上 下
80 / 144
3章 長い雨の紫陽花と晴れ間の朝顔

22.藤棚の朝顔

しおりを挟む

「運搬……? ありがとうございました。
 お茶はエルダーフラワーコーディアルふた垂らしとレモンでよかったですよね?」

「うん、それでお願いしまーす。
 あ、お砂糖はいらないからねー」


 キッチンで再度ケトルを沸かして、エドワール様のお茶を用意する。
 しっかりとしたリクエストがあると言うことは、きっとこのお庭に遊びに来たことがある人だとは思うけれども、

(あの人が王子様? それとも、お話しの中にはいなかった人なのかな……)

 レモンを薄くスライスして、紅茶に浮かべながら色々と考えてしまった。
 王子様かと言われれば、容姿はとてもかっこいいし美しいし遜色ないと思う。
 内面も、明るく飄々としつつも紳士的で、しっかりとした大人だと思う。
 しかし、何かが違うような気もする。

(何なんだろう……うーん)

 悩んでいても仕方がないので、エドワール様の分の椅子と出来上がったお茶を、ガーデンテーブルへ運んだ。
 
 
「うーん懐かしい味。また飲めて嬉しい」


 香りを楽しみながら一口飲んで、エドワール様はとても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
 ……色々と聞きたいことはあるものの、今ではないからとこの場はその様子だけ見て、言葉を整えておく事にする。


「えっとね、まずなんだけど。
 まだ実は西澤さんちに制裁は加えてない」


 更にチョコレートをぽりぽりと頬張りながら、エドワール様はそう言った。
 私の方は少し安心してしまったけど、ヒースクリフさんは慌てて食い下がっていく。


「でも、それだとイオリが」

「本当にちゃんとやろうとするとね、それこそ西澤家三人を殺さなきゃいけないよ。
 でもそれは、この子が望まないだろ?」


 あの家族の思い上がりは、竜呪でも周囲の冷遇でも変えられない。
 警察に突き出そうにも、現状は被害を未然に防いでいるため、大した罪には問われない。

 だから、短絡的に思えるけれども、結局この世から消すのが一番効率がいいと、エドワール様は残念そうに首を振る。
 ……普通に、自衛のためとはいえ人を殺すのは行き過ぎているし、痛めつけるのだってかなり抵抗があるから、エドワール様が一旦ここへ戻ってきてくれてよかったと思った。
 

「だけどまぁ、今回みたいなのの再発を防ぐために、手は打つよ」

「ぐ、具体的には……」

「……西澤家のイオリちゃんとこの家に関する記憶を消す。
 今後一切、人伝にもイオリちゃんの接触ができないようにするよ」


 漠然とした憎しみは残るだろうけど、記憶が蘇る事はない。
 そして、私の家の付近や私の近くには現れないように、暗示を植え付ける。
 今後親戚付き合いなどがあっても、暗示が働くから私とは確実に出会わないようになるという。

 肉体的には傷つかないし、幻痛のようなものもない。
 竜呪に関しては、ヒースクリフさんの意思がなければ解けないから、そのまま。

 
「……それで、お願いします」


 それ以上に提案できる事もなく、傷つくことがないのならと了承し、頭を下げた。


「はい。任されました」
 

 それに対して、エドワール様は笑顔を浮かべる。
 紅茶を一気に飲み干した後、ふと、ガーデンテーブルを囲うようにある藤棚へ視線を向けていて、


「……この藤棚ってもう使われてないの?」


 ぼんやりと、そんな事を尋ねてきた。


「ずっと前には藤があったみたいなんですけど……」


 私が赤ん坊か、それよりも少し前くらいまでは、しっかりと藤があったらしい。
 お母さんとおばあちゃんの昔の写真にも、確かに紫色の綺麗な花が映っていた事を思い出す。


「勿体無い。藤もいいけど、僕としては朝顔もおすすめだよ」

「え……」


 藤ではなく、朝顔。
 この庭は植物の育ちがよくなるから、天井いっぱいとまではいかないかもしれないけど、爽やかな夏の花で柱を彩る事ができるから。

 ふと、そんなやり取りを、朝顔の鉢を持って誰かと……小さい頃に、

(目の前にいる、同じ目をした誰かから……)


 同じ言葉を、確かにこの庭で聞いた記憶がある。

 顔のわからない誰かと、嬉しい気持ちまでは思い出せるけど、それ以上は見えない。
 エドワール様の笑顔を見るたびに、何か心がざわめく。


「じゃ、お茶ごちそうさま。
 あとはよろしくね」

「あ、待ってください⁉︎」


 呼び止めるよりも先に、エドワール様は転移魔法でその場から消えてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

【完結】「図書館に居ましたので」で済む話でしょうに。婚約者様?

BBやっこ
恋愛
婚約者が煩いのはいつもの事ですが、場所と場合を選んでいただきたいものです。 婚約破棄の話が当事者同士で終わるわけがないし こんな麗かなお茶会で、他の女を連れて言う事じゃないでしょうに。 この場所で貴方達の味方はいるのかしら? 【2023/7/31 24h. 9,201 pt (188位)】達成

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

処理中です...