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第45話
しおりを挟む再び立ち尽くした俺に、パルルがまた首をかしげた。
今度はかしげたまま、俺のまわりをちょこちょこ旋回している。芸に余念がないやつだ。
「おしょさま? 手紙とおっしゃいましたか?」
「ああ……。接触禁止エリアにあるらしい。本か……? いや、言葉通りの手紙……?」
「知ってる人なのです? ダドリー……?」
「ダドリー・フォン・イルケシス。父だ」
なんとっ、と驚くパルルを連れて、図書講堂の奥へと進む。
接触禁止エリアというのは、マーシュエ指導員も言っていた、さわってはいけない展示品のある場所のことだろう。
頭に入ってきた見取り図のおかげで、向かう方向には迷わない。
やがて本棚の森が途切れ、白いロープで区切られた広いエリアが現れた。
いかめしい金属の甲冑や、大きな軍旗、船の舳先と思われる木塊なども展示されている。
「さながら、小さな博物館だな」
「ほんとですねえ。馴染みが薄いですう」
「山暮らしが長かったからな……、あれか」
展示エリアのいちばん奥に、青い布を敷かれた台が設置してある。
その上に、古い紙の束が丁寧に並べられていた。
近寄って、目をこらす――間違いないな。
どれも、父上が肉筆で書いたものだ。
「これは……大戦のときの、前線から書かれたものみたいですね」
紙束と、台に添えられている説明書きとに視線を行ったり来たりさせながら、パルルが言う。
「イルケシス家が壊滅した、例の大戦……歴史書には、2年聖戦という名前で書かれていますけど」
「2年間も続いたのか」
「正式な報告書は、王宮保管所にあるみたいです。この展示品は、前線指揮官が身内にあてた、個人的なもののようですう」
「身内……」
父上が、イルケシス家に残る者たちに……
というかおそらく、母上に書いた手紙、ということか。
ふむ……?
「手を触れられない以上、読める内容も限られてはいるが……おおむね、戦場暮らしの愚痴ばかりのようだな?」
「公開されているのは、日付の浅いものが多いみたいですう。まだ人間側が、互角に戦えていたときの……、ああ、なるほど!?」
「パルル? どうした?」
「学校の一角とはいえ、どうしてただの手紙が展示されてるのか、ちょっぴり不思議だったですけど。考えてみれば、これ……残ってるのが奇跡ですう」
「どういうことだ」
「お師匠さま。イルケシス〔勇〕家は、消滅してしまった……と、前に説明しましたよね」
「ああ」
「あれは……比喩でなくて、文字通りの意味で。イルケシス家の領土が、その土地ごと魔界に呑みこまれてしまって」
なに……!?
それは。そんなことが。
バカな……。いや……
「何度か……聞いたことがあるな。古来より、『魔界に落ちた城』などの話は、確かにいくつもある……」
「ええ……その。お師匠さまが、もし、お生まれになった場所に一度戻ってみたい、とおっしゃったときには、その、お伝えしようと思って……」
「ああ。気を遣わせてしまったな。ありがとう、パルル」
「お、お師匠さまあ……!」
目をうるうるさせるパルルの頭を、適当になでておく。
この話題になると、俺よりパルルのほうがデリケートだな。
この世には、いろいろな世界があるとされる。
人間界、魔界のみならず、幽冥界や精霊界、神界などもあるという。
それらのうち、実際に人間が足を踏み入れたことがあるのは、人間界と魔界……加えて、互いの領土を削り合って争っているのも、そのふたつの世界だ。
といっても、人間同士が土地を奪い合って行う戦争のような、単純な話ではない。
人間界と魔界は地続きではなく、完全に別個の空間世界だからな。
ただ……
「イルケシス家が落ちたのは……魔界なんだな? 縁魔界ではなく?」
「はい。少なくとも、2年聖戦のあと、縁魔界を探索した者から『イルケシス発見』の報告はなかったはずですう」
「そうか」
人間界と魔界の間に、縁魔界という空間が生まれることがある。
縁魔界と人間界は地続きで……たとえば、モンスターであふれかえる地下ダンジョンや、ドラゴンが好んで棲む火山の頂上。そういった土地は、縁魔界であることが多い。
そして縁魔界は、魔界ともつながっている。
魔界に落ちるとは、人間界の土地がなんらかの原因で縁魔界属性を持ち、そこに現れた魔族の力で魔界に引っ張りこまれることをいうのだ。
「つまり、今……もとイルケシス家の領土は、その大半が魔族・魔物のうろつく危険な縁魔界になっていて……」
「はい。お屋敷のあった周辺が、ぽっかりかじりとられたようになくなってるはずです」
「魔界のどこかで、魔族の土地として、新たに利用されているというわけだな」
「お師匠さま……」
「いい。つらいわけじゃない。俺はあの家が大嫌いだったからな」
だから、転生したあとも、戻ろうとは一度も考えなかった。
……うそだ。
本当は、何度も行ってみようと思った。
感傷的な理由だけではない。
勇者の古い資料は山のようにあったし、訓練場だって領土内にあった。たとえ廃墟になっていようとも、行けば必ず収穫はあると思った。俺の目的にも合致する。
ただ……勇者免許を手にしてから、「行こう」と言おうと。
そう考えていたのだ。
なぜかは、自分でもわからない。
なぜだろう。
いや、今はいい。
「父上のこの手紙が、母上に……実家にあてたものだとするならば」
「ええ。いっしょに魔界に落ちているはず。誰かが間一髪、持ち出したものだと思うですう」
「貴重なものだな」
「よかったですねえ、お師匠さま!」
うむ……
父上に関する記憶は、実はほとんどないんだがな。
物静かなお人だったし、滅多に屋敷にもいなかった。
それだけに、俺の村人適性について、あまり言及されたこともなかったが。
ずっと当主だった恐ろしい祖父の、影に隠れていた……
と言ってはさすがにずいぶんか。
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