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1章 少女と黒騎士の邂逅

12.また今度へ

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 次の約束を取り付けて、期待に胸を膨らませつつ、ヒースクリフさんは帰り支度を始めた。

 何でも、期限の近い仕事が山積みらしい。
 本当に大変そうだけど、疲労が溜まっているだろうから、あまり無理しないでほしい。


「嫌がらせで仕事を増やされたようなものだが……
 達成できれば嫌がらせしてきた奴らを好きにできる地位に昇進できそうでな」

「えっ」


 嫌がらせ。こんなに真面目そうで優しい人に、嫌がらせできる人がいるのかと驚いていると、


「私は竜と人のハーフなんだ。
 ……向こうでは古くから忌み嫌われる種族でな」


 苦笑しながら教えてくれた。
 さらりと言うものの、本当に根深そうな問題だ。
 種族、人種のような差別はどこにでもあるんだと、改めて思いながらも、


「そちらには、竜がいるんですか?」


 こっちの方が気になって、思わず食いついてしまった。


「ここにはいないのか?」

「いないですね……」

「それは、いい事だ」


 そう口にするヒースクリフさんはどことなく寂しげだった。

 これから先、話していくうちに、その表情を少しは和らげていけるだろうか。
 少しでもそうなればいいなとは思う。


「竜と聞いて怖くはないのか?」

「え、ヒースクリフさんは優しいですし全然……
 ツノとかはどちらかといえばかっこいい要素だと思いますよ……?」

「か……っ⁉︎」


 今思う正直な感想を伝えたつもりが、口元を手で隠して後ずさりさせてしまった。
 気に障るような事だったかな……


「あの、ごめんなさい……?」

「い、いや、その、驚いただけだ……」


 何となくヒースクリフさんの顔が赤いように見えたけど、すぐに気を取り直してしゃきっとしていた。


「……では、また今度。
 ごちそうさまでした」


 改めて二つめのドアに向かっていき、金のドアノブを回す。
 ドアの開かれた先、繋がる景色はシャボンのような虹彩が揺らめいていた。
 そこへ、ヒースクリフさんが一歩踏み出す。


「はい、また来週の土曜日に」


 手を振れば、ドアの向こうから小さく振り返してくれた。

 そうしてゆっくりと閉じられて、二つ目のドアは、庭に溶けるように消えた。

 ヒースクリフさんがいなくなった庭に、静けさが戻ってくる。
 一気に現実へ引き戻された気分だけれども、

(……おばあちゃん、ゆっくりと頑張っていけそうだよ)


 心に灯った小さな幸せを噛み締めて、改めて家の中へ戻っていけた。
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