上 下
47 / 59

第47話

しおりを挟む

 それからも何度か、F組前期の授業は行われた。
 免許・仮免許の正しい使い方や、国家による対魔界方針、他ジョブにおける免許制度などなど。
 それはきっと、つつがなく暮らす一般国民ならば一度は学んだことなのだろう。

 パルルは退屈だとぶーぶー言うし、アビエッテは一貫して眠っていたが、シーキーはまじめに取り組んでいたし、そして俺にとっては、単純にありがたかった。
 勇者の数が少ない今――免許持ちを含めれば、ひと昔前の100倍以上いるようだが――、それでも平和を守ろうと奮闘する、人間社会の力を感じた。

 知識の更新も、おおむね完了したかなと思えたころ。
 俺とパルルはついに、A組の授業に参加することになった。

「やっとやっと! って感じですねえ、お師匠さま!」

 集合した体育館で、白い杖を抱えたパルルがうきうきと跳びはねる。
 まあ、はしゃぐ気持ちもわからないでもない。
 俺も少々、期するものはある……

 授業も確かにありがたかったが、イルケシスのことに触れられるわけではない。
 ありあまる時間にまかせて、図書講堂の文献をつぶさに調べることはできたが、『イルケシスの栄光』が記されている本は数あれど、末期を明らかにした物はなかった。
 誰も、『2年聖戦』でイルケシスがどう散ったか、知らないのだ。

 人間界には戻ってこず、イルケシスの領地が縁魔界となった……
 どの書籍にも、そのことばかりが繰り返されているのみ。
 不思議だ。
 皆それでいいのか?

 いや、いいのだろうな……
 100年近くも前に滅んだ家のことなどより、今現在の平和のほうが大事だ。それは俺もそう思う。

「それがいつまでも続くものならな……」
「お師匠さま?」
「なんでもない。パルルの言う通り、やっとだな」
「です! 縁魔界、初めてですもんねえ!」

 それもまた、パルルの言う通り。
 俺たちはまだ、魔界どころか縁魔界にも入ったことはない。
 普通の冒険者なら、ダンジョンなどを巡っているうちに、知らず知らず縁魔界に踏み入っていた経験もあるだろうが……俺とパルルは、ずっと山にいたからな。

 なにはともあれ、まず一歩。
 俺もパルルのようにはしゃいでみるべきか?

「む? ……シーキー?」

 視界の端に、見知った人物が入った。
 この体育館には、これから『実戦授業』に赴くA組前期の面々が集まっている。
 おのおの、自慢の武器をたずさえて、やる気じゅうぶんといった様子だが……
 そんな中、短い2本の杖を握りしめ、右往左往しているのは確かにシーキーだ。

「どうしたんだ? こんなところで」
「あ、れ、レジードさん……パルルさんも。ご主人様を、み、見ませんでしたか?」
「主人……ファズマか? そういえば、いないようだな……?」

 ファズマはA組所属。
 伝え聞くところによると、よほど成績もいいらしい。
 当然、この実戦授業には出席しているものと思っていたが……
 この体育館の中には、姿は見えない。

「ファズマになにか用なのか?」
「あの、お、お忘れ物を……届けに」
「忘れ物か。そそっかしいところのあるやつだな――」

 皆さん、と物静かながらよく通る声が響く。
 ステージの上に、モーデン副校長が現れていた。

「いやはや、遅れてしまって、申しわけありません」

 む? 遅れていたのか。
 そういえば、鐘はずいぶん前に鳴っていたかもしれない。
 パルルにはしゃぐななどと言えた義理ではないな、俺も。

「A組、お集まりですね、えー、はい。今日は初の校外実戦授業で、見学者も数名いらっしゃいます」

 俺たちのことだ。そう、あくまで見学。
 みんな初めてなのだしな、おとなしくしているぞ。

「当校には、大司祭にのみ使用可能なスキル、<空間転移>の遠隔発動システムがございます。大規模な人数を縁魔界へ直接送りこむことができる、画期的な設備です」
「そんなものが……すばらしい」
「が。先ほど、血気盛んなごく数名の方々が、みなぎるやる気のままに先走られまして。すでに縁魔界に入ってしまわれました」

 なるほど。
 ファズマだな。間違いない。

「えー、改めてご説明いたしますが、本日の授業内容は『縁魔界の浄化』作戦。国家規模で推し進められている事業の、一端をお手伝いするということでございます。当然、危険もともないますので、必ず2人1組以上で行動してください」

 縁魔界には、人間界よりも多様な種族が生きている。
 比較的魔力比重の高い、魔族寄りの存在が多いということだな。
 それらのどれもこれもが有害というわけではない……
 が、無害なものばかりというわけではない。
 どこかのダンジョンを伝って人間界に現れ、悪さをしない保証はない。

 よって少しずつ、縁魔界を攻略し、可能と見れば大規模僧侶軍団を送りこんで、土地を浄化して人間界に組み入れようという作戦だ。
 1説によれば、縁魔界こそ最も広く、大きな世界だという。
 信憑性は低いと思うが、それでも気の長い話には違いない。
 勇者学校にも、協力要請が来ているのだろう。

