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3章 長い雨の紫陽花と晴れ間の朝顔
閑話16.黒騎士と穏やか少女その後のお茶会にて
しおりを挟む今日はイオリがお礼をしたいということで、スワルスを庭へ連れてきた。
カナストにも声をかけたが、仕事が忙しいと断られ、その代わりにと土産のアイスを頼まれてしまった。
(図々しくない程度に頼めればいいが……)
自分の金ならいいのだが、あちらの世界ではどうしてもイオリに金を使わせることになる。
前回のお出かけの際も、今度こちらの世界をお出かけする時に全額こちらが持つという事で、イオリにお願いしていた分少し気が重い。
話のどこかで提案できればいい……できれば、俺もアイスをこちらの世界で食べたい。
そんな邪な心もありつつ……
「本日はお招き頂き誠にありがとうございます」
言葉は精一杯落ち着いているように装ってるが、歓喜いっぱい尻尾をぶるんぶるん振るスワルスを微笑ましく見守った。
ヴォルフルという、こちらの世界では狼という生物に似たものとの亜人で、感情が大きな耳や尻尾に出やすい。
彼は特に嘘をつけない気質らしく、褒められては尻尾を振り、叱られては耳が下がる。
部下として面倒を見るようになって日は浅いものの、そういった部分に加え、勤勉さと明るさに助けられてはいる。
……倒れた時だってそうだった。
「とても美味しいです! 不思議な甘さがありますね……香りもすごく安らぎます」
スワルスこの庭の紅茶も気に入ったようで、満面の笑みに加えて尻尾がともかく揺れる。
今回、イオリからの申し出はわたりに船という感じで、とてもありがたかった。
彼女としても看病に向かう際、丁寧に説明や案内などをしてもらったらしく、今回はお礼のために気合を入れて用意してきたと言っていた。
「では、メインのお菓子をお出ししますね」
イオリが嬉しそうにキッチンから持ってきたのは、それは大きな……
「あ、アイス……‼︎」
「そうです! これだけ大きなサイズはあんまり見なくて、つい買ってみちゃいました!」
見た目的に、バニラアイスらしい。
いつか食べたものよりも大分大きな箱に思わず慄いてしまったが、これだけ食べてしまっていいのだろうか……いや、良くないんだろう。
次に取り出したのは、カシャカシャと音が鳴る不思議な形をした大きなスプーン。
それをアイスに突き立てめりめりと掬い、用意してあったガラスの皿の上でカシャっと鳴らせば、そこにぼとんと落ちた。
(丸型のアイスだ……!)
部下の手前だが、どうしても顔が緩んでしまう。
盛ってもらったアイスへ、カラフルなフレークとチョコソースがかけられて、どんどん豪華になって……
「はい、どうぞ!」
夢のようなアイスが出来上がった。
スワルスからも歓声が上がって、そのままのテンションで勢いよく平らげてしまった。
「本当に美味しいです! あぁでも頭が……」
「あったかい物もあわせてゆっくりと召し上がってください!」
こちらはゆっくりと舌鼓を打ちながら食べているが、ひんやりとしつつ濃厚な甘味、チョコソースのちょっとしたビターな風味に、フレークも合わさって口の中が幸福だ……
しかし、もう一口に掛かろうとしたところで、スワルスに向けられるイオリの笑顔に気付いた。
……何と言えばいいのか、いつもとちょっと違う気がする。
緩いというか、溶けてるというか、とても愛らしいものを見ている時の様子だ。
スワルスの耳や尻尾は確かにふわふわだし、この素直さを可愛らしく思う気持ちはわかる。
だが、こいつはしっかりと男だ。
……若干、複雑だ。
アイスの幸福と、狭量だとはわかっていながらも嫉妬が芽生え始めたもやもやとが、交互に胸の内を満たす。
「あ、ちょっとこのアイス、よければ今日来れなかったカナストにも食べさせたいなぁって……
少し離席してもよろしいですか?」
「いいですよ!」
そんな中、スワルスがバタバタと忙しなくそんな事を申し出始めてしまった。
……やってしまったと、内心頭を抱えた。
「ありがとうございます! では行って参ります!」
寮室の鍵を渡したから、律儀なスワルスはちゃんと戻ってくると思う。
(気を遣われてしまった……)
本当に愚かしい事を思ったと、深いため息が出てしまう。
カナストが言っていた通り、スワルスにもしっかり嫉妬を嗅ぎ取られてしまった……
そんなに分かりやすく出てしまうか…… 感情のコントロールをもっとしっかりしなければ……
「可愛らしいですねスワルスさん。
大きなわんちゃんみたいだなぁって」
「そうか……」
「あの、もしかして、ヒースクリフさんも頭キーンってなっていたりしますか?」
「い、や、そんなことはないぞ」
可愛いと思っている相手に嫉妬したなどとは、あんまり言いたくない。
既に狭量である事は知られていると思うが、それでもまだ少しかっこつけていたい……
何とか別の話題、アイスの話題にでも移そうと気を取り直そうとしたところで、イオリがもじもじとこちらを見つめてきて、
「えっと、その……ハグとかをご所望だったりしますか?」
「えっ」
あぁイオリも何となく不機嫌そうな感情を読み取ってしまったか……
嫉妬というよりは、何か別の方向で捉えられてしまっているようだが、
「……頼む」
願ってもない事だったから素直に欲に従った。
(連れて帰りたいくらい愛おしい)
(あぁでもスワルスに今度改めて詫びを……)
(柔らかい、花のようないい香りがする、離したくない)
(恋とは予想外に人をダメにする……気を引き締めねば)
小さく暖かなイオリを抱え、膨大な幸福感と少しの罪悪感が頭の中で巡った。
……カナストの土産についてはつい忘れてしまったが、イオリがクーラーバッグいっぱいにアイスを用意しておいてくれていて、事なきを得た。
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