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衣類品店に現れた厄災
#5
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メル様はここに一人残され、所在なさを感じているようです。
それはそうですよね。
初めて来た場所、初めて会う人、初めて飲むお酒……
礼儀正しい彼なら落ち着かないと思います。
「メル様、せっかくなので何かご注文なさいますか?」
「はっ、はい!でも僕、何を頼んだら良いのか分からなくて……」
「了解いたしました。メニューをお渡しするのも良いのですが、せっかくなのでいくつか質問をさせて頂いても構いませんか?」
「も、もちろんです! なんでもどうぞ!」
来店からしばらく経ちますが、鯱張った雰囲気は崩れませんね。
「チョコレートはお好きですか?」
「はい! でも、甘すぎない方が好きかもしれません」
「ミントとリンゴなら、どちらの方がお好きですか?」
「んんん、その二択ならミントです!」
「なるほど。では……」
少し間を置いてから質問します。
「バラのお酒など、いかがですか?」
彼の顔が分かりやすく青ざめます。
分かってはいましたが、少し意地悪な質問をしてしまいましたね。
彼のご来店の時から、微かに爽やかな柑橘系の香りがしていたのが気になっておりました。
「やはりそうでしたか。少し意地悪な事をお伺いしてしまい申し訳ありませんでした。本日はお辛かったですね」
「え、あ……あの」
「オススメのカクテルをお作りいたします」
カカオとミントの二種類のリキュールと生クリームをそれぞれ同じ割合でシェイクし、ショートグラスに注いでミントの葉を添えます。
「こちら『グラスホッパー』というカクテルでございます。」
出来たものを彼の前に差し出します。
「あとこれは、先程のお詫びと私の自己紹介です」
私は彼にそう告げ、左手で指を鳴らします。
ーーパチンッ
彼に渡したグラスに氷でできたモウカハナの花を咲かせました。
グラスを見つめていたメル様が驚いたように目を少し見開きます。
「これは……」
「その花、このお店と同じ名前で『モウカハナ』というのですよ」
少し警戒されてしまったでしょうか?
術士特有の香りとその強さから、彼はどこかで術の訓練をしていると思われます。
その時に術士流の挨拶を教わっているはずです。
彼はしばらくグラスを見つめていましたが、ハッとした表情でこちらに視線を向けてきます。
「あの、あなたは……店長は全部知ってて僕をここに連れてきてくれたんですか?」
「カーラ様はご存知ないかと思われます」
「すごく心地よい香りがしたので良い人なのはすぐわかったのですが……言い出せなくて」
「その対応が正解です、良い師に教えられたのですね」
「いえ、あの」
「最初は未成年と間違えてしまい申し訳ありませんでした」
「そんな! しかたないです、よくお店でもある事なので!」
メル様ぶんぶんと顔の前で手を振って否定なさいます。
「良いタイミングかと思いましたので、自己紹介をさせていただきました」
「ありがとうございます。僕、師匠以外で初めて術士の人に会いました」
「確かに滅多に会えませんね。しかし、ユメノ様の近くはお辛かったでしょう? たまに来る術士と話題になるのですよ」
「うっ……あのニオイ気になりますよね……。たまに店の前に残り香はあったのですが、今日は店中があのニオイで……」
「先程のお飲み物にお口直しを少し混ぜてます。少しは楽になるかと思いますよ」
それを聞いてメル様はカクテルを少しだけ口にしました。
すると少し強ばっていた表情が緩み、少しだけ驚いた様な顔でカクテルを見つめます。
「ホントだ……あの後からずっと鼻に残ってたものが消えていきます」
「多分、あなたは他の術士と比べても鼻が良いのでしょう」
「それ、師匠にも言われました」
「私もユメノ様と接触した事があるのですが『香水のキツい女性』としか思わなかったのですよ」
「僕には……腐った水で煮詰めた悪趣味な香水みたいな臭いで……ホント鼻ごと腐り落ちるかと思いましたよ」
どうやら彼はビャンコ様より強い感知能力があるようですね。
「これ、僕が今まで飲んだカクテルの中で一番美味しいです」
「ありがとうございます。隠し味に少しだけ術を仕掛けております。そにらには弱めの解毒がが仕掛けてあります」
「すごい、まるで薬ですね!」
「そんな大層なものではありませんよ、ちょっとしたアクセントです」
