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4章 マリーゴールドガーデンでいつまでも

23.錠は外れて

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 きっと長い話になる。
 何層も、何山も降り積もった話だろうから、私にだって……

「えっと……ごめんなさい。
 その前に、お花とかやっちゃいませんか……?」

「……あ、あぁ」


 覚悟が必要で、結局話を遮るように提案してしまった。


「僕としたことが……そうだよね、花がパサパサになっちゃう」

「いえいえ」


 それでもエドワールさんは肯定的な反応で、丁寧に古い花を交換していく。
 その間に私は碑に水をかけ、埃と汚れを雑巾で拭っていく。

 花がダメになってしまうかもしれないとわかっていたのに、エドワールさんは焦って話を優先しようとした。
 それがどれ程まで大事な話なのか、エドワールさんの決意が必要なのかというのが念押しするように伝わってくる。


(なんだか、今更だけど申し訳ないような……)

「いいんだよ。
 コトネはきっとイオリちゃんの意見の肩をもつよ」


 思ったことが口に出ていた……?
 面食らっている間にエドワールさんは花の交換を終えて、掃除の手伝いに入ってくれる。
 慌てて再び手を動かし始めて、墓誌の方へ差し掛かったところ、

(あれ……これ……)

 一つ、気になる事を見つけた。

 書いてある名前は、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんのもの、そしておばあちゃんの名前の前に、

(加賀美 蓮介……?)

 同じ苗字の、知らない名前があった。
 いや、正確には……


「あぁ、こんなところにも書かれていたのか」


 僕ったらドジっ子……そんな事をエドワールさんがすぐ後ろでつぶやいた。
 名前と声が重なって、何故か寂しいような感情に心が包まれていく。


「この名前はね、僕だ」


 カチリ、頭の奥でそんな音が聞こえたような気がした。
 開かずの扉がやっと鍵を招き入れ、少しずつ錠が外れていく。

 そうして、緩やかに解放された記憶が目を覆い、いつかの光景を流していった。

 お庭の花の色、まだ少しだけ若かったおばあちゃんと、その隣にいる同じくらいの年代の男性。
 男性は柔らかな笑みを浮かべて、イオリちゃんと私を呼んだ。
 藤棚に蔓を巻いてしまった朝顔を一緒に見つめてまた笑って、手を引いておばあちゃんのところまで歩いた。

 あぁ何で、忘れていたんだろう。

 断片的に残っていた記憶が鮮明に蘇って、涙がこぼれそうになったけど堪えた。

(理由を聞いてから……)

 理由を聞いて、泣くとしてもその後だと心を決めた。
 今泣いてしまえば、話される事を正しく理解できない気がする。

 うろたえる感情をなんとか落ち着かせたところで、エドワールさんが記憶をなぞるように笑った。
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