「転移スキルの出入り口は数日保ちますが、日暮れには必ず帰還してください。また今日の現場には、危険度C以上の敵は出現しませんが……万がいち、B以上の魔族や魔物を目撃した場合は、すぐさま帰還して連絡すること。よろしくお願いしますぞ」
「B程度ならば、じゅうぶん倒す自信はあるが?」

 集団の中から上がった声に、モーデンは首を横に振った。

「お願いする理由はふたつあります。まずは、このクエストはあくまで授業であり、皆さんには勇者スキルを使って敵を倒していただかねばなりません。今回お渡しする仮免許に封じられているのは、<クリムゾンボム>のスキル……決して弱いスキルではありませんが、危険度Bを相手取るには力不足です」

 <クリムゾンボム>……名の通り火炎系スキルか。
 確かに、制度の関係上ひとつしかスキルを持ち込めない。
 B以上でなくとも、火に強い敵に遭遇しただけで、まったく勝手が違ってくるな。

「もともとが戦闘ジョブの方であれば、本来の力で対抗できるかもしれませんが、そうでない学生もいます。ここは一律、B以上にて撤退、我々に報告をお願いいたします」
「承知した」

 ふむ。さすがはA組。
 作戦理解度も高いようだ。

「もうひとつの理由は、万がいちに備えてです。繰り返しになりますが、これは授業……しかしやはり、縁魔界の浄化という大規模国家作戦の一環でもあります。場所が縁魔界である以上、魔界からの侵入者がいつ何時さまよっているか知れません。もっとも、最後の遭遇事例とて何十年も前ですが……油断は禁物」
「何十年も前……?」
「ええ」

 思わず呟いた俺の声を、モーデンは律儀に拾ってくれた。

「縁魔界にも特徴がございます。魔力濃度の高い場所、低い場所……我々人類は、じわじわと活動範囲を低きから高きへと移しているのですが、魔族の中でも特に強力な危険度AやSの敵は、長らく目撃されておりません」
「いわゆる魔王……」
「左様。そうと聞いて気をゆるめる方はまさかおられませんでしょうが、これは逆に、魔界に閉じこもって力をためている可能性が考えられます。今日赴きます場所は、とりたてて魔力濃度の高くない、ほぼほぼ安全な区域ではありますが……どうか、頭の片隅にとどめておいてください」

 言外に、特にあなたがたは、とモーデンは言っているようだった。
 当然だな。
 特に俺はあくまでF組、今日は見学者にすぎない。
 A組でも手こずるような魔族に出遭ってしまったら、ひとたまりもないだろう。

「とか考えてるんでしょうね、お師匠さま……」
「ん? なにか言ったか、パルル?」
「お師匠さまは、パルルが必ずやお守りいたします、と言ったんですう」

 それは頼もしい限りだ。
 仮にも弟子の足を引っ張るわけにはいかないが……、しかし、これはいい。
 現在の人間と魔族の情勢を、肌で感じるひとつの機会になる。
 やはり、なるべくレベルの高い授業を見学に来て、正解だったな。


**********


お読みくださり、ありがとうございます。

11/5は更新お休みをいただきます。

次は11/6、6時の更新です。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ

高遠まもる
ファンタジー
カクヨム、なろうにも掲載中。 タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。 ダンジョンが有る状況に慣れてしまった現代社会にある日、異変が……。 本編完結済み。 外伝、後日譚はカクヨムに載せていく予定です。

『ラズーン』第二部

segakiyui
ファンタジー
謎を秘めた美貌の付き人アシャとともに、統合府ラズーンへのユーノの旅は続く。様々な国、様々な生き物に出逢ううち、少しずつ気持ちが開いていくのだが、アシャへの揺れる恋心は行き場をなくしたまま。一方アシャも見る見るユーノに引き寄せられていく自分に戸惑う。

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

神様!僕の邪魔をしないで下さい

縁 遊
ファンタジー
可愛い嫁をもらいラブラブな新婚生活を予想していたのに…実際は王位を巡る争いやら神様とのケンカやらいろいろあり嫁との時間が取れない毎日。 誰か僕に嫁と2人で過ごせる時間をください! そう思いながら毎日を過ごしている王子のお話です。 ※この物語は『神様!モフモフに囲まれる生活を希望しましたが自分がモフモフになるなんて聞いていません』のスピンオフです。

42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。

町島航太
ファンタジー
 かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。  しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。  失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。  だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。

神様!モフモフに囲まれることを希望しましたが自分がモフモフになるなんて聞いてません

縁 遊
ファンタジー
 異世界転生する時に神様に希望はないかと聞かれたので『モフモフに囲まれて暮らしたい』と言いましたけど…。  まさかこんなことになるなんて…。  神様…解釈の違いだと思うのでやり直しを希望します。

処理中です...