メル様はまじまじとカクテルをご覧になっております。
人心地ついたのか、彼はこれまでの経緯を話してくださいました。
「僕、店長に誘われてリモワに来て二年経つんですけど……ずっと術系のバラのニオイがしてるのが気になってたんです」
「私は近くにいると分かるくらいです、素晴らしい感知能力ですね」
「いえ、そんなに良いものでもないのですが……術のニオイでバラって、魅了、ですよね?」
「はい、普通はふわりと香る程度で心地よいものですが」
「王都全体に魅了の術がかけられてるのかと思ってずっと怖かったんです」
確かに鼻が利く彼にとっては恐怖ですね。
「ここがすごく心地よいって思った理由もそこなんです。ここはあのニオイ全然しませんね」
「はい、店内が悪意ある術の影響を受けないよう結界を張っています」
「やっぱり! 慣れていないお店だから緊張はしてましたけど、店長に残るよう言われて実はちょっと嬉しかったんです」
「それは何よりです。あと、先程の彼女の魅了ですが」
二ヶ月間同じ職場で働いていた上司のカズロ様に酷く嫌われていたこと、また効果が出てる人を見たことがないことをご説明いたしました。
「そうなんですね! 安心しました。僕、彼女の術にかかっている訳……ないですね、確かに」
「安心して大丈夫です」
「彼女と話したのに全然好感度上らなかったし……あ、もしかして」
何かに気付いたメル様は少し身を乗り出しました。
「もしかして、あのお客さん訓練してないんですかね?」
「恐らくそうかと思われます」
「あぁ、やっぱり。師匠から僕も術のニオイを撒き散らしてたって言われたの思い出して……」
「そういう方もいらっしゃいますが、メル様は全くそれを感じさせませんね」
「はいっ師匠のお陰です! あと僕が撒き散らしてたのは理解だから大丈夫って聞きました。それに、僕の周りで誤解が生まれない程度の効果しかなかったみたいですし」
理解とは、また希少な能力ですね。
事実を正しく理解出来る術で、伝記などで登場する賢者が持っていると言われます。
嘘や誤魔化しが効かず、真理を見通せるものですが……そんな強力な術が人間関係を良好に保つ効果として現れていたとは……。
「恐らくあなたの師も仰っていたと推察しますが……」
「はい、隠すように言われています。当時僕、術とか使ってたつもりなかったんです。師匠に会わなければ僕もあぁなってたのかなと……」
少し悲しそうです。恐らく今日の職場での事を思い出しているのでしょう。
「メル様は理解の香りをご存知ですか?」
「実はよく覚えてないのと、他との差は分からないんですよ。師匠から滅多にいないから問題ないって言われたので、あまり気にしないようにしてます」
「理解は柑橘系の爽やかな香りがするのですよ。広がるだけで一定以上は強くならないのも特徴です」
「そうなんですね! 良かった、あのお客さんみたいにはならないんですね!」
「良くも悪くも害がないのも特徴です。悪意のある人間にとっては苦手かも知れませんが」
「僕はいつも人に恵まれてると思います……」
「本来理解は真理を求める者が文献の解読などに使うものです。それが周囲の誤解が無くなるような効果として発現していたのなら、それはあなたのお人柄による影響が大きいでしょう」
「僕の、ですか?」
「はい。もしメル様が悪意に満ちた思考の持ち主だったら、嘘を暴くような効果で発現していた可能性もあります。お伺いしてる感じですとそういった効果ではなさそうですね」
「そういえば、嘘がバレて喧嘩に……とかのは聞いた事がないです」
現在はおそらく、カーラ様のお店で商品説明に使用しているのでしょう。
ご自身のために使えば莫大な文献を理解し、高名な学者……いや、知識を駆使して世界を変えることも出来るでしょう。
「なので強力に発動しても、全く違う結果になっていたと思います」
「……ありがとうございます、安心しました!」
表情に笑顔が戻りました。
今言ったのは本当の事ですし、正直な見解です。
「なんだか、キーノスさんは僕にとってお薬みたいですね」
「私がですか?」
「はい!」
私には過分な評価に聞こえてしまいます。
「お次にココナッツの風味の物はいかがですか?」
「美味しそうですね、是非お願いします!」
「かしこまりました」
この後私は彼に何杯かお酒をお作りしました。
ご来店の時の鯱張った様子はなくなり、心を開いてくれたようです。
さすがに聖獣局長様ほどではありませんが。
それからしばらくして、彼はまたの来店の約束をして店をあとになさいました。
