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第46話 お盆と両親

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私はプールで溺れた日、タクシーで病院に直行した。

主治医である嶺さんの父の話でもやはり熱中症という事で、その日は入院する事なく帰宅する事になった。

お父さんが迎えに来てくれると言う事で、院内で待っていると主治医から無理をしないようにとのお叱りを受けた。

今回は私もハメを外し過ぎたと、反省していると、お父さんの車が着く。お父さんは病院で私を見つけるなり、脱兎の如く近づいてきて私を強く抱きしめる。

……痛い、苦しい、キモい。
なんとなく、思春期の子が父親を毛嫌いする理由がわかったような気がする。
口には出さないが、心の底から思う。

…だって臭いんだもん!!
これを父親をやっていた私が思うようになるんだから、夏姫が夏樹を侵食しているようだ。

仮に私が言われたとしたら立ち直れないだろう。
世の為、人の為、家族の為に頑張るお父さんが哀れに思ってしまう。

……世のお父様方、ファイト!!!でも臭い……

父の心配を他所に、そんな事を考えているうちに家に到着する。

私の話を嶺さんから聞いていたお母さんも、はじめは怒っていたけど、最終的には「無事でよかった」と私を抱きしめる。

この夫婦は本当に私に甘い、甘すぎる!!
水飴に砂糖と蜂蜜をつけたくらいな甘さだ。
これが本物の娘ならとっくの昔に我儘娘になっていた事であろう。

……うん、私が分別ある大人でよかったね。

彼らにとってはよろしくないのだろうが、私が夏樹になってしまった以上は仕方がない。彼らに甘えすぎるわけにはいかないので、せめて我儘娘や不良娘にはならないようにしないと……。

そして数日が過ぎ、もうすぐお盆休みだ。

その間も私は友人と宿題を終わらせたり、ピアノの練習をしたり、買い物に行ったりと充実した夏休みを過ごしている。

ある日の晩、家族揃ってご飯を食べているとお父さんが真剣な顔で話しかけてくる。

「夏樹、ちょっといいか?お盆のことなんだが…」

「お盆がどうしたの?」

「墓参りに行こうと思うんだが、付いてくるか?」

「……墓参り?」

「そうだ……」
お父さんの言葉についつい誰の?と口走りそうになった。
ここ数ヶ月でこの家族とも馴染み、もはや本物の家族の様に過ごしている。

だから、なつきと言う名前が出ても、もはや自分なのか夏姫ちゃんなのかがわからなくなる時がある。

「お父さんの実家のお墓とお母さんの実家のお墓、後は春樹君の身体のお墓だ……」
お父さんは少し言葉を選びながら言う。
だけどその言葉に少し違和感を覚えた。

まずは夏姫ちゃんのお墓の名前が出て来なかった。
いや、お墓すらまず無いのだろう。

なぜなら私が夏樹として生きているからお墓は作れない。だから遺骨の一部はご両家のお墓のどちらかに埋葬されているのだろう。もしかしたら遺骨すら残っていないのかもしれないど……。

そして、次に春樹君の身体のお墓だ。お父さんは私の中の春樹に問いかける時は必ず「キミ」と呼ぶ。
だが、今回は「キミの墓」ではなく「春樹君の身体の墓」と言った。

言葉の上で私と春樹を分け、私に春樹は死んだと思わせない様に身体まで付けて提案してくれていた。その細部まで気を配った言葉選びに、私は改めてこの人の娘になれてよかったと思う。

