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第3話
しおりを挟む月日は巡り、転生してから15回目の春が来ようとしていた。
妖精たちといっしょにいるおかげで、俺は何不自由なく成長することができている。
食事。冬の暖。夏の涼まで。
彼らはなんでもしてくれるわけじゃない。
好意的とはいえ、妖精は妖精、人間は人間。
本来なら関わり合うこともなく、向こうが人間に詳しいわけでもない。
それでも、魚がたくさんいる滝壺だとか、年に何度も実をつける植物だとか。
いっしょにいれば自然と覚えられるし、聞けば答えてくれる。
何も考えていないが、なんでも知っている。
それになにより、いつでも話し相手になってくれたことが、とてもありがたかった。
これもすべて、アビリティ<次元視>のおかげだ。
妖精は根本的に、人間とは違う理論で存在している。
村人だったころの俺のまわりにも、きっと彼らは同様に存在していたんだろう。
しかし次元視がなければ、妖精を目視することも、しゃべることもできないのだ。
重ね重ね、ありがたいな……
まぁ逆に、転生して以来、人間とは一度も会いもしゃべりもしてないんだが。
「本当に行くのかよー?」
川のほとりを飛び回りながらそう言う妖精に、俺は小さくうなずいた。
もう決めたことだ。
俺は今日、この山を下りる。
転生前から数えたら、何十年世話になったかわからない山を。
「もうちょっといたらどうだよー? すぐに春が来るのに」
「ああ。春のこの山は、本当に美しいな。だから今、行くんだ。きっと離れがたくなってしまう」
「ふーん? そういうもんか? 人間はよくわかんないなー」
「俺以外の人間は、ついぞ現れなかったものな」
「ていうかさー」
「うん?」
「精霊さまに会うとか言ってなかったかー?」
これは驚いた。
長い付き合いとはいえ、妖精が、人間の言ったことを憶えているとは。
ずいぶん前にしゃべったことだというのに……少しうれしいじゃあないか。
「いや、いいんだ」
「そうなのかー?」
「ああ。おまえたちといっしょに暮らしていれば、一度くらいはお目にかかる機会もあるかもしれないと思ってはいたが」
「精霊さまはコミュ障だからなー」
「うん? 知らない妖精語だな。どういう意味だ?」
「わかんね」
「……そうか」
勇者の適正を持たない者が勇者になる方法。それは、ある。
その前提が、精霊に会うことだったが……
今となっては、その必要もない。
目的とは別に、一度は見てみたかったがな。
勇者として、立派に独り立ちできたら、またこの山を訪れるとしようか。
「ま、気をつけて行ってこいよー。人間の寿命は短いっていうぜ。死なないようにして、また遊んでくれよなー」
「ああ」
妖精たちの接しかたは、今も変わらない。
この彼も、そこらじゅうで遊ぶどの妖精たちも、みな同じく。
俺がいなくなっても、彼らは自然のままに、さだめに逆らわず生きるからだ。
俺とともにすごした年月など、世界と生きる妖精にとっては一瞬。
あとやっぱり結局、なんにも考えていない。
けれども、この恩。
言葉では語り尽くせぬ。
「この山とおまえたちが、永遠にともにあるように」
俺は遠い山頂をふりあおいだ。
手をかざし、力を解き放つ。
――スキル 『村人』 地ランク100+水ランク99
――擬似的顕現・祝福技能<それはそれはとてもありがとう>
やわらかな光が山肌を駆け巡り、甘いにおいの風が吹き抜けた。
これで……たとえ水難や虫害に見舞われたとしても、多少の助けにはなるだろう。
おー、と妖精が無邪気に宙を飛び回った。
「すげーな! 山が元気になったぜー」
「それはなによりだ」
「化粧水パックみたいなもんだなー」
「また妖精語か? どういう意味なんだ?」
「わかんね」
「……そうか」
「ありがとなー。さすが勇者の力ってやつだなー」
「いや。今のは村人スキルだ」
元ネタの支援スキルは、大地讃頌<ハイラルドガイア>だったか。村人のスキルを複合させたまねごとだ。
勇者のスキルは、こういうこと向けではない。
妖精たちにも何度か説明したんだが、ついにわかってもらえなかった……まあ自分自身、あまりよくわかっていないけれど。
どうか達者に、楽しく暮らしてくれよ。
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