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3章 長い雨の紫陽花と晴れ間の朝顔
33.二人でほどいていくもの
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『でも、体調……』
『時間は取らせない。頼む』
まだ熱があるし、絶対安静だと思うけど、ヒースクリフさんは頑なに譲らない。
こちらとしても気持ちは同じで、話したい事も聞きたい事もある。
……とても悩んだ末に、
『これを着てください。体、冷やさないように』
以前渡しそびれたプレゼントを自分で開封して、中のパーカーを肩にかけた。
時間は30分以内、ダメそうだったらすぐに言う。そう条件をつけて、まだ足取りがおぼつかないヒースクリフさんを支えながらバルコニーへ向かう。
ドアをくぐり抜けると、すぐにガーデンテーブルの近くへ辿り着いて、ヒースクリフさんをいつもの右側の席に座らせた。
「寒くはないですか?」
「問題ない」
黒いパーカーをしっかりと着こんでくれて、何とか今のところは大丈夫そうだ。
万が一の場合は、キッチンからブランケットを持ってこよう。
ヒースクリフさんは少し下を向いて息を整えて、口を開いた。
「まず最初に、日本へ出かけた日の最後、無体を働いてすまなかった」
「む、無体とは……」
最初から放たれた仰々しい言葉に、思わず聞き返してしまった。
恐らく顔が近かった事だとは思うけど、無体……?
「その……キスしようと」
「あ、あれは……やっぱりそういう」
あの時ヒースクリフさんが何をしようとしていたのか、その中の候補として上がっていた事だけれども……
(あああ……)
まさか正解だったとは……羞恥でその場に沈没しかけた。
正直自惚れていると思って、あんまり考えようとしなかった答えだっただけに、衝撃が大きい。
「……あの時は、エドワール様に嫉妬した」
またあまり考えてなかった事実が追撃してくる。
ウララさんがふわっと言った事が大正解だった上に……
「仲良さげにしているのを見て苦しくなって、つい手が伸びてしまって……
もうダメなんだ。気持ちも何も伝えてないのに、愛おしさが募って手が伸びそうになる。
我慢すればするほど苦しくなって、いつかあの時みたいに無意識で何かやってしまわないかと」
「ちょっと、あの、待って、待ってください……‼︎」
好意が、怒涛の勢いで押し寄せてきて、こちらが熱を出しそうだった。
色々と追いついていない。自分だって心に決めてきたはずなのに、ヒースクリフさんの言葉の前に照れすぎてその場で転がり出しそうになる。
「だが、イオリの好意は、きっと俺の抱く感情とは違う方向だと思う……
それなのに、俺の感情を押し付けるのは違う。
わかっているがそれが苦しいんだ」
それを忘れようとして、このざまだ。
ヒースクリフさんは心痛な面持ちで、私を真っ直ぐ見て、また目を逸らす。
「イオリ、俺は、このままだとまたイオリの気持ちを無視して手を伸ばしかねない。
嫌だったら、もう少し時間をくれ。
そうしたらまた落ち着いて、適切な距離感に戻れる……はずだから」
聞きながら、心が静かに不安で凍えていくのを感じた。
適切な距離感とはなんだろう。
和やかにお茶会をするだけの関係……という感じだろうか。
もう少し時間をと言うけれど、具体的に戻れる保証もきっと無い。
ヒースクリフさんは、罰を待つように顔を下に向けて拳を握っている。
(それは、私だって嫌だ……)
そうなるのが嫌で、私はちゃんと言葉を用意してきた。
「え、えっと……じゃあ、私の方も話させて頂きますね!」
そう意気揚々と切り出して、
「……はー……緊張が」
「ゆ、ゆっくりで構わない」
口にしようとして、喉がつまって深呼吸から入る羽目になってしまった。
締らない……でも、
(伝えなきゃ)
落ち着いて、金色の瞳を見つめ返して、
