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悩める局長の受難

#6

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「こちらタツタアゲになります」

 カズロ様にビアをお出ししたあと、事前に用意を進めていたタツタアゲをお出しします。

「おーきたきた! ここのタツタアゲは最高だもんな、みんなも食べてくれ!」
「ミケーノったら気が利くわね、言葉使い以外はホントいいオトコ!」
「なんだそれ、褒めてんのか?」
「もちろんよ!」
「これは良い香りですね、私もいただいて良いですか?」
「おう、もちろんだ!」
「僕にも一つ。あと今日はサシミが欲しい」

「かしこまりました、取り皿四つとサシミ盛り合わせ一つですね」
「それでよろしく!」

 一か月前はどんよりと沈み弱気なご様子だったカズロ様は、あの日を境に徐々に元の雰囲気に戻られてきてます。

「ところでカズロ、来てすぐで悪いが……」
「あぁ、例の彼女ユメノの事だろ? 僕も今朝記事を見たけど、まさか冒険者になるとは思わなかったよ」

 くくく……と静かにカズロ様が影のある笑いを見せます。

「もしかして、前に言ってた作戦が成功したのですか?」
「間違ってないけど、僕のは起爆剤を仕込んだ程度かな。でも想像以上に大爆発したから驚いたよ」
「それは楽しみです。今日はそのお話を聞かせてくれるのですよね?」
「もちろん。彼女は先週の段階で公務員資格を剥奪されたから、ここで話すくらいなら大丈夫なはずだよ」

 ーー公務員の資格を持つものは、仲間の品格を落とすような行動は避けるべし。
 という、公務員における行動理念が徹底されているそうで、内輪の問題をみだりに話すことは禁じられているのです。

 カズロ様はここで「とある局員」の話をなさってますが、かなり際どい範囲で、固有名詞ユメノ・ブランカは言ってないのです。
 周りが彼女ユメノ様だと判断してるだけで、カズロ様は名言はしていない……仮に録音されていたとしても、周りが言っているだけなので、カズロ様からのリークには出来ないそうです。

 今日は名前を口に出していらっしゃいますので、どうやら本当に解禁された様ですね。

「自己評価申告書を出したとこまでは話したよね」
「ジコ……え、何だそれ?」
「見当違いな自己アピールを書いたものですね」
「あぁ、『私はアイドル』っていうアレか!」
「そう、それ。あれの次の週に提出する局長と職員からの意見書の集計と、個人面談があって。その結果で先半年の給金の額が決まるんだ」

​───────

 庁舎で働く全局員の自己評価申告書がそろったことで、今度は「同職員への意見書」の提出が求められた。
 こちらは意見書と銘打っているが、大体は「○○さんのおかげで以前より業務が楽になった」など、良い評価を書かれることが多い、が。
 まれに特定の人物への不平不満が集中して書かれること事もある。
 前期はどうだったか分からないが、今期は……統計ウチの局員から忌憚のない意見が集まるような気がする。

 これとは別に、局長が自分の部下に関しては記載する「局員及び職員の評価申告」がある。

 この二つの書類を使用するタイミングは同じなので、局長がまとめて人事局へ提出する。
 ここでいくつか意見を弾いたりすることもあるが、余程のことが無ければそのまま通す。

さて、彼女ユメノに関しては何か出てるかな?

 下衆な笑顔を浮かべながら、局長カズロは意見書に目を通した。

・始業時刻より遅く、終業時刻より早く帰る。仕事は遅く、粗が多い。否定的な物言いが多く、会話が成立しない事も多い。雑用は間に合っているので、適切な部署へ移動した方が良いと思う局員がいる。
・総務部に備品を持ってくるように頼んだら逆に怒られた。なので通常通り自分で取りに行くのだが、備品の減りが明らかに早くなっている。
・総務部に仕事を頼もうにも、そもそも離席率が高い。席に溜まっていくメモがまとめてゴミ箱へ捨てられているが、自分が残したメモの対応をしてくれた試しがない。メモを残すだけ無駄なので、最近は何も頼んでいない。
・いるとうるさい、仕事はしない、いない方がまだマシ
・総務部が出来て良かった、彼女に統計の仕事をさせるのを想像すると正直怖い。

 固有名詞は書かれていない、だが誰のことかは火を見るより明らかである。

 同じ局員の評価申告には、カズロはこう書いた。

 統計局員の業務を円滑にするために総務の仕事を頼んでいるが、成果は出ていない。
 また書類提出の手配を怠り、他の課の業務を増やしてしまうなどの失態も多い。
 何より総務の仕事のみを担当しているのにも関わらず、就業時の離席が多い。
 他の局員と違い短期出張などもないため、職場を離れる必要がほぼないにも関わらず席に居ないのはなぜか。

総評
 昇給はなし、金銭的な被害報告が出た場合は調査の後減給処分
 今後業務に改善が見られない場合は、統計局からの移動をさせる必要がある。

​───────

「なかなかえげつないわね……ワタシそれ言われたら泣くわよ?」
「僕も想像以上だったよ……局員に負担にならないよう配慮したのに、結局負担になってたんだって反省したよ」

 サシミを一切れ口に放り込み、カズロ様は続けます。

「少なくとも統計局ウチから外すのはほぼ確定できた! って思ったよ。先月の目眩がしそうな書類と局長の評価申告でもいけたかもしれないけど、意見書で決定打にできたと思ったよ」
「でも、公務員辞めて冒険者になるんだろ?」
「公務員資格の剥奪までされたようですが……」
「うん、だから僕のやった事は起爆剤を仕込む程度の事にしかならなかったんだよ」

 カーラ様がワサビショーユの入った小皿にサシミを入れ、そのサシミを頬張る。

「っん~! さしずめこのワサビってとこかしら?」
「否定はしないけど、もっとワサビの影響は少なかったと思うよ」

 酷評の査定を受けたユメノ様ですが、それでもまだショーユのなかのちょっとしたワサビとは……
 今お伺いした書類の内容だけでも、起爆剤にしては威力が高そうに見えます。

 カズロ様はここでは謙虚な落ち着いた紳士然と振舞っていらっしゃいますが、彼の異名は「統計局のファルコ」です。
 過去に汚職を数字上で見抜き、反論の余地を残さずに追い詰めた手腕で最年少の局長となった方です。
 この書類以外にも、何か罠を仕掛けているように思えます。
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