私にしては珍しく浮かれています。それはきっと、優しい賢者の卵との出会いの影響でしょうね。
それはそうですよね。
初めて来た場所、初めて会う人、初めて飲むお酒……
礼儀正しい彼なら落ち着かないと思います。
「メル様、せっかくなので何かご注文なさいますか?」
「はっ、はい!でも僕、何を頼んだら良いのか分からなくて……」
「了解いたしました。メニューをお渡しするのも良いのですが、せっかくなのでいくつか質問をさせて頂いても構いませんか?」
「も、もちろんです! なんでもどうぞ!」
来店からしばらく経ちますが、鯱張った雰囲気は崩れませんね。
「チョコレートはお好きですか?」
「はい! でも、甘すぎない方が好きかもしれません」
「ミントとリンゴなら、どちらの方がお好きですか?」
「んんん、その二択ならミントです!」
「なるほど。では……」
少し間を置いてから質問します。
「バラのお酒など、いかがですか?」
彼の顔が分かりやすく青ざめます。
分かってはいましたが、少し意地悪な質問をしてしまいましたね。
彼のご来店の時から、微かに爽やかな柑橘系の香りがしていたのが気になっておりました。
「やはりそうでしたか。少し意地悪な事をお伺いしてしまい申し訳ありませんでした。本日はお辛かったですね」
「え、あ……あの」
「オススメのカクテルをお作りいたします」
カカオとミントの二種類のリキュールと生クリームをそれぞれ同じ割合でシェイクし、ショートグラスに注いでミントの葉を添えます。
「こちら『グラスホッパー』というカクテルでございます。」
出来たものを彼の前に差し出します。
「あとこれは、先程のお詫びと私の自己紹介です」
私は彼にそう告げ、左手で指を鳴らします。
ーーパチンッ
彼に渡したグラスに氷でできたモウカハナの花を咲かせました。
グラスを見つめていたメル様が驚いたように目を少し見開きます。
「これは……」
「その花、このお店と同じ名前で『モウカハナ』というのですよ」
少し警戒されてしまったでしょうか?
術士特有の香りとその強さから、彼はどこかで術の訓練をしていると思われます。
その時に術士流の挨拶を教わっているはずです。
彼はしばらくグラスを見つめていましたが、ハッとした表情でこちらに視線を向けてきます。
「あの、あなたは……店長は全部知ってて僕をここに連れてきてくれたんですか?」
「カーラ様はご存知ないかと思われます」
「すごく心地よい香りがしたので良い人なのはすぐわかったのですが……言い出せなくて」
「その対応が正解です、良い師に教えられたのですね」
「いえ、あの」
「最初は未成年と間違えてしまい申し訳ありませんでした」
「そんな! しかたないです、よくお店でもある事なので!」
メル様ぶんぶんと顔の前で手を振って否定なさいます。
「良いタイミングかと思いましたので、自己紹介をさせていただきました」
「ありがとうございます。僕、師匠以外で初めて術士の人に会いました」
「確かに滅多に会えませんね。しかし、ユメノ様の近くはお辛かったでしょう? たまに来る術士と話題になるのですよ」
「うっ……あのニオイ気になりますよね……。たまに店の前に残り香はあったのですが、今日は店中があのニオイで……」
「先程のお飲み物にお口直しを少し混ぜてます。少しは楽になるかと思いますよ」
それを聞いてメル様はカクテルを少しだけ口にしました。
すると少し強ばっていた表情が緩み、少しだけ驚いた様な顔でカクテルを見つめます。
「ホントだ……あの後からずっと鼻に残ってたものが消えていきます」
「多分、あなたは他の術士と比べても鼻が良いのでしょう」
「それ、師匠にも言われました」
「私もユメノ様と接触した事があるのですが『香水のキツい女性』としか思わなかったのですよ」
「僕には……腐った水で煮詰めた悪趣味な香水みたいな臭いで……ホント鼻ごと腐り落ちるかと思いましたよ」
どうやら彼はビャンコ様より強い感知能力があるようですね。
「これ、僕が今まで飲んだカクテルの中で一番美味しいです」
「ありがとうございます。隠し味に少しだけ術を仕掛けております。そにらには弱めの解毒がが仕掛けてあります」
「すごい、まるで薬ですね!」
「そんな大層なものではありませんよ、ちょっとしたアクセントです」
メル様はまじまじとカクテルをご覧になっております。
人心地ついたのか、彼はこれまでの経緯を話してくださいました。
「僕、店長に誘われてリモワに来て二年経つんですけど……ずっと術系のバラのニオイがしてるのが気になってたんです」
