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雪景色に踊る港の暴風

#6

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 打ち上げが始まってから二時間。
 会場のリストランテは大変な盛り上がりを見せております。

 最初にミケーノ様が挨拶をなさっていた壇上には、誰かがどこかから持ってきたギターやバイオリンが置かれ、演奏できる方が交代で音楽を奏でます。
 それに合わせての大合唱。
 これはモウカハナでは見られない光景です。

 誰かが飲み比べを始めたり。
 短い演劇が始まったり、誰かの暴露大会が始まったり。
 終始笑いが絶えません。
 私も釣られて笑ってしまいます。

 これを計画していた訳ではなく、招待されたお客様達が好きでやっている事だから驚きです。
 ミケーノ様のお人柄によるものなのでしょう。
 台から遠い場所で寝てしまっている方もいらっしゃいますが、暖房のお陰で寒くはないようです。

「毎年こんな感じだからな、色んな意味での準備万端だ!」
「去年も来たけど、今年は本当に寒いからね」
「そうだな~、今年はラナディムッカのお陰で国庫は潤ってるって新聞で見たから安心だな!」
「殿下が大喜びしてたよ、輸出品としても人気が高いみたいだし」
「シオは国の救世主ね!」
「いえいえ、私ではなく商人の彼ですよ」
「年明けに表彰受けるんだろ?」
「商人の彼が、ですね。私とカーラは彼から高級酒をもらう予定です」

 テーブルの料理もほとんど無くなり、今は私の持参したラディッシュのオデンを召し上がっています。

「ミケさん! おつかれー!」
「おう! お疲れ!」

 従業員の方がミケーノ様にご挨拶にいらっしゃいました。
 持っていたグラスを鳴らした後、テーブルの上のオデンに目をとめます。

「もしかしてコレ! 噂のモウカハナ料理ですか?」

 質問されましたので、制作者の私が答えます。

「はい、こちらはオデンと言います」
「えっ……! もしかして、あなたがあのモウカハナのマスターですか?!」
「はい、初めまして。モウカハナでバリスタをしておりますキーノスと申します」

 いらっしゃった従業員の方が驚き、勢いよくミケーノ様の方へ向きます。

「ちょ、ミケさん! なんで紹介してくれないんすか! 酷いですよ!」
「しょーがねぇだろ? キーノス人見知りなんだから」
「え、えー」

 従業員の方がこちらに向き直り、ビシリと姿勢を正します。

「初めまして! ここリストランテ・ロッソで料理作ってますジャンと申します!」
「ご丁寧にありがとうございます、宜しければ今度モウカハナにもいらしてくださいね」
「はいっ! 恐縮です!」

 ミケーノ様がジャン様に小さく手招きします。

「考えてみろ、コイツがモウカハナの店長って知ったらどうなる?」
「え? そりゃ行くでしょ! 女の子は連れずに!」
「ここで紹介なんかしてみろ? ここに来てる女が全員群がって来るぞ?」
「いや、さっきからずーっと女集団ここ見てますよ、めっちゃウワサされてますよ?」
「あぶねぇあぶねぇ……キーノスの席そっちにして良かったわ。今まだメルかカズロかシオだけだろ? あ、カーラもヤバいかツラは……あれ?」
「どこかの劇団とか言われてますよ! 顔が見えない位置の美形がマスターって、モウカハナって入店に顔審査でもあるんですか?」
「ねぇよそんなもん。とりあえずキーノスコイツがマスターってバラすなよ?」
「りょーかいっす!」

「……ミケーノ」
「言ったろ? 準備万端だって!」

呆れた声でカズロ様がぼやきます、何か失礼な話をされた気もしますが……。

「あ、オレもオデン食べてみて良いですか!?」
「もちろんです」

 私はラディッシュをひとつ小さい皿に取り分け、フォークと一緒にお渡しします。

「どうぞ」
「うおぉ! やったー! 来てよかったー!」

 ジャン様は勢いよくお辞儀をし、走り去って行きました。
様子を見ていたメル様がぽつりと呟きます。

「元気ですね、お友達になれたら楽しそうだなぁ」
「良いんじゃねぇか? 連れてってやろうかあっちのテーブル」
「良いんですか?」
「かまわねぇよ! ただ、キーノスの事は……」
「はい! 分かってます!」

 メル様が軽く頭を下げ、ミケーノ様とグラスを持って別のテーブルへ移動されました。


 壇上で入れ替わり行われていた物が途切れて長く、各テーブルで雑談が繰り広げられています。
 賑やかな二人がも居なくなってしばらく、私達のテーブルは少し静かになりました。

「そういえば、カーラって歌上手いよね確か」
「えぇ、得意よ! ただ、その」
「何か問題が?」
「ワタシ、地声は高くないじゃない? 歌うと結構渋めのテノールなのよ」
「それはそうですよ、男性なのですから」
「イヤなの! 歌ってる時の姿見て来ました! って客の女の子に言われた時の恥ずかしさったらないのよ?」
「僕は聞いてみたいな、カーラの歌」
「私も聞かせて欲しいです」
「シオまでそんな事」
「演奏が必要ならバイオリンなら弾ける」
「んまっ、キーノスまで!」

