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4章 マリーゴールドガーデンでいつまでも
7.ふくら蜜と甘露紅の飴
しおりを挟む市場の道は見て感じていた以上に広い。
だから人が沢山行き来していてもそこまで息苦しく感じない。
ぶつかってしまう事があっても和やかだし、人間と亜人が仲良く世間話にしていたり、立ち飲みコーナーでは肩を組んで歌ったり踊ったりもしている。
ヒースクリフさん……竜の亜人は差別の対象だって前に聞いたけど、ここの市場の人達は特に何も気にしてないみたいだった。
むしろ、黒騎士として顔が知れているせいか、
『おや、ヒースクリフ様』
『黒騎士様ー! またお菓子買いに来てくだせぇ!』
『いつもご苦労様です』
明るく気さくに挨拶してくれたり、ともかく優しい空気が流れている。
『むず痒いな』
『人望ですね』
ヒースクリフさんが照れている横で、とてもニコニコしてしまった。
とても真面目で優しい人だし、この場だけでなく種族が竜の亜人だからと本来の人柄が蔑ろにされるような事が無くなればいいなとも思いつつ……
歩みを進めるごとに強くなっていく甘くて芳ばしい匂いに、お腹が鳴りそうになった。
『ついた。まずはここだ』
木や花の模様が描かれた愛らしい屋台には【ふくら蜜】と書かれていて、今まさに調理している様子……
金色の蜂蜜のようなものを鉄板に垂らして、金属のヘラのようなもので薄く伸ばしていくと、ぎゅーっと音を響かせた後ポンっと肉まん大に膨らんだ。
『すごい、一気にふわって……』
『ふくら蜜は軽く熱すると、シュー生地のように膨らむんだ』
白く丸まったものを一個ずつ分けて、焦げ目が付くまで鉄板で転がして……
最後に食べ歩き用の串に刺して、店頭に並んでいった。
そこで一本ずつ買って、そのまま隣の屋台へスライドしていくと、
『これが甘露紅の飴』
『綺麗! うぅ、とても美味しそう……』
縁日のりんご飴を思い出す様相で、甘露紅の飴が店頭に置かれていた。
林檎と桃の中間のような見た目の果実が飴に包まれていて、甘くて瑞々しいんだろうなぁと想像が膨らむ……
それも一本ずつ買って、一先ず近くのベンチに腰を下ろすことにした。
屋台が近かったから一気に買ってしまったけど、食べ歩きしながら市場を見るなら一個食べ切ってしまった方が良い。
どちらから行こうかな……一口食べてみて決めようかな……よし、と決めて、まずはふくら蜜を齧った。
「さくっと、ふわっと、じゅっと溶け……おいひ……」
思わず日本語が出てしまったけど、ともかく美味しい。
シュー生地のような膨らみだけど、実際は薄くてパリパリのパイ生地が何層にも膨らんで砕けるような食感だった。
そして、蜜らしい舌を蕩かすような甘さを感じていたら、すぐに口の中で溶け切ってしまう。
……一口だけのつもりが、つい二口目をパクっといってしまった。
『……すぐなくなっちゃいますね』
『んんっそうか……甘露紅の方はどうだ?
食べる時のコツだが、飴と果実を一緒に齧った後、口を離さないでいるといい』
笑いを堪えているらしいヒースクリフさんに促されて、甘露紅の飴の方も一齧りすると……
果汁がとろりと溢れて出てきた。
なるほど、瑞々しい甘さが口いっぱいに広がって幸福感がすごい。
……そして、果汁が止まるところを知らない。
ぐびぐび飲んでいかないと口の中がすぐにいっぱいになる。
結局飲み込むタイミングを少し間違えて、口元を伝って少し零してしまった。
「零しちゃ……勿体無い……あぁ……」
『最初の洗礼だな。
だが上手く飲んだと思うぞ』
勿体無い事をしたと少し項垂れつつ、口元についた果汁をハンカチで拭う。
『どちらもすごく美味しくて、持って帰りたいくらいです……』
『ん、そうか、そうか……』
とても微笑ましそうな顔でヒースクリフさんは頷いていた。
……美味しいものを頬張ってる横で、幸せを浴びたというような顔で、こちらがちょっぴり恥ずかしくなって来る。
(あぁ……日本に来てくれた時と逆になった感じなんだ)
いつかヒースクリフさんが日本に来てくれて、アイスクリームを食べていたあの時。
そういえば私も同じような感じになっていたかもしれない。
『飴の方は果汁が出切ったらあとは食べやすいと思う』
『じゃあ、ふくら蜜を食べ切ったら歩くの再開しましょう!』
そうして、二人してサクサクとふくら蜜を食べるのに集中してしまった。
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