マリーゴールドガーデンで待ち合わせ 〜穏やか少女と黒騎士の不思議なお茶会

3章 長い雨の紫陽花と晴れ間の朝顔

31.目覚めと奇襲と

（よし、静かに、起こさないように、色々とやっちゃおう）

　まずはベッドの近くまで来たし、冷却シートを貼らせてもらおう。
　実際に自分で触れてみてわかったけど、まだかなり熱がある。

　クーラーバッグからよく冷えた冷却シートを一枚取り出して、前髪をかきあげた額にそっと貼り付けた。

　本当に熱を覚ますのなら首や脇の方に貼ったほうがいいけれども、べっこりとした隈を見る限り、よく眠れるように熱の感覚を和らげた方が良いと思って額にしてみる。

　……一瞬身じろぎされて目を開けていたけど、冷たさが心地よさにまた目を閉じて寝る体制になってくれて、ほっとため息をついた。

（次に……換気！）

　埃っぽくてこもった空気を入れ替えよう。
　この部屋の窓らしいところは、バルコニーに通じている硝子戸だけ。
　中途半端に開かれたカーテンと戸を開けば、澄み渡る青空が視界いっぱいに入ってきて、爽やかな風と共に下で広がる市井の雑踏が聞こえてくる。

　そして、

（ドア、こんなところに……すごく、魔法のドアって感じ）

　バルコニー端に見慣れた【二つ目のドア】があった。
　ドアを中心に、青青とした植物が小さな庭を形成するように生えていて、とても神秘的な雰囲気を醸し出していた。

　見惚れてぼんやりとしかけたけど、部屋へ引き返して、レースのカーテンを閉める。
　色々と眺めていたいけど、風を取り入れながらある程度の遮光をして、寝やすい空間を作っていくのが先決だ。

（正直目移りしちゃうものが多くて困る……）

　本の中で読んだもの、ヒースクリフさんが話していた事、自分の世界には無い何か。
　似ているようで全く違う世界。

（そういえば、おでかけの前に来ちゃった……）

　次はこちらの世界を案内すると約束していたよりも先に、こんな形で来る事になるとは思わなかった。

　今度おでかけできるとしたら、いつくらいになるだろうか。
　ヒースクリフさんは今それどころじゃないし、今後次第ではお茶会自体がなくなって、おでかけもなくなってしまう。

　……それは嫌だ。
　だから、早く話したい。

　二人の間にある誤解や、不安を話して、今後も関係が続いていくように……

（早く、元気になってもらわないと……）
　
　部屋に転がっていた丸椅子を借りて、ベッドの側で腰掛ける。
　一緒に持ってきたベルディグリ語の本を開きながら、ヒースクリフさんの側で待機することにした。

　相変わらずこの世界の児童書を読んでいるけど、段々と挿絵がないもので物語も複雑なものになってきた。
　それ故に理解の難易度も上がってきて、どうしても時間がかかって集中力が切れがちになる。

　この部屋は適度に静かで、今は爽やかな風も心地よい。
　絶好の読書空間だ。
　
　しかし、

（……あぁだめ、眠くなってきた）
　
　本を一時間程読み進めたところで、うとうとし始めてしまった。

（うぅ……暖かさと心地よさが……）

　更にヒースクリフさんの寝息も落ち着いたものになってきて、眠気に追い討ちをかけてくる。
　看病しに来たのに寝てしまうのはよくない。
　一旦本を閉じて、汗を拭くようのタオルでも用意しようかと立ち上がったところで、


「わっ⁉︎」


　突然手首を掴まれて、ベッドに引きずり込まれた。
　視界がひっくり返ったその先で、鋭い金色の瞳とかち合う。


『……イオリ？』


　あぁ、ぽかんとした顔をされている……
　どうも自分に差し向けられた刺客だと思って、反射的に動いてしまったみたいだ。


『お、お久しぶりです……』


　押し倒された状態な上に、距離がまたとても近い。

　自分の顔が熱を持つのを感じつつ、おろおろしていると、状況に気付いたヒースクリフさんが慌てて飛び退いた。