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雪景色に踊る港の暴風

#9

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 ハナビを打ち上げた後、私はメル様と分かれ店へ戻りました。
 入口には変装したビャンコ様が待機しており、私を見るなり

「あれ、分かってんね?」

 と言い、空を指しました。
 大分お怒りのようです。

 私はビャンコ様に先程のハナビで使用した薬品の瓶をお見せしました。

「詳細をお話します。何かお出ししますので、店内へどうぞ」

 私は店の表示はそのまま閉店中に、ビャンコ様を店内へ促しました。
 店内でグリーンティをお出しし、先程までの一連の流れをご説明しました。
 彼にはハナビにした正直な理由も。

「……次はもう少し慎重にね」
「申し訳ありません」
「久々に暴走見たわ、サチさんも笑ってんよ多分」
「……それならば光栄です」

 ビャンコ様はクスクスと笑っていらっしゃいます。

「ま、でもお陰でユメノ捕獲の方法思いついたから感謝しとく」
「それは何よりです、こちらの瓶は持っていかれますか?」
「そうだね、証拠の一つとして貰っとくわ」

 ビャンコ様はポケットに瓶をしまうと、テーブルの上のグリーンティを飲み干します。

「じゃ、用も済んだし帰るわ。ハナビ、オレがやった事にしとくで良いよね?」
「ありがとうございます、今度何かお礼をさせていただきます」
「別にいいよ。良いもん見れたし、相変わらずのキーちゃんの暴れっぷり見れたし」
「申し訳ありませんでした」
「ここのお客さんの影響かね、オレは良い傾向だと思うよ」

 ビャンコ様は笑いながら答えたあと、席を立ってお店を後にされました。
 お見送りついでに店の表示をAPERTO営業中へと切り替え、新たなお客様を待つことにします。

​───────

 年が明けて三週間は過ぎた頃。特に大きな事件もなく平和な日々が続きました。
 新聞にて「年始のプレゼント」としてハナビが紹介され、ビャンコ様へ褒賞があったようです。

 私はユメノ様がどうなったのか気にしながらも、今夜もモウカハナでお酒や料理を振舞っておりました。
 ニュース その後のユメノ様は、夜遅くにご来店なさったミケーノ様から聞くことができました。

 どうやら王国の騎士が彼女を捕まえたようです。
 その場に偶然居合わせたミケーノ様が、ユメノ様の行動の数々に衝撃を受けたようです。

「あれはすごいな、金切り声ってあぁいうの言うんだろうな」
「あの声で会議室で叫ばれると耳が割れるよ」

 ミケーノ様より前からご来店されていたカズロ様が、苦笑いで答えます。
 本日はすりおろしたラディッシュとショーユをモチにかけたものを召し上がっております。

「今まで話にしか聞いてなかったが、目の当たりにすると違うな」
「あの感じで殿下に抗議したんだよ、違う方向で尊敬するよ」
「そういやそうだった……お前本当に大変だったな」

​───────

 夜の市場は年末から賑わいも落ち着いてきたが、警備をしていた騎士も何人かいた。
 その内の一人と暗いコートを着た女性が何か揉めているのが聞こえた。

「お願いです、アタシの木箱なくなっちゃったんです! 誰かが盗んだに違いないんです!」
「落ち着いてください、いつ頃の話ですか?」
「盗まれたんです! ないんです!」
「それは分かりましたから、まずは詳しい事を話してください」

 声も大きく会話が響く。
 女性の慌てた様子から大層なものが木箱中にあったのだろうと、遠巻きに眺めていた。

「去年からずっと準備して置いといたのに……盗むなんて酷すぎます! 犯人を探してください!」
「え? 去年から?」
「はい、波止場に置いといたんです!」

 その時、誰かが呼んだらしい港の管理部員が騒ぎに参加した。

「どうした、市場で騒ぎが~って呼ばれて来たが一体どうした?」
「これはわざわざご足労をすみません。何でも去年から波止場に木箱があったとかで」
「木箱?」
「そうです! すっごく大事な物が入ってたんです!! それが盗まれたんです!」
「あぁ、もしかしてそれコーヒー入ってたアレか?」
「え! ひっどーーい! 勝手に開けるなんて!!」
「勝手にって……バカ言っちゃいけねぇよ、正体不明の荷物あったら中身を確かめるに決まってんだろ」
「プライバシーの侵害! 信じらんない!」

 女性が管理部員の胸倉を掴みがくがくと揺する。

「とにかく今すぐ返して!!」
「か……返せって……アレなら……ちゃんと引き取りに来た奴が……持ってったぞ……」
「ハァ!?」

 胸倉から手を離し、同時に突き飛ばす。
 管理部員は尻もちもつき、掴まれていた胸元を軽くさする。

「そんな訳ないじゃない! アレの持主はアタシなのよ!? 適当な嘘つかないでよ!!」
「嘘じゃねぇよ、手続きも済んでるし記録もある」
「できるわけないでしょ!? 持ち主のアタシが許可してないんだから!」
「ちゃんとした身元の人が引き取りのサインしてるよ。でけぇ声で言い張ってるが、アレがアンタのもんだって証拠がねぇだろ」
「とにかくそんなサイン無効よ! アタシのサインしか認めないわ!!」

 言ってることが無茶苦茶だ……
 モウカハナで聞いた異世界人ユメノみたいな奴他にもいるんだな……
 ん? まさかあれ、ユメノか!?

