上 下
21 / 185
衣類品店に現れた厄災

#5

しおりを挟む
 メル様はここモウカハナに一人残され、所在なさを感じているようです。
 それはそうですよね。
 初めて来た場所、初めて会う人、初めて飲むお酒……
 礼儀正しい彼なら落ち着かないと思います。

「メル様、せっかくなので何かご注文なさいますか?」
「はっ、はい!でも僕、何を頼んだら良いのか分からなくて……」
「了解いたしました。メニューをお渡しするのも良いのですが、せっかくなのでいくつか質問をさせて頂いても構いませんか?」
「も、もちろんです! なんでもどうぞ!」

 来店からしばらく経ちますが、鯱張った雰囲気は崩れませんね。

「チョコレートはお好きですか?」
「はい! でも、甘すぎない方が好きかもしれません」
ミントメンタリンゴメーロなら、どちらの方がお好きですか?」
「んんん、その二択ならミントメンタです!」
「なるほど。では……」

 少し間を置いてから質問します。

「バラのお酒など、いかがですか?」

 彼の顔が分かりやすく青ざめます。
 分かってはいましたが、少し意地悪な質問をしてしまいましたね。
 彼のご来店の時から、微かに爽やかな柑橘系の香りがしていたのが気になっておりました。

「やはりそうでしたか。少し意地悪な事をお伺いしてしまい申し訳ありませんでした。本日はお辛かったですね」
「え、あ……あの」
「オススメのカクテルをお作りいたします」

 カカオとミントメンタの二種類のリキュールと生クリームをそれぞれ同じ割合でシェイクし、ショートグラスに注いでミントメンタの葉を添えます。

「こちら『グラスホッパー』というカクテルでございます。」

 出来たものを彼の前に差し出します。

「あとこれは、先程のお詫びと私の自己紹介です」

 私は彼にそう告げ、左手で指を鳴らします。

 ーーパチンッ

 彼に渡したグラスに氷でできたモウカハナの花を咲かせました。
 グラスを見つめていたメル様が驚いたように目を少し見開きます。

「これは……」
「その花、このお店と同じ名前で『モウカハナ』というのですよ」

 少し警戒されてしまったでしょうか?
 術士特有の香りとその強さから、彼はどこかで術の訓練をしていると思われます。
 その時に術士私たち流の挨拶を教わっているはずです。
 彼はしばらくグラスを見つめていましたが、ハッとした表情でこちらに視線を向けてきます。

「あの、あなたは……店長は全部知ってて僕をここに連れてきてくれたんですか?」
「カーラ様はご存知ないかと思われます」
「すごく心地よい香りがしたので良い人なのはすぐわかったのですが……言い出せなくて」
「その対応が正解です、良い師に教えられたのですね」
「いえ、あの」
「最初は未成年と間違えてしまい申し訳ありませんでした」
「そんな! しかたないです、よくお店でもある事なので!」

 メル様ぶんぶんと顔の前で手を振って否定なさいます。

「良いタイミングかと思いましたので、自己紹介をさせていただきました」
「ありがとうございます。僕、師匠以外で初めて術士の人に会いました」
「確かに滅多に会えませんね。しかし、ユメノ様の近くはお辛かったでしょう? たまに来る術士と話題になるのですよ」
「うっ……あのニオイ気になりますよね……。たまに店の前に残り香はあったのですが、今日は店中があのニオイで……」
「先程のお飲み物にお口直しを少し混ぜてます。少しは楽になるかと思いますよ」

 それを聞いてメル様はカクテルを少しだけ口にしました。
 すると少し強ばっていた表情が緩み、少しだけ驚いた様な顔でカクテルを見つめます。

「ホントだ……あの後からずっと鼻に残ってたものが消えていきます」
「多分、あなたは他の術士と比べても鼻が良いのでしょう」
「それ、師匠にも言われました」
「私もユメノ様と接触した事があるのですが『香水のキツい女性』としか思わなかったのですよ」
「僕には……腐った水で煮詰めた悪趣味な香水みたいな臭いで……ホント鼻ごと腐り落ちるかと思いましたよ」

 どうやら彼はビャンコ様より強い感知能力があるようですね。

「これ、僕が今まで飲んだカクテルの中で一番美味しいです」
「ありがとうございます。隠し味に少しだけ術を仕掛けております。そにらには弱めの解毒がが仕掛けてあります」
「すごい、まるで薬ですね!」
「そんな大層なものではありませんよ、ちょっとしたアクセントです」

