15 / 144
1章 少女と黒騎士の邂逅
閑話1.黒騎士が訪れるまで(下)
しおりを挟む
この王国の近衛騎士は、白い鎧と赤いマントを纏う。
国の要である王城を敵から守り抜く、誇り高き兵士たちの象徴だ。
一部の特別な例外を除き、白と赤の色合いを守らなければならない。
「黒騎士サマ」
俺のような【専属近衛騎士】、通称【黒騎士】はその特別な例外だ。
漆黒の鎧とマント。夜に溶けるような色を全身に纏い、要人の一人を専属で日夜お守りする。
近衛騎士の中でも卓越した戦闘力と忠義がなければ到れないはずの地位だが、
「竜の黒騎士サマは、我々のような【ただの人間】に傾ける耳はないと」
一欠片の敬意もなく呼ばれてしまう。
「何だ……手短に」
「おぉ怖い。新人教習の講習計画ですが」
「それは貴様の仕事だろう」
「私よりも貴方様の方が適任だと思います。
ほら、優秀であらせますから」
まぁ、実際お前は新人教育係だというのに、仕事は遅いし質が悪い。
反面教師としてしか役に立たないだろう。新人も気の毒だ。
そう突きつけてやりたいが、無闇に角を立たせる訳にはいけない。
あちらは人間。オレは【竜の亜人】。
一方的にこちらが糾弾されてしまう。
他にも黒騎士はいるが、ていよく呼びつけられるのは俺のみだ。
「黒騎士サマ、こちらの警備訓練について」
「黒騎士サマ、兵站の発注について」
「黒騎士サマ」
黒騎士サマ、黒騎士サマと、五月雨式に降り積もる仕事の要請を、その場で片付ける。
片付けられないものは少し時間をかけつつ、平行作業で。
それでも残るものは残業と、持ち帰り。
「はぁ……」
目が回る。書類の文字がいよいよ追えなくなってきた。
黒騎士になり、このような生活になって早一ヶ月だが、限界が近そうだ。
一度仮眠を取るために、寮の自室へ戻ってきて、鎧を着込んだままベッドに沈む。
「俺が、何したっていうんだ……」
ただ竜の亜人というだけで、人よりも働いて成果を出しているにも関わらず、冷たい視線を送られる。
黒騎士の統括業務を行うエドワール様が評価してくれなければ、今ごろもっと酷いことになっていただろう。
日頃気にしないようにしていても、ここまで疲労すれば気が滅入る。
(あぁ、そういえば)
ふと、エドワール様の言葉が思い返された。
「本当にやばくなったら、ここを開いてみるといいよ」
今が辛い。とても辛い。
肉体も心も擦り切れて、先ほどは限界という言葉が見えた。
本当に、やばい状態というやつなのかもしれない。
まさか、こんなにすぐに頼ることになるとは。
(今仮眠したら、寝足りなさで苦しくなる……)
庭に改造されたバルコニー出れば、草木が夕日に照らされ橙色に輝いていた。
ドアも現れたままだ。
何を、どうやって、辛い事を紛らわせられるのかはわからない。
もしかしたら、竜以上に恐ろしい怪物や、言葉が通じない世界に通じてしまうかもしれない。
そもそも別の次元、平行する世界とは何だ。未知数すぎる。
だが、今は、別の世界の何かが、気を紛らわせてくれるなら。
少しでも安らげるなら……
混乱のまま、祈るような気持ちで、ドアノブに手をかけた。
国の要である王城を敵から守り抜く、誇り高き兵士たちの象徴だ。
一部の特別な例外を除き、白と赤の色合いを守らなければならない。
「黒騎士サマ」
俺のような【専属近衛騎士】、通称【黒騎士】はその特別な例外だ。
漆黒の鎧とマント。夜に溶けるような色を全身に纏い、要人の一人を専属で日夜お守りする。
近衛騎士の中でも卓越した戦闘力と忠義がなければ到れないはずの地位だが、
「竜の黒騎士サマは、我々のような【ただの人間】に傾ける耳はないと」
一欠片の敬意もなく呼ばれてしまう。
「何だ……手短に」
「おぉ怖い。新人教習の講習計画ですが」
「それは貴様の仕事だろう」
「私よりも貴方様の方が適任だと思います。
ほら、優秀であらせますから」
まぁ、実際お前は新人教育係だというのに、仕事は遅いし質が悪い。
反面教師としてしか役に立たないだろう。新人も気の毒だ。
そう突きつけてやりたいが、無闇に角を立たせる訳にはいけない。
あちらは人間。オレは【竜の亜人】。
一方的にこちらが糾弾されてしまう。
他にも黒騎士はいるが、ていよく呼びつけられるのは俺のみだ。
「黒騎士サマ、こちらの警備訓練について」
「黒騎士サマ、兵站の発注について」
「黒騎士サマ」
黒騎士サマ、黒騎士サマと、五月雨式に降り積もる仕事の要請を、その場で片付ける。
片付けられないものは少し時間をかけつつ、平行作業で。
それでも残るものは残業と、持ち帰り。
「はぁ……」
目が回る。書類の文字がいよいよ追えなくなってきた。
黒騎士になり、このような生活になって早一ヶ月だが、限界が近そうだ。
一度仮眠を取るために、寮の自室へ戻ってきて、鎧を着込んだままベッドに沈む。
「俺が、何したっていうんだ……」
ただ竜の亜人というだけで、人よりも働いて成果を出しているにも関わらず、冷たい視線を送られる。
黒騎士の統括業務を行うエドワール様が評価してくれなければ、今ごろもっと酷いことになっていただろう。
日頃気にしないようにしていても、ここまで疲労すれば気が滅入る。
(あぁ、そういえば)
ふと、エドワール様の言葉が思い返された。
「本当にやばくなったら、ここを開いてみるといいよ」
今が辛い。とても辛い。
肉体も心も擦り切れて、先ほどは限界という言葉が見えた。
本当に、やばい状態というやつなのかもしれない。
まさか、こんなにすぐに頼ることになるとは。
(今仮眠したら、寝足りなさで苦しくなる……)
庭に改造されたバルコニー出れば、草木が夕日に照らされ橙色に輝いていた。
ドアも現れたままだ。
何を、どうやって、辛い事を紛らわせられるのかはわからない。
もしかしたら、竜以上に恐ろしい怪物や、言葉が通じない世界に通じてしまうかもしれない。
そもそも別の次元、平行する世界とは何だ。未知数すぎる。
だが、今は、別の世界の何かが、気を紛らわせてくれるなら。
少しでも安らげるなら……
混乱のまま、祈るような気持ちで、ドアノブに手をかけた。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる