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1章 少女と黒騎士の邂逅

7.綻んで、溢れて

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(さて、改めてお茶を……)

 一度キッチンに戻って、手早く準備をはじめる。

 冷めてしまったお湯を電気ケトルでもう一度沸かして、菓子カゴに入れておいたバイトの賄いクッキーとスポンジケーキをお皿へ盛り付けた。

 それに、マグカップと安いティーバックをもう一つずつ。

(いい茶葉も買っておけばよかったなぁ……)

 ちょっとだけ後悔しつつも、なるべく美味しく淹れられるよう努力しよう。
 蒸らすためのシリコン蓋を二つに、シュガーポットに角砂糖を補充する。

(とりあえず今は、お菓子とお茶だけで)

 レンジに入れっぱなしだったシチューを片付ける。

 そして最後に、隠し味用の瓶を手にもつ。
 用意したものを全てお盆に乗っけて、ひっくり返さないようにゆっくりと庭に戻った。


「お待たせしました……」

 ガーデンテーブルまでたどり着くと、どこか落ち着かない様子で、ヒースクリフさんがお盆の上のものを覗いてきた。
 大きな人が、仏頂面のまま、何となくそわそわしてる……少し可愛らしくも思えてしまった。
 初対面で失礼なのはわかっているけれども、少し頬が緩んでしまった。


「ちゃんとした淹れ方ではないのは、ご了承ください」

「気にしない」

 一言先に謝っておいて、まずマグカップにお湯を6分目くらいまで注いだ。
 そこに、ティーバックを一つずつ、ゆっくりと沈めていく。

「これでちょっとの間蒸らします」

 マグカップの上にシリコン蓋を置いたところで、感覚で120秒くらい。
 じわじわ、そわそわと、その時を待つ。

「よし、今です」

 さっと蓋を外せば、美しい赤褐色のお茶が見えた。
 取られた蓋を追いかけていくように、華やかな香りが辺りにふわりと舞う。

 ティーバッグをさっと引き上げて、仕上げに入る前に、

「甘いのは大丈夫ですか?」

「あぁ」

 一応確認しておく。
 甘くても大丈夫ということなので、【この庭のお茶】をお出しする。

 角砂糖一つと、エルダーフラワーコーディアルをひと垂らし。
 それを、ティースプーンでくるくると混ぜて、

「どうぞ」

「……ありがとう」

 すっと差し出せば、ヒースクリフさんは恐る恐るマグカップを手に取った。
 横目でエルダーフラワーコーディアルの瓶をチラチラ見ていて、何なのか気になっているみたいだった。
 そうして、意を決したようにマグカップを口元へ近づけていく。

 これを、おばあちゃん以外の人と、別の世界のお客さんに出せるなんてなぁ……
 そんな感慨に浸っている内に、


「これは、落ち着く甘さだな」

 一口飲んだヒースクリフさんの表情が、目に見えて和らいだ。

 ずっと気難しそうな感じだったのに、花が綻ぶように微笑んでいて、心が暖かくなる。
 気に入ってくれたみたいでよかった。


「もう一個角砂糖を入れても美味しいので、お好みで」

「ほう」


 そわそわと、ヒースクリフさんはゆっくりとシュガーポットに手を伸ばす。
 お茶にもう一個角砂糖が沈んで、ティースプーンで溶かされて、また一口。


「美味い……」


 甘さをじんわりと味わって、その声には幸せが滲む。
 それがあまりにも暖かく、優しい声色で。


 不意にさっき引っ込んだはずの涙が溢れそうになって、思わず顔を隠した。

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