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2章 桜色の春と菫色の空
26.黒騎士が恐れていた事
しおりを挟む「え、エリザちゃん……?」
「生きてる」
「こ、殺してたら困ります……」
首から手を離され、床に転がったエリザちゃんは白目を剥いていた。
ひゅーひゅーと息をして、痙攣をしているのを見て、生きているのはわかったけれども、これは何かよくない状況なのでは……?
「……家の中、少しでも入ると、酷く痛い。
イオリに攻撃すると、酷く痛い」
「うわぁ……」
ヒースクリフさんは知っている単語を活用して、状態を伝えてくれる分少し表現が柔らかくなっているけど、
(今、エリザちゃん、痛すぎて伸びちゃってるってこと……?)
どれだけ酷い痛みが……? そう思うとゾッとする。
エリザちゃんに暴言を浴びせかけられて、咄嗟に呪いを止めるよう頼もうとしたのを止めてしまったけど、少しだけ後悔した。
……どんなに苦手で嫌いな相手でも、こんなに痛ましい状態になるのは辛い。
今さっきまで私の方が暴力を受けて、放っておけば近いうちに報復にあっていたかもしれないけど、それでもだ。
「家から出ると、痛くなくなる」
「じゃ、じゃあ、出しましょ……」
そうして、ヒースクリフさんは、エリザちゃんの足をいっぽん掴んでそのまま玄関まで引きずっていく。
「ちょ、ちょっと⁉︎ 流石にそれは」
思わずストップをかけてしまった……
改めてヒースクリフさんに伝わりやすいように、知っているベルディグリ語を総動員していく。
『もっと、優しく』
「……とても優しい」
ヒースクリフさんも日本語で、これ以上優しくできないという感じで言ってくるが、
『いいえ、頭、あぶない』
流石にと、食い下がった。
職業柄と文化柄なのか、敵対者に対する扱いがともかく厳しい……人として見ていないような感じだ。
ヒースクリフさんがやらないのならと、エリザちゃんの頭を持ち上げるためにヒースクリフさんの腕から抜け出そうとすると、腕の力がさらに強まったような……
『……わかった。打たせない』
本当に渋々な様子で、足を引っ張るスタイルから、小脇に抱える形にエリザちゃんを持ち替えた。
……ついでに私も片腕で抱き上げられてしまった。
バランスを崩しかけてヒースクリフさんの肩に手を置くと、足早に家の外へ出てエリザちゃんを路上に転がしてしまった。
(せめて、道の隅に寄せるとか……!)
改めてお願いしようとすると、ヒースクリフさんは何かボソボソと呟いた後、指を鳴らした。
すると、エリザちゃんが光に包まれて、一瞬でその場から消えてしまった。
「転移」
「あ、あぁ、え? どこに?」
「敵の家」
どうやら、エリザちゃんの……叔母さんの家に転移させてくれたらしい。
『ありがとうございます……』
怒りを抑えて、気を遣ってくれた……
ヒースクリフさんに抱えられたまま家の中に戻ると、その静けさに緊張感が解けていく。
(……ほっぺ、また痛くなってきた)
さっき受けた頬と、切った口の中がまた痛みだして、治療したいと思いながらもまだ動けず、
『そろそろ、大丈夫』
危険は去ったから、抱きしめてくれている腕を外して欲しい。
そういう意味を込めて頼んでみたけど、ヒースクリフさんはまだ首を振る。
気づけばその腕は震えていて、恐る恐る顔を覗けば、今にも泣きそうな顔をしていて……
「……すまない」
一瞬地面に下ろしてもらったと思ったら、また一気に引き寄せられて……
今度は両腕で抱き込まれてしまった。
鎧の尖ったところを避けて自分の胸に押し当てるように、少し痛いくらいの力が込められて、
『無事でよかった、本当によかった……
遅くなってすまない……』
全ては聞き取れなかったけど、弱々しく涙に濡れた言葉が耳にかかる。
『ヒースクリフさんのおかげ、大丈夫』
本当に、あなたのおかげで大事には至らなかった。
私は助かった……だから、そんなに謝らないでほしい。
そんな願いを込めて、私の方もヒースクリフさんの背中に腕を回した。
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