 メル様はまじまじとカクテルをご覧になっております。
 人心地ついたのか、彼はこれまでの経緯を話してくださいました。

「僕、店長に誘われてリモワに来て二年経つんですけど……ずっと術系のバラのニオイがしてるのが気になってたんです」
「私は近くにいると分かるくらいです、素晴らしい感知能力ですね」
「いえ、そんなに良いものでもないのですが……術のニオイでバラって、魅了、ですよね?」
「はい、普通はふわりと香る程度で心地よいものですが」
王都リモワ全体に魅了の術がかけられてるのかと思ってずっと怖かったんです」

 確かに鼻が利く彼にとっては恐怖ですね。

「ここがすごく心地よいって思った理由もそこなんです。ここはあのニオイ全然しませんね」
「はい、店内が悪意ある術の影響を受けないよう結界を張っています」
「やっぱり! 慣れていないお店だから緊張はしてましたけど、店長に残るよう言われて実はちょっと嬉しかったんです」
「それは何よりです。あと、先程の彼女の魅了ですが」

 二ヶ月間同じ職場で働いていた上司のカズロ様に酷く嫌われていたこと、また効果が出てる人を見たことがないことをご説明いたしました。

「そうなんですね! 安心しました。僕、彼女の術にかかっている訳……ないですね、確かに」
「安心して大丈夫です」
「彼女と話したのに全然好感度上らなかったし……あ、もしかして」

 何かに気付いたメル様は少し身を乗り出しました。

「もしかして、あのお客さん訓練してないんですかね?」
「恐らくそうかと思われます」
「あぁ、やっぱり。師匠から僕も術のニオイを撒き散らしてたって言われたの思い出して……」
「そういう方もいらっしゃいますが、メル様は全くそれを感じさせませんね」
「はいっ師匠のお陰です! あと僕が撒き散らしてたのは理解カピーレだから大丈夫って聞きました。それに、僕の周りで誤解が生まれない程度の効果しかなかったみたいですし」

 理解カピーレとは、また希少な能力ですね。
 事実を正しく理解出来る術で、伝記などで登場する賢者が持っていると言われます。
 嘘や誤魔化しが効かず、真理を見通せるものですが……そんな強力な術が人間関係を良好に保つ効果として現れていたとは……。

「恐らくあなたの師も仰っていたと推察しますが……」
「はい、隠すように言われています。当時僕、術とか使ってたつもりなかったんです。師匠に会わなければ僕もあぁなってたのかなと……」

 少し悲しそうです。恐らく今日の職場での事を思い出しているのでしょう。

「メル様は理解カピーレの香りをご存知ですか?」
「実はよく覚えてないのと、他との差は分からないんですよ。師匠から滅多にいないから問題ないって言われたので、あまり気にしないようにしてます」
理解カピーレは柑橘系の爽やかな香りがするのですよ。広がるだけで一定以上は強くならないのも特徴です」
「そうなんですね! 良かった、あのお客さんみたいにはならないんですね!」
「良くも悪くも害がないのも特徴です。悪意のある人間にとっては苦手かも知れませんが」
「僕はいつも人に恵まれてると思います……」
「本来理解カピーレは真理を求める者が文献の解読などに使うものです。それが周囲の誤解が無くなるような効果として発現していたのなら、それはあなたのお人柄による影響が大きいでしょう」
「僕の、ですか?」
「はい。もしメル様が悪意に満ちた思考の持ち主だったら、嘘を暴くような効果で発現していた可能性もあります。お伺いしてる感じですとそういった効果ではなさそうですね」
「そういえば、嘘がバレて喧嘩に……とかのは聞いた事がないです」

 現在はおそらく、カーラ様のお店で商品説明に使用しているのでしょう。
 ご自身のために使えば莫大な文献を理解し、高名な学者……いや、知識を駆使して世界を変えることも出来るでしょう。

「なので強力に発動しても、全く違う結果になっていたと思います」
「……ありがとうございます、安心しました!」

 表情に笑顔が戻りました。
 今言ったのは本当の事ですし、正直な見解です。

「なんだか、キーノスさんは僕にとってお薬みたいですね」
「私がですか?」
「はい!」

 私には過分な評価に聞こえてしまいます。

「お次にココナッツの風味の物はいかがですか?」
「美味しそうですね、是非お願いします!」
「かしこまりました」

 この後私は彼に何杯かお酒をお作りしました。
 ご来店の時の鯱張った様子はなくなり、心を開いてくれたようです。
 さすがに聖獣局長様猫かぶりさんほどではありませんが。

 それからしばらくして、彼はまたの来店の約束をして店をあとになさいました。
 私にしては珍しく浮かれています。それはきっと、優しい賢者の卵との出会いの影響でしょうね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...