上 下
96 / 144
3章 長い雨の紫陽花と晴れ間の朝顔

閑話15.医者と黒騎士の部下

しおりを挟む

 いつもと変わらぬ昼下がり。
 私はいつも通り休日返上で仕事をし、スワルスはオフらしく鎧を脱いで尻尾をばたつかせている。

 スワルスが城に勤め始めてからの習慣で、今日も今日とてランチを共にしていると、


「今度ヒースクリフさんとイオリさんがこの間のお礼にって呼んでくれたんだよ! いいでしょー!」


 得意げにそんな事を言ってきた。
 なるほどだから今日の格好はいつもより少し綺麗めで、夏にしては着込んでいるのか。

 そんなに元気よく食べてると服にソースがつきますよと諌めながら、


「私も呼ばれてますよ」

「えっ⁉︎」

「忙しいのでお断りしましたが」

「なぁんだ」


 私もその件について共有した。

 一昨日くらいにヒースクリフ様から話が来ていたが、この時期の医療班は仕事が多い。
 ……年中多いが特にこの時期は。

 夏風邪に遠征シーズン故の怪我人増加。
 更に医学の研究会もラッシュ状態。他人の発表を聞きに行くのはもちろんの事、自分も研究や発明を発表しなければならない。


「私の分まで楽しんできてください。
 二人の仲睦まじい様子は是非、あとで聞かせてくださいね」

「もちろん!」

「あとは」

「アイスだろ! わかってる。
 俺も気になってるんだ~」


 きっとイオリさんはアイスの事を聞き及んでいる。
 だから招いてくれるとしたら、より贅沢にお茶会を楽しめるように、良い感じのアイスを用意してくれていると思う。

 ……少しだけ羨ましい気持ちもありつつも、仕方のない事。
 あんまり団欒とした空気に充てられると疲れてしまうのもありますし、舌禍気味の自分が行けばうっかりお茶会の和を乱しかねない。

 ランチを終え、そのままお茶会へ向かうスワルスを見送りながら、私はぼんやりと天井を見上げた。
 
(忙しさにかまけて、お土産のアイスをせびるくらいの立ち位置で丁度良いのです)

 言い聞かせるように、そう思う事にした。

 さっさと研究室に戻り、時計を見るのを忘れるほど没頭して、夕日に目が眩んだあたりで今日のノルマがあともう一息で終わりそうになった。
 少し休憩しようか。早く終われそうだから今日は奮発して酒でも買おうか。

 そんな事を考えていると、


「カナスト! カナストー‼︎」

「なんです騒がしい」


 研究室のドアを、よく知る男がドンドンと壊れそうな勢いでノックしてきた。
 イライラしつつも開いてやれば、何かを勢いよくこちらへ差し出してくる。


「は、はやく食べて……溶ける……」

「何を……あ」


 慌てて押しかけてきたスワルスの手には、小さなガラスの器に盛られた白いアイス。
 その上には心が躍るラフルなフレークと、芳醇な香りを漂わせる暗褐色のソースもかかっていて、まるで店で出されているかのような綺麗さだ。


「カナストにも食べてもらわないと勿体無いなって……」


 イオリさんとヒースクリフ様に無理を言って、氷魔法でアイスを冷やしながら全速力でここまで走って来たらしい。

 ヒースクリフ様の部屋からここまで歩いて20分はかかる上に、外は真夏の気温だ。
 今日は鎧を着込んでいないとはいえ、人と会うために多少はしっかりとした服を着てて、決して薄着ではない。
 汗まみれになりながら、私に食べさせたいからと……


「……本当に貴方って方は」


 仕方のない人。仕方のない幼馴染。
 幼少期から相手の嬉しいと感じることを鋭く察して、脇目もふらず突っ走る。
 些細な事から心が壊れそうな時まで、彼は察してやってくる。

 尻尾をぶるんぶるん振りながらこっちの反応を伺っていて、微笑ましくなってしまう。


「まぁ、ヒース様とイオリ様を二人きりにさせたかったのもあるかな」


 ヒースクリフ様の事だから、きっと何度か大人げなくスワルスに嫉妬の目線を送ったんだろう。
 それを察してこうやって来たと。
 察しながら、相手の気持ちを汲みつつ、私にも気を遣ったと。

(……敵いませんね)

 貰ってきたアイスを食べてそんな事を思いながら、自分より高い位置にあるふわふわの髪とふわふわの耳をくちゃくちゃに撫でた。

しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

夏の嵐

萩尾雅縁
キャラ文芸
 垣間見た大人の世界は、かくも美しく、残酷だった。  全寮制寄宿学校から夏季休暇でマナーハウスに戻った「僕」は、祖母の開いた夜会で美しい年上の女性に出会う。英国の美しい田園風景の中、「僕」とその兄、異国の彼女との間に繰り広げられる少年のひと夏の恋の物話。 「胡桃の中の蜃気楼」番外編。

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

元虐げられ料理人は、帝都の大学食堂で謎を解く

逢汲彼方
キャラ文芸
 両親がおらず貧乏暮らしを余儀なくされている少女ココ。しかも弟妹はまだ幼く、ココは家計を支えるため、町の料理店で朝から晩まで必死に働いていた。  そんなある日、ココは、偶然町に来ていた医者に能力を見出され、その医者の紹介で帝都にある大学食堂で働くことになる。  大学では、一癖も二癖もある学生たちの悩みを解決し、食堂の収益を上げ、大学の一大イベント、ハロウィーンパーティでは一躍注目を集めることに。  そして気づけば、大学を揺るがす大きな事件に巻き込まれていたのだった。

氷狼陛下のお茶会と溺愛は比例しない!フェンリル様と会話できるようになったらオプションがついてました!

屋月 トム伽
恋愛
ディティーリア国の末王女のフィリ―ネは、社交なども出させてもらえず、王宮の離れで軟禁同様にひっそりと育っていた。そして、18歳になると大国フェンヴィルム国の陛下に嫁ぐことになった。 どこにいても変わらない。それどころかやっと外に出られるのだと思い、フェンヴィルム国の陛下フェリクスのもとへと行くと、彼はフィリ―ネを「よく来てくれた」と迎え入れてくれた。 そんなフィリ―ネに、フェリクスは毎日一緒にお茶をして欲しいと頼んでくる。 そんなある日フェリクスの幻獣フェンリルに出会う。話相手のいないフィリ―ネはフェンリルと話がしたくて「心を通わせたい」とフェンリルに願う。 望んだとおりフェンリルと言葉が通じるようになったが、フェンリルの幻獣士フェリクスにまで異変が起きてしまい……お互いの心の声が聞こえるようになってしまった。 心の声が聞こえるのは、フェンリル様だけで十分なのですが! ※あらすじは時々書き直します!

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

処理中です...