そして片手を高く上げ宣言した。

「両者、構え!」

 声に反応して、留学生が十数本の氷柱を空に発生させた。
 手品師は留学生の方へ向くものの、綺麗な姿勢で立ったままである。

「始めッ!」

 イザッコが上げた手を勢いよく下ろした。

「おい、お前も魔法出せよ! 何で戦うんだ!?」

 留学生が挑発的な表情を浮かべ、手品師に叫ぶ。
 手品師の表情は仮面で隠れていてほとんど見えないが、小さくため息をついたように見えた。

「では、私はこのバラでお相手します」

 手品師は手に持っていたバラを剣のように構えた。

「舐めやがって……すぐに後悔させてやるから覚悟しろ!」

 怒った勢いで全ての氷柱を手品師に投げつけた。
 ……こうして、オランディ初の術士同士の模擬戦が開始された。

​───────

 始まったのを確認したイザッコが花で囲まれた自分の位置に戻ると、隣にいたネストレが声をかけてきた。

「……彼、ですよね?」
「近くで見ると分かるぞ、ずっと無表情だ」
「すごい御仁とは思ってましたが、別人ですね」

 昨日の会議に参加していたので、ネストレは手品師の正体がモウカハナのバリスタである事を知っている。
 試合開始から攻撃を仕掛けてはいないが、次々と飛んでくる氷柱を何事もなく避け続けている。

「それに、なんですかあの動き」
「……あれじゃビャンコは即死だったな」
「もしかして、彼は術士と関係なくお強いのでは?」
「俺はアイツに本気の喧嘩で一回も勝ったことないぞ」
「ハァっ!?」

 ネストレの大きな声に周囲の注目が一瞬集まる。
 ……が、すぐに試合の方へ視線は戻った。
 手品師が時々避けきれなかった氷柱を蹴りや拳で砕きながら、全ての氷柱を回避している。

「声がデカい」
「申し訳ないです、でも彼はバリスタでは?」
「俺とビャンコが構い続けるのも分かんだろ?」
「うむ……何やら色々気になりますが」
「本人に言うなよ、下手するとキレるから」
「なんと、それは気をつけます」
「俺相手だと特に態度悪いんだよなぁ、昔一人で店行ったら一言目に『帰れ』だぞ? よく接客なんか出来るよな」

 丁寧な接客態度しか見た事がないネストレには、想像するのが難しかった。

「お、氷柱止んだな。そろそろ反撃か?」

 試合開始から十数分経った頃、地面を抉り続けていた氷柱が止まった。
 ケータが肩で息をして、手品師を睨んでいた。

​───────

「お前……避けてばっかで、少しは……仕掛けてこい……」

 息を切らしたケータ様が私を睨みつけます。
 数十本もの氷柱を出現させて操っているのですから、相当な魔力量です。
 彼と対峙しながら、いくつか気付いた事があります。

「この氷も、私の舞台に彩りを添えてくれます」

 地面に突き刺さった氷柱の上に飛び乗ります。
 さて、この挑発で私の中の仮説を試します。

「その、舐めた態度! いい加減にしやがれ!」

 ケータ様が手のひらを上に向け、力強く握ります。
 すると私の足元の十数本の氷柱が私目掛けて飛んできました。
 私は氷柱の飛ぶ勢いに合わせて上へ飛び、ケータ様と距離を開けて着地しました。

 今ので確信しました、彼の術は アックアですね。
 それに開始してから演習場に広がるこのニオイ、彼は術士の訓練を受けていないようです。
 恐らく アックアとは知らず、氷を作り出すことができたのでしょう。
 彼は自身の魔力を水へ変え、それを凝固させて操っているようです。

 加えてもう一つ気になるのが、彼の容姿の特徴です。
 確かに濃い化粧と個性的な服装をしているのもそうですが、彼の元の肌色は少し黄味をおび焼けているように見えます。
 それに骨格の特徴がサチ様と一致します。

「俺の魔法が当たらないなんて……!」

 この『魔法』という単語……ほぼ確定でしょう。
 彼はユメノ様やサチ様の同郷から来た、異世界人のようですね。
 そうなると、また新たに気になる事が出てきました。
 彼はどうして異世界人なのに、こちらで何かを害してるのに消えないのでしょうか?

 疑問は残りますが、とりあえず模擬戦を終わらせることにしましょう。
 いい加減手品師の真似も疲れました、術はともかく仕草が面倒でなりません。

 私はバラを胸に刺してから魔力を練り、姿勢を正して氷柱に意識を向け手を叩きます。

 ーーパァンッ

 大量にあった氷柱を全て花びら状に変えます。
 私の変化 カンビャメントは無機物に変化を促せます。
 魔力の塊であるこの氷柱なら、かなり自由に変化させられます。
 彼は私に大量の武器を与えてくれたようなものです。

「んな、なんだこれ……」
「訓練された術士とまともにやり合うのは私が初めてのようですね」

 花びらを操り、私の周囲へ舞わせます。
 何割かを魔力の回復に用い、残りは再び手に持ったバラに集めて金属の剣に変質させます。

「この舞台が戦ならやはり花より剣がふさわしい……さぁ! いざ参ります!」

 演出じみた口上で彼に向かって剣を構え走ります。
 気圧されたのか、ケータ様が尻餅をつき手のひらを前に出して後ずさりします。

「ま、待て! 俺の負けだ!」

 私は走るのをやめ、構えを解きました。
 それから怯えている彼に歩み寄り、手を取り立たせます。

「今宵は共に舞う事ができ、実に有意義な時間を過ごせました……この美しい時間に感謝を込めて」

 私指を鳴らし、持っていた剣を白いバラの花束へ変えます。
 花束を彼に渡し、観客席に向かって一礼し声を掛けました。

「これにてマーゴ・フィオリトゥーラの舞台は閉幕です! 再び皆様と会える日を夢見て……」

 私は幻術を展開し、周囲に大量のカラスを呼び出します。
 そのカラスの数羽は実態があり、私一人くらいなら乗せて飛び去ることが出来ます。
 ある程度の高さに飛んだらカラスを屈折率の変わった鏡に変質させ、姿が消えたように見せかけます。

 眼下の拍手と喝采を聞きながら、私はタバコに火をつけます。
 ビャンコ様からの依頼はこれで充分でしょう。
 私はこのまま帰宅して再び着替えた後、今夜の開店に向け準備を進めようと思います。
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