「……ありがとう、お父さん。私も一緒に行くよ」

「大丈夫なのか?」
私の言葉に少し戸惑いを見せつつも、お父さんは尋ねる。

「大丈夫、私には2人が付いていますから」
私が微笑んで言うと、お父さんは「そうか……」と言って、墓参りツアーの予定を話し始める。

……ごめんね、私がこの身体にいるから夏姫ちゃんの初盆がちゃんとしてあげられなくて……
私は心の中で夏姫ちゃんとその両親に謝った。

翌日、私達は王冠のついた方の車に乗り、高速をひた走る。そして、小一時間走った海の見える街へと到着する。

お父さんの生まれ故郷だ。
そしてお墓は海の見える丘の上にあった。

私達は歩いてお墓に向かっていると、潮風が心地よく吹いてくる。
ロングスカートで来ていた私は風に煽られない様にスカートを抑えながら歩く。

しばらく歩き、「香川家」と書かれた墓に着く。
飾り気の少ないお墓を軽く掃除をして、私達は先祖の墓に手を合わせる。

この2人とは家族になりつつあるが、見ず知らずの先祖の霊前に手を合わせる事に違和感を覚えてしまう。

だけど私の心の中に懐かしいと言う思いが生まれる。

見たことのない景色に私の出自とは無縁のはずの香川家の墓。頭では無関係と感じていたが、手を合わせているうちに自然と心が安らいでいる。

それは単に手を合わせるという行為で気持ちが落ち着いただけなのだろうか。

いや、それだけじゃない。

その思いはきっと夏姫ちゃんのものだったのだ。
この幼い身体で14年間彼女は生きてきたのだ。
この体は夏姫ちゃんと共に、周囲からの様々な影響を受け、いろんな事を感じ、考えて生きてきた。

私はその身体を引き継いでいる。
彼女が感じてきたものをこの身体と心を介して共有しているのだ。

しばらく三人で手を合わせていたが、お父さんが手を合わせる事をやめると「行こうか……」と呟いてお墓を後にする。
私とお母さんもその後ろについて坂道を歩いていく。

「お父さん、親戚の方とかはこの辺りにはいないんですか?」
私はお父さんの横に行くとふと疑問に思った事を聞く。

夏姫ちゃんの祖父母や親戚の話を私は聞いたことがない。
彼女に従兄弟がいないと言うことは以前に聞いたことがあったが、それ以外に親戚の話は聞いた事がなかった。

「あぁ、話したことがなかったね……」
お父さんは少し寂し気な顔をして前だけ見つめる。

「さっきのお墓を見て思った事はあるかい?」
その言葉に私はやけに質素なお墓を思い返す。

「お父さんの性格からして、意外と質素かなって思いました」

「そうだね、今の私からすれば質素かも知れない。ただ、両親が亡くなった当初の俺はまだ……貧乏だったからね。あんな物しか建ててやれなかったんだ」

「そうだったんですか?」
今では一軒家を即金で買えるほどの父にそんな時代があったのかと、今更ながらに感心する。

「もともと両親に兄弟が居なかったし、両親も他界が早かったから私達も親戚付き合いがあまりなくてね。お母さんも似た様な物だ」
車に乗り込みながら、お父さんは話を続ける。

「去年、生活に余裕が出てきたから両家のお墓を立て直そうかと思っていたんだが、それどころじゃなくなってね……。そのままになってしまった」
口惜しそうな表情で車を運転するお父さんとそれを黙って聞くお母さんの様子を肩越しに見つめる。

去年……、私達の運命が大きく変わってしまったあの日のことだ。
私もそうだ、あの日がなければ……。そう思うことは多々ある。

だけど、こうなってしまった以上は受け入れるしか無い。
同じ境遇を共に味わった家族と共に私達はお母さんの両親のお墓まいりを済ませる。

そして一行は次の目的地、『田島 春樹の墓』へと向かう。

私達は地元に戻ってきた。
そして、生前は決して立ち入る事のなかった霊園に車は止まった。
そして春には桜が咲き誇るであろう並木に挟まれた道を両親と共に歩く。

……自分のお墓参りに行くなんて考えても居なかった。
そしてまだ気になっていたことがもう一つだけあったので、お父さんに尋ねる。

「お父さん、もう一つ気になることがあるんですけど……」

「何だ?」

「夏姫ちゃんは、どうしているんですか?」
私が尋ねると、父は無表情に「ここに居るじゃないか」と呟く。

「いえ、本物の夏姫ちゃんのことです……」
私がそう訂正すると、父は黙ったまま歩を進め、お母さんと私もそれにあわせて歩く。だが私の求めた答えは一向に返ってくる事はなかった。

「着いたぞ……」
父の言葉に私の足が竦む。
もうすぐ、生前の自分の墓と対面するのだ。

私が恐る恐るお父さんの背中越しから顔を覗かせる。
視線の先には田島家と書いてあるお墓が見え、綺麗な仏花が飾ってある。
そして、一人の壮年の女性がしゃがんで静かに祈りを捧げていた。

「……母さん」

その姿に私は自然と涙がこぼれ落ちる。
すぐに会えるからと足が遠のき、会っていなかった人物、田島 春樹の母。

2年ぶりに見た、俺の実の母親の姿だった……。




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