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3章 長い雨の紫陽花と晴れ間の朝顔
25.モヒートと葛藤
しおりを挟むバイトはその後ミスらしいミスもなく、無事に終わった。
丁度よく悩んでいた事も忘れられて、多少スッキリした気持ちで買い物をした後家に戻る。
(暑い……サッパリしたもの飲みたい……)
ちょっとの距離を歩くだけでも、かなり喉が渇く。
紅茶の気分ではないから、ちょっと手抜きだけれどもサッパリとした飲み物を作ろうと思う。
買って来たライムと、冷蔵庫から余らせていたトニックウォーターとミントを取り出したところで、
「やぁやってるかい?」
「へ、ヘクターさん⁉︎」
居酒屋の暖簾を潜るみたいにひょこっと、ヘクターさんがキッチンの扉から顔を出した。
春にお会いした時と変わらず、穏やかな空気で微笑んでいる。
長い髪は三つ編みにしてまとめていて、白いローブは涼しげで軽そうなものになっていて、とてもおしゃれ……
「やっていますよ。
サッパリとした飲み物を作ろうと思っていたんですけど、それでいいですか?」
「うん。お願いします」
ヘクターさんはガーデンテーブルの方で待っててくれるようだった。
さて、ささっと作っちゃおう。
ライムをよく洗って種を取り、ザクザクとブロック状に切ったらガラスのコップの底に入れる。
その上から砂糖をサラサラと、スプーン一杯かける。
ミントもちょっとだけ刻んで更にその上からパラパラと振りかけるように入れたら、トニックウォーターを注ぎ入れる。
マドラーで潰しながらよく混ぜて、大きめの氷をニ、三個追加して、最後にスライスしたライムと小ぶりなミントを飾り付ければ完成だ。
(……うん。さっぱり、甘さ控えめ)
自分のカップで確認しつつ、甘さが足りない時用にガムシロップもお盆に載せて、ガーデンテーブルへ向かう。
「お待たせしました。
ノンアルコールモヒートです」
「おぉ……とても綺麗だね」
透明なコップと中のライムの色が出て薄く黄緑色がかった液体が、キラキラと夏の日差しを反射して輝く。
正確なモヒートではなく、結構邪道な作り方をしているけど、これが中々お手軽で美味しい。
「……いいね、ビターでさっぱりとしてる。
気に入っちゃった」
ヘクターさんもとても喜んでもらえて「元々はお酒なの?」だとか「そっちも気になるなぁ」とか興味深そうにしてくれていた。
「正式なお酒の方は、私が成人できた時にお出ししますね」
「あ、あれだろう? こっちの成人の儀って強そうなキラキラの衣装着るやつ」
……成人式と晴れ着のことかな?
「いえ、あれは今年度で成人になる人を一括でお祝いするだけなので、誕生日が来て二十歳になったら、大体お酒とか成人指定のものは解禁でいいんです」
「なるほど」
お酒版、正式なモヒートはあと少ししたら飲めるようになるから、私も飲んでみたいと思う。
成人したらモヒートでお祝いしようなんて、ふんわりとした約束をしつつ、束の間談笑を楽しんでいたところで、ヘクターさんは少し心配そうな顔になった。
「ヒース君、今日は来てないね?」
「……それが」
本来なら大体この日のこの時間帯にいると、ヘクターさんも知っているらしい。
一応先週の事をまたお伝えすると、
「……なるほどなるほど」
ヘクターさんは、とても神妙な顔をしてしまった。
「実を言うとヒース君は今、かなり荒れてる」
「荒れ……え?」
「鬼のような量の訓練と仕事をこなしてる。
多分来週には過労で倒れるね」
「えっ⁉︎」
その様子は簡単に想像できてしまった……とても思い詰めてらっしゃる……
シェラーナ様の護衛に、エドワール様の仕事を根こそぎ奪いかねない程の書類仕事、更には義務付けられた時間の三倍は訓練場にいて鍛錬していて、日に日にやつれていっているらしい。
(……とても心配)
心配だけれども、その大きな原因が恐らく私にあって、私が何かしようにも逆効果な気もするから、迂闊に動けない……
「それか、倒れる前にシェラーナあたりに蹴飛ばされてココに来るかの二択だと思う」
「えぇ⁉︎」
「そこで君にお願いがあるんだけど、いいかな?」
「は、はい」
「来週末、1時間くらいでいいから予定を空けておいて」
予想だとシェラーナに蹴られてくるよりは、倒れる方が確率が高い。
だから、お手数だけど看病をお願いしたい。との事だった。
……嫌な二択だなぁと思いながら、ヘクター様の予想を聞いていると、
「そして、その前にイオリさんは、自分の気持ちと向き合ってほしい」
追加で、思わぬお願いが来た。
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