「……私は、きっとあなたの事が好きです」
声が震えてしまったけど、そう伝えた。
『時間は取らせない。頼む』
まだ熱があるし、絶対安静だと思うけど、ヒースクリフさんは頑なに譲らない。
こちらとしても気持ちは同じで、話したい事も聞きたい事もある。
……とても悩んだ末に、
『これを着てください。体、冷やさないように』
以前渡しそびれたプレゼントを自分で開封して、中のパーカーを肩にかけた。
時間は30分以内、ダメそうだったらすぐに言う。そう条件をつけて、まだ足取りがおぼつかないヒースクリフさんを支えながらバルコニーへ向かう。
ドアをくぐり抜けると、すぐにガーデンテーブルの近くへ辿り着いて、ヒースクリフさんをいつもの右側の席に座らせた。
「寒くはないですか?」
「問題ない」
黒いパーカーをしっかりと着こんでくれて、何とか今のところは大丈夫そうだ。
万が一の場合は、キッチンからブランケットを持ってこよう。
ヒースクリフさんは少し下を向いて息を整えて、口を開いた。
「まず最初に、日本へ出かけた日の最後、無体を働いてすまなかった」
「む、無体とは……」
最初から放たれた仰々しい言葉に、思わず聞き返してしまった。
恐らく顔が近かった事だとは思うけど、無体……?
「その……キスしようと」
「あ、あれは……やっぱりそういう」
あの時ヒースクリフさんが何をしようとしていたのか、その中の候補として上がっていた事だけれども……
(あああ……)
まさか正解だったとは……羞恥でその場に沈没しかけた。
正直自惚れていると思って、あんまり考えようとしなかった答えだっただけに、衝撃が大きい。
「……あの時は、エドワール様に嫉妬した」
またあまり考えてなかった事実が追撃してくる。
ウララさんがふわっと言った事が大正解だった上に……
「仲良さげにしているのを見て苦しくなって、つい手が伸びてしまって……
もうダメなんだ。気持ちも何も伝えてないのに、愛おしさが募って手が伸びそうになる。
我慢すればするほど苦しくなって、いつかあの時みたいに無意識で何かやってしまわないかと」
「ちょっと、あの、待って、待ってください……‼︎」
好意が、怒涛の勢いで押し寄せてきて、こちらが熱を出しそうだった。
色々と追いついていない。自分だって心に決めてきたはずなのに、ヒースクリフさんの言葉の前に照れすぎてその場で転がり出しそうになる。
「だが、イオリの好意は、きっと俺の抱く感情とは違う方向だと思う……
それなのに、俺の感情を押し付けるのは違う。
わかっているがそれが苦しいんだ」
それを忘れようとして、このざまだ。
ヒースクリフさんは心痛な面持ちで、私を真っ直ぐ見て、また目を逸らす。
「イオリ、俺は、このままだとまたイオリの気持ちを無視して手を伸ばしかねない。
嫌だったら、もう少し時間をくれ。
そうしたらまた落ち着いて、適切な距離感に戻れる……はずだから」
聞きながら、心が静かに不安で凍えていくのを感じた。
適切な距離感とはなんだろう。
和やかにお茶会をするだけの関係……という感じだろうか。
もう少し時間をと言うけれど、具体的に戻れる保証もきっと無い。
ヒースクリフさんは、罰を待つように顔を下に向けて拳を握っている。
(それは、私だって嫌だ……)
そうなるのが嫌で、私はちゃんと言葉を用意してきた。
「え、えっと……じゃあ、私の方も話させて頂きますね!」
そう意気揚々と切り出して、
「……はー……緊張が」
「ゆ、ゆっくりで構わない」
口にしようとして、喉がつまって深呼吸から入る羽目になってしまった。
締らない……でも、
(伝えなきゃ)
落ち着いて、金色の瞳を見つめ返して、
「……私は、きっとあなたの事が好きです」
声が震えてしまったけど、そう伝えた。
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