 カーラ様は残っていたワインを一気に飲み干します。

「アナタ何弾ける?」
「色々……歌いたいものを言ってくれ」
「キーノス楽器も弾けるの?」
「趣味の副産物みたいなものだ」
「そういえば、キーノスの趣味はなんですか?」
「読書だ。学術書ばかりで物語の類はあまり見ない」
「あぁ、それで音楽関連の本を読んだからですか?」
「歌劇の音響効果の書物を見て、試してみたらなかなか楽しくて何曲か覚えている」
「じゃあ、アリアはどうですか?私が聞きたいだけですけど」
「良いね、似合いそうだ」
「キーノスはそれでもいい?」
「構わない。それなら……」

 いくつかの曲名を上げたところ、その中でカーラ様も知ってる曲があったためそちらを演奏する事にしました。

「キーノス、やっぱりあなた変わったわね」
「そうか?」
「カウンターの外だからかと思ってましたが、雰囲気が柔らかいですね」
「うん、表情がかな。今日退屈そうだったらどうしようかと思ったけど、楽しそうで良かったよ」
「退屈だなんて、皆のお陰で楽しく過ごせている」
「ワタシ達は嬉しいのよ? ワタシも楽しく歌うわ! ちゃんと聞いてなさいよ!」
「ふふ、もちろんですよ」

 先程から空いている壇上へ上がり、バイオリンを手に取ります。
 確かに私は変わったかもしれません。
おそらく先週の喫茶店での出来事が大きいとは思います。
 やはり目につく外見だったと再確認しましたが、それでも明るく受け入れてくれる皆様の事を思えばそれ程苦ではない事に気づきました。

 幸い今はお客様の半分近くはお休みになっていて、しばらく空いた壇上に注目してる方はいません。
 カーラ様の歌を聞くためなら、背後でひっそりとバイオリンを演奏するくらいどうということもないと思いました。

 ーーすぅっ……

 カーラ様が深く息を吸い、伸びやかな声で歌い出しました。
 私はそれに合わせ、バイオリンの演奏をはじめます。

​───────

 カーラ様が歌い終えると、喝采と拍手の波が沸き起こりました。
 カーラ様の歌唱力はかなりのものでした。
 力強く伸びのある低音とリズムを刻む息の使い方は、私のようなバイオリンをかじっただけとは大違いです。

 賞賛を受けているカーラ様を壇上に残し、私はテーブルへと戻って参りました。

「驚きましたよキーノス。見事な演奏でした」
「歌が本当に良かった、演奏しててこんなに楽しかったのは初めてだ」
「こういう機会ってまず無いしね、良いもの見たよ」

 カーラ様は新しい演奏者が参加し、新しい歌を歌ってらっしゃいます。
 良いものですね。
 美味しいお酒と料理、素敵な音楽。
 この穏やかな時間は、とても貴重な物に思えます。

「今日は本当に来てよかった」
「僕もだよ。キーノスと少しは仲良くなれた気がする」
「キーノスは本当は敬語の方が楽なのかと思ってました」
「どちらとも言えない。ただ、敬語を無くして話した方が相手にとっては壁を感じにくいのかもとは思う」
「それはミケーノに言われましたか?」
「あぁ」
「気持ちは分かるけどね。僕はどっちでも構わないよ」
「感謝する。俺は本当に人に恵まれたと思う」

 故郷にいた頃はこんな時間を過ごす事が出来るなんて思っていませんでした。
 誰かとの関わりを避けて過ごしてきた日々は静かで穏やかでしたが、音楽やお酒を誰かと楽しむ、こんな明るく穏やかな時間を経験することは出来なかったでしょう。

 私が思案に耽っていると、ミケーノ様とジャン様が私の元へいらっしゃいました。

「キーノス、そろそろ閉会にするから皿洗い手伝って貰っても良いか? 食器はほとんど移動させたから、台所に行ってくれれば大丈夫だ」
「はい! オレが案内しますのでよろしくお願いします!」

 私はジャン様に誘われ、台所でお手伝いをさせていただく事になりました。
 台所にはかなりの量の食器類があります。
 これを片付ける事が恩返しなら、足りないと思います。

​───────

「あっぶねぇな……まさかあのキーノスが演奏あんな事するとは」
「上手い誘導でしたね」
「本人気付いてないけど、女の人からの嬌声が凄かったよね……」
「どうせそれ言っても『カーラの歌が~』って言うんだろうな」
「実際言ってましたね、それより演奏終わってから、こちらへの女性の視線が……」

 カーラはまだ壇上にいて歌を披露している。
 ミケーノは顔を寄せるように二人に手で合図する。

「あとは副店長に任せる事にしたから、オレはキーノス連れて二次会行くぞ。お前らも来るか?」
「行きたいですが、店長自らモウカハナのメンバーと二次会なんて大丈夫なんですか?」
「どうせ年内は毎日同じ連中と忘年会ラッシュだ、今日オレがいない所で問題ナシだ」
「カーラはどうする?」
「メルにオレ達が抜けたタイミングで連れて来いって言ってある」
「場所の目星はついてますか?」
「とりあえずここから少し離れた場所に隠れ屋台があるからそこに行くぞ」

 三人は頷きあい、顔を離した。
 その後思ったより早くジャンがミケーノの元へ来て、台所掃除が終わった事を告げた。
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