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3章 長い雨の紫陽花と晴れ間の朝顔
6.賑やかなで幸せな
しおりを挟む「失礼しました……丁度焼き上がりましたので、お菓子もってきますね。
お茶のお代わりはいかがいたしましょうか?」
「頂こう」
「お願いしたい」
クッキーと、お茶のお代わり三人分。
びっくりしたらしいヒースクリフさんが思わず剣の柄を握っていたけど、お菓子と聞いて収めていた。
オーブンから取り出したクッキーは、しっかりと狐色に焼けていて、食欲を誘う甘く爽やかな匂いを漂わせてくる。
(広がったりはしてないね)
寝かせる時間も足りていたようでよかった。
一枚味見してみれば、ほのかな甘みの後にくる爽やかな酸味と、それらを引き締めてくれる塩味が良い。
満足しながら、飾り紙を敷いたお皿に盛り付けて電気ケトルでお湯を沸かしおえたら、すぐに庭へもっていく。
「お待たせ致しました!
レモンと塩のクッキーです」
「ありがとう」
シェラーナ様が優雅に一枚摘んで、口に含む。
ゆっくりと咀嚼している内に、少しだけ微笑まれて、ごくんと喉を鳴らした。
「これは美味いな。
コトネに勝るとも劣らん」
「よかった……こちらとしても喜んで頂けてとても嬉しいです!」
おばあちゃんの腕にはまだまだ遠く及ばないけれども、そう言って貰えるのは嬉しい。
きっとヒースクリフさんのリサーチのおかげです……ありがとうヒースクリフさん!
ぱくぱくと美味しそうに食べていただけて、何だかに気に入って頂けた感じもして、すごくほっとした上に幸せだ。
ヒースクリフさんの方も、騎士の顔がちょっと緩んでしまうくらい喜んでもらえたようだった。
あぁ……口元にクッキーのカスが……でもお姫様に全部取られないように少量でもと確保するので必死だ……
二人とも金平糖、杏子グラッセもしっかり減らしつつ、たくさん食べてくれる……嬉しいな。
そんな光景を見やりながら、紅茶のお代わりを準備していると、
「どうだ? このまま我の家でシェフとして働かんか?
きっと夫も喜ぶ」
「えっ」
豪快な提案が飛んできた。
「姫、イオリが困っていますよ」
「惜しいなぁ。
加賀美家の女達は全員我が連れ帰って囲いたいと常々……
絶対に悪いようにはしないんだが」
「姫」
「なんだ。お前だってそっちの方が都合よかろう。
イオリといつでも出会えるぞ」
「そ、それは……」
すごく、揺らいでらっしゃる……
私だってヒースクリフさんにいつでも会えるっていうのはとても嬉しいけど、日本を捨てろというのは中々難しいです……
「まぁ気が向いたらいつでも言ってくれ。すぐに手配する」
「は、はい」
一言でも移住したいなんて言えば、本当に猛スピードで手配してくれそう……
恐らくはこの先、絶対ないだろうけど。
「そういえばな、ヒースクリフを近衛騎士に徴用したのも、夫だ」
話はさらっと変わって、シェラーナ様の旦那様関係の話題になった。
人間主体の国であるベルディグリで、亜人の人権を守り差別を徐々に緩和していこうと動く中、その政策の象徴的な存在として、亜人の騎士を徴用する事になったという。
そこでヒースクリフさんを推したのがシェラーナ様の旦那様。
他にも複数名、優秀な亜人を徴用してその全員が成果を出し、王城中から一目置かれるようになったという。
「その節は、本当に感謝が尽きません」
「礼を言うのはこちらの方だ……
それと、お前ももう少し、ここにいる時の調子で良いぞ」
「いけません」
「クッキーカスを口元いっぱいにつけて何を今更」
あぁ……こちらが言う前にシェラーナ様に指摘されてしまった。
ヒースクリフさんは真っ赤になりながらハンカチで口元を拭う。
「イオリよ、此奴がこんなに気を抜ける事はとても稀な事だ。
これからもよろしく頼む」
「もちろんです! こちらこそよろしくお願いします!」
稀……そうか、美味しいものを食べて、語学の勉強をして、柔らかく笑うようなヒースクリフさんは珍しいのか。
むしろ騎士として、キリっとしている方がいつものヒースクリフさんなんだ。
(そっか、だったら私は、かなり幸せ者なのでは……)
そんなあんまり人に見せないような一面を、たくさん見せてもらって……とても贅沢だ。
今更ながらそう思った。
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