 管理人は尻を手で叩きながら立ち上がり、面倒くさそうに言う。

「ったくなんなんだよ。ずっと外に置きっぱなしだったコーヒーだぞ? なんだってそんなに欲しがるんだよ?」
「だからアタシのなの! 返してよ!」
「あのなぁ、だからもう持ち主が持ってったっつってんだろ」
「アタシのなの!」

 埒が明かないやりとりに騎士が割ってはいる。

「一応お伺いしますが、その持ち主の方は手続きをされてるんですよね?」
「当たり前だ、サインの入った引き取り書類もある。管理室にあるから見るか?」
「そうですね、一応確認させていただきます」

 かなりの注目を浴びているのを気にした騎士が、場所の移動をさせようとしたところで、彼女がわなわなと震え出す。

「分かったわ……アイツだ! あの顔だけしか取り柄がなさそうなあの店員が持ってったんだ! そうなんでしょ、答えなさいよ!」
「ま、まぁまぁ一旦この場から……」
「うるさい! アンタは関係ない!」

 今度は宥めようとした騎士を突き飛ばす。
 流石に尻もちはつかないが、一歩後ろへと下がる。

「信じらんない! 許せない! 出てきなさいよ、どうせ見てるんでしょ!?」
「ちょ、ちょっと! そろそろいい加減にしてください!」

​───────

「アレはすごいな、ウチに来る外国人の方が話通じると思うぞ」
「相変わらずだね……」

 彼女が公務員だった頃の事を思い出しているのでしょう。
 ユメノ様の話から逸らしたいのか、カズロ様が違う方面のご質問をされました。

「その木箱ってずっと放置さてたみたいだけど、そういう荷物って結構あるの?」
「倉庫に入り切らない荷物を外に置いとく奴はいるな。傷もうが自己責任だ」
「自己責任か……港の管理部が預かってくれたりしないの?」
「頼めば共用倉庫に置かせてもらえるが、手数料がかかるな。外は短時間ならタダ。まぁ、そもそも管理部は出入荷の把握がメインで倉庫そっちはついでだ」

 ミケーノ様がアツカンを一口飲み、一息吐きます。

「入らない荷物なんかは、知り合いに倉庫の間借りを頼むのが普通だな」
「横の繋がりが強いんだね」
「お互い様って考え方だな。共用倉庫の手数料安くねぇし」

 ちなみに当店モウカハナは店内の倉庫まで運んで頂いてます。
 主にお酒がその対象です。
 ミケーノ様はお酒をちびりと飲み、言葉を続けます。

「それと市場に管理部の店にたまに出るだろ? あれ、手数料の未払い品を並べんだよ」
「へぇ、あれってそうだったんだ」
「港の掲示板で店出す日程が載って、その日程の前日が一斉処分の日でな。掲示板に出店の報せが乗ると、次の日は管理部に料金慌てて払いに行くやつが殺到するぞ」
「なるほどね。放置された荷物も把握はされてるのかな?」
「放置って言っても外に置いとくのにも申告が必要でな。申告なしの場合中身を確認されて、掲示板に張り出されんだよ。物によっては騎士団が呼ばれてるな」

 申告する際には港の地図を渡され、置く場所に印を付ける仕組みです。
 馬車に載せ替えに時間がかかる場合によく使われます。
 実際のところ、荷物を放置し続ける方はあまりいらっしゃいません。
 自分のものだったり、商品にする物を野ざらしにしたい方は少ないですからね。

「例のコーヒーの持ち主が誰かは分かんねぇけど、中身知られてたなら不明の荷物だったんだろうよ」
「じゃあ掲示板にあったのか」
「多分、な。それで盗まれたって大騒ぎすんだから、管理のヤツも災難だったなぁ」
「なるほどね……統計上の数字なら分かるけど、実際はルールがけっこうあるんだね」

 カズロ様がモチを頬張りながらうんうんと頷きます。

「しかし……なんであんなにあのコーヒー欲しがったんだ? アイツそんなにコーヒー飲むのか?」
統計局ウチにいた時はいつも果物のジュースだったかな」

 カズロ様がふと、疑問に思ったことを口になさいます。

「あれ、彼女捕まったんだよね? 本人が言うにはコーヒー盗まれた被害者みたいだけど」
「あぁ、あの暴言吐きまくったあと市場のど真ん中で大暴れよ。あの辺の屋台のもの掴んじゃ投げ、椅子は蹴倒すわ、近くにいた騎士に殴りかかって踏みつけて」
「どこからそんな力が……」
「周りのヤツらが避難した辺りで、追加の騎士がアイツを地面に組み伏せてなんとか片付いた」
「結局、木箱と逮捕は関係ないみたいだね」
「あんだけもの壊せばな……」

 結果として彼女は捕まったわけですが、これがビャンコ様の言ってた捕獲方法なのでしょうか?
 私には彼女が勝手に自滅したようにしか見えません。

 しかしあの薬品は私とメル様が処分しなくとも、ユメノ様が手に入れる未来は訪れなかったようですね。
 市場に並んでコーヒーと勘違いされたお客様の口に入らなかったのがせめてもの救いです。
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