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第10話 春の訪れと中学生

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4月、出会いと別れの季節だ。
この私、香川 夏樹にも新たな出会いが待っている。

そう、20年前に卒業したはずの中学校への転入だ。
エイプリルフール?
そうであって欲しいと何度も願ったが、その日から5日間も過ぎたのだから、そうではないらしい。

新中学1年生の入学式も明日だそうで、私が転入する日もついに2日後に迫っている。

「はぁ、まさか二度目の中学生をやるとは思わなかった…」
とぼやく私は四季とともに朝食をとりながら、カフェオレを口にしていた。

なぜ四季といるかと言うと、昨日、生前の自宅にお泊りをしている。冬樹が夏樹が帰ることを拒んだのだ。

「いいなぁ、中学生。一度でいいから戻ってみたいなぁ~」四季も遠い過去を思い出すように言う。」

「実際に戻っても、もどかしいだけだよ。また一から勉強しないといけないし…」

「そお?あの時は楽しかったから、また楽しい時間を送れると思うとワクワクするよ…」

「そうだね…。じゃあ、楽しんできます」

「うん、またいい人に出会えたらいいね…」

「そうだね。私にとっての四季やアキのような人ができるといいな…」
お母さんと四季による訓練の成果でようやく慣れてきた女言葉を駆使して、夏樹という人間の中にある春樹の中学時代を思い出す。

中学の頃の春樹たちは恋心はあるものの、出過ぎず、引きすぎず互いに良い距離感を持った友人だった。

そんな存在が今の私にできるのだろうか。
私の生きてきた時間とは違う時間を過ごしてきた人達と一緒に同じ時間を歩むことができるのかが不安になる。

記憶喪失した設定とはいえ、時間と性別を超越した私が、現役の女子中学生の中に入ることができるのだろうか。

「大丈夫、あなたは昔から人を思いやることができるから…。うまくいくわ」

「うん…」
四季の言葉に少し安堵する。
きっと大丈夫、私はそう心に言い聞かせる。

その後は、お母さんが四季と一緒に確認する為に持ってきた中学の制服に着替える。

「「可愛い~」」
と、四季とお母さんが目を輝かせ声を揃えて言う。
私はその声を無視して、今の格好を確認する為に鏡で自分のシルエットを確認する。

全体的に黒が基調のジャケットとスカートで、一部に白のラインが入っている。一見シンプルに見えるのだが、可愛らしいデザインをしている。

半年の間に伸びた白髪と黒が基調の制服が、夏樹ちゃんの神秘的な容姿と合わせてとても可愛く見える。

…夏姫ちゃんだから似合っている。
だが、中身は俺、俺なのだ。
毎日スカートを履く俺がいることに悪寒がした。

男目線では可愛く、魅力的なものに見えていた制服だが、自分が実際に着てみると落ちつかない。
私は俺目線で身に着ける衣装の事を考えてしまう。生前の自分の姿を思い浮かべてしまう為、どうしても女の子の言う「可愛い!!」と言った思考にならないのだ。

別に普段からスカートやホットパンツを履かない訳ではない。お母さんに言われ、嫌々自宅や四季の家でもスカートを履くようにし、短時間外出もする。

だが、実際には明後日から毎日長時間この格好で学校に行かないとならないのだ。

はぁ、落ちつかない…。これから高校卒業まで着ないといけないの?少し憂鬱になる。
後ろで、ケータイ片手にキャーキャー言っている二人を尻目に私はため息をつく。
いっそのことズボンに…とも思ったが、それは問屋、じゃなくお母さんが許してくれないだろう。
憂鬱の種が一つ増えた転入前の出来事だった。



「…香川 夏樹です、よろしくお願いします」
私は中学生の前で、引きつった慣れない笑顔を浮かべる。転校先の学校の進級式の後の配属クラスでの自己紹介だ。

クラスの子たちもそれぞれクラス替えで自己紹介をするのだが、私に限っては3年生からの転入ということで、教壇の前に立って自己紹介をする事になった。

私の容姿を見るなりクラスメイトはおーっと声を上げる。皆それぞれに喜びや興