「私は近くにいると分かるくらいです、素晴らしい感知能力ですね」
「いえ、そんなに良いものでもないのですが……術のニオイでバラって、魅了、ですよね?」
「はい、普通はふわりと香る程度で心地よいものですが」
「王都全体に魅了の術がかけられてるのかと思ってずっと怖かったんです」
確かに鼻が利く彼にとっては恐怖ですね。
「ここがすごく心地よいって思った理由もそこなんです。ここはあのニオイ全然しませんね」
「はい、店内が悪意ある術の影響を受けないよう結界を張っています」
「やっぱり! 慣れていないお店だから緊張はしてましたけど、店長に残るよう言われて実はちょっと嬉しかったんです」
「それは何よりです。あと、先程の彼女の魅了ですが」
二ヶ月間同じ職場で働いていた上司のカズロ様に酷く嫌われていたこと、また効果が出てる人を見たことがないことをご説明いたしました。
「そうなんですね! 安心しました。僕、彼女の術にかかっている訳……ないですね、確かに」
「安心して大丈夫です」
「彼女と話したのに全然好感度上らなかったし……あ、もしかして」
何かに気付いたメル様は少し身を乗り出しました。
「もしかして、あのお客さん訓練してないんですかね?」
「恐らくそうかと思われます」
「あぁ、やっぱり。師匠から僕も術のニオイを撒き散らしてたって言われたの思い出して……」
「そういう方もいらっしゃいますが、メル様は全くそれを感じさせませんね」
「はいっ師匠のお陰です! あと僕が撒き散らしてたのは理解だから大丈夫って聞きました。それに、僕の周りで誤解が生まれない程度の効果しかなかったみたいですし」
理解とは、また希少な能力ですね。
事実を正しく理解出来る術で、伝記などで登場する賢者が持っていると言われます。
嘘や誤魔化しが効かず、真理を見通せるものですが……そんな強力な術が人間関係を良好に保つ効果として現れていたとは……。
「恐らくあなたの師も仰っていたと推察しますが……」
「はい、隠すように言われています。当時僕、術とか使ってたつもりなかったんです。師匠に会わなければ僕もあぁなってたのかなと……」
少し悲しそうです。恐らく今日の職場での事を思い出しているのでしょう。
「メル様は理解の香りをご存知ですか?」
「実はよく覚えてないのと、他との差は分からないんですよ。師匠から滅多にいないから問題ないって言われたので、あまり気にしないようにしてます」
「理解は柑橘系の爽やかな香りがするのですよ。広がるだけで一定以上は強くならないのも特徴です」
「そうなんですね! 良かった、あのお客さんみたいにはならないんですね!」
「良くも悪くも害がないのも特徴です。悪意のある人間にとっては苦手かも知れませんが」
「僕はいつも人に恵まれてると思います……」
「本来理解は真理を求める者が文献の解読などに使うものです。それが周囲の誤解が無くなるような効果として発現していたのなら、それはあなたのお人柄による影響が大きいでしょう」
「僕の、ですか?」
「はい。もしメル様が悪意に満ちた思考の持ち主だったら、嘘を暴くような効果で発現していた可能性もあります。お伺いしてる感じですとそういった効果ではなさそうですね」
「そういえば、嘘がバレて喧嘩に……とかのは聞いた事がないです」
現在はおそらく、カーラ様のお店で商品説明に使用しているのでしょう。
ご自身のために使えば莫大な文献を理解し、高名な学者……いや、知識を駆使して世界を変えることも出来るでしょう。
「なので強力に発動しても、全く違う結果になっていたと思います」
「……ありがとうございます、安心しました!」
表情に笑顔が戻りました。
今言ったのは本当の事ですし、正直な見解です。
「なんだか、キーノスさんは僕にとってお薬みたいですね」
「私がですか?」
「はい!」
私には過分な評価に聞こえてしまいます。
「お次にココナッツの風味の物はいかがですか?」
「美味しそうですね、是非お願いします!」
「かしこまりました」
この後私は彼に何杯かお酒をお作りしました。
ご来店の時の鯱張った様子はなくなり、心を開いてくれたようです。
さすがに聖獣局長様ほどではありませんが。
それからしばらくして、彼はまたの来店の約束をして店をあとになさいました。
私にしては珍しく浮かれています。それはきっと、優しい賢者の卵との出会いの影響でしょうね。
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