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第16話 嫁と友達

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そこは、俺が昔から足しげく通った場所だった。
そこに何か思いいれがあったわけではない。
だけど、そこに座ることであいつが俺を見つけやすくなる。あいつは試合前に俺がいる事を確認し、ゲームに臨む。
そして、ゴールを決めるたびに俺の方へ駆け寄ってきては2人のパフォーマンスをする。
ほかのファンには申し訳ないが、その瞬間だけ俺たちにとって、サッカーで繋がった2人だけの世界になるのだった。



「こんにちは、夏樹ちゃん」

「…こんにちわ、四季さん。どうしてここに?」
四季は満遍の笑みを浮かべているが、私は苦笑いをするしかなかった。
中学校の友人がそばにいるのに春樹として四季と話すわけにはいかない。だからこそ私は居心地が悪いし、四季もニヤニヤとしている。

「今日は冬樹と見に行く予定にしてたんだけど、せっかくならあなたもって思って連絡したら出ないんだもん。つゆさんに聞いたらここに来るって言ってたから待ってたの」

それを聞いた私はスマホを見ると四季からの着信が入っていた。どうやらマナーモードにしてたから気づかなかったようだ。

「だったら先に言ってよ…」

「急に決めたから…今日になったの」

なぜか言い淀んでいる四季の言動に違和感を覚えた私だったが、私の疑問はかき消された。

「夏樹ちゃん、この人は?」
風ちゃんが四季を見ながら私に問いかける。

「この人は田島 四季さん。私の…親戚のおばさん?みたいな人」
と、私は不自然な言い方で四季を紹介する。
私の身に起こったことの詳細の説明をクラスメイトにはしていない。話して火事があったことと記憶を失ったこと以外は話していない。

当然、身体の事や家族については話していないので、予期せぬ四季の登場で関係を問われれば親戚のおばさんと説明するしかない。

その説明で風ちゃんと奈緒ちゃんは納得したが、私は四季にお尻をつねられた。仕方がないでしょ!?
お姉ちゃんと呼ぶよりおばさんと言う方がしっくり来るじゃない!!

「はじめまして、田島 四季です!!夏樹ちゃんがいつもお世話になっています!!けど、よかった。夏樹ちゃんにちゃんと友達ができて。変わった子だけど、仲良くしてあげてね」

その言葉に2人は「はい!!」と答えた。
2人の返事に四季は母親のように、そして寂しそうに2人の顔を見る。

「母さん、なっきねーちゃん早く座ろうよ!!試合始まるよ!!」

その様子を一足先に席に座って見ていた冬樹が口を出す。
「ごめんごめん。今行くから」
四季は冬樹の方へと歩いていく。

「…ねぇねぇ、あの子は?」
奈緒ちゃんが冬樹を指差して私に聞いてきた。

「あの子は…四季さんの息子さんで冬樹君。今年で中学1年生…」

「えっ、年下なの?なんか見えない!!」

「どこが?まだまだ子供だよ?」

「なっちゃんも変わらないじゃん!!落ち着いてるって言うか、かっこよくなりそう」
と、爆弾発言が飛び出す。

「はぁ?奈緒ちゃんって年下好き?」

「ううん、特にそういう訳じゃないけど…。夏樹ちゃんはあの子の事、どう思うの?」

「どうって…」
自分の息子とは言えないもどかしさと、異性として見られる気持ち悪さが全身を駆け巡る。

「…家族?みたいなものかな」
と、私はぼやかして答える。すると、奈緒ちゃんはニヤニヤとしながら「ふ~ん」と言う。

「夏樹ちゃん、奈緒ちゃん。早く行こうよ!!始まっちゃう!!」
今まで空気だった風ちゃんが話の間に割って入る。

…助かった。これ以上問われてもめんどくさい。とりあえず、私達は席に着いた。

見慣れた筈のフィールドが前に座る人の頭越しに遠く感じる。背が40cm以上縮んだ私の視線は低い。
昔は後ろの人に申し訳ないくらい屈んで観ていた試合も、今では顔を上げないと試合が見にくい。

この時だけは以前の身体の方がよかった。
今の身体がいいかと言われればそうでもないのだが…。

私の隣では四季が顔見知りと話している。
以前から仲良くさせてもらっていだ、壮年の親父だ。

「田島さん、いいのかい…。そこは旦那さんの…」
私を見て親父は四季に問いかけている。

「…はい。この子達はいいんです…」

「そうかい…。そこは君達家族の席だから、君がよければいいんだ」

四季と親父は私の知らない話をしている。
彼の口ぶりからは俺が死んだ事を知っているだろう。そして、なぜか分からないが周囲から私に視線が送られている事に気づいた。

だが、その疑問をかき消すように、スタジアムに選手入場のアンセムが流れた。
試合の始まりを伝える音楽と共に、選手が子供の手を引いて歩いてくる。その中に見慣れた姿を見つける。

…アキだった。
そして、選手達は一列に並んで握手を交わしたのち写真を撮り、それぞれのポジションについていく。

アキもポジションにつくのだが、いつものように私達が座る席を見る。すると驚いた表情で固まった。
私はその視線に答えるように右手で左の胸を叩いた。その光景を見てアキの表情がスイッチの入った表情に変わる。

一連の動作をして違和感を感じるのは、私の胸にはエンブレムがない。代わりにあるのは少し成長した小さく膨らんだ胸だった。
買う予定だったレプリカユニフォームはショッピングモールでの買い物で買えなかったのだ。

そんな私の様子を見て、四季はカバンを漁る。
「夏樹ちゃん…、あなたのユニフォームよ」
そのユニフォームは去年、俺が着ていたアキのユニフォームだった。

「ありがとう」
私はそれを受け取り着るが、サイズがLからXSにサイズダウンした私の身体には大きすぎた。まるでワンピースを着ているような感覚。
生前の体の大きさと今の小さな身体の差異を、嫌というくらいに味わう。

「それ、なっちゃんの?なっちゃんにはおっきすぎない?」
奈緒ちゃんが笑いながらこちらを見る。

「うるさいなぁ、私もこれくらい大きくなるんだから!!」

「夏樹ちゃん、それ無理があるよ」
風ちゃんが私の答えに対してツッコミを入れる。
私はそのツッコミに言葉を失いプイと顔を背ける。
その様子を見た四季は口を押さえて笑っている。

ぴー!!
試合が始まる笛の音が鳴る。

現在首位の相手チームを相手に現在6位の地元チームは巧みにボールをつないでいく。だが、1トップであるアキにボールが渡らない。
相手も地元チームの鉄壁の守りに阻まれゴールを割れない。

「ああ、アキに繋げよ!!なにしてんの!!」
その度に私は大声で、叫ぶ。まるで、今まで閉じ込めていた感情を解放するように、ひたすらに声を出し続けた。
ゲームは0-0のままハーフタイムを迎える。

ハーフタイム中、冬樹を除いた女性3人+元親父は女子トイレに行ったのだが、そんな中で風ちゃんに

「夏樹ちゃんって、サッカー見てる時ってなんか親父みたい」と言われてしまった。

…付け焼き刃の女の子のフリなんて、メッキが剥げるとただの親父に戻ってしまう。
本物の女の子だったら、本当の自分でいれたら本当に良かったのに…。

私は笑う3人を見ながら、羨ましいと感じてしまった。もう、本物の私には戻る事は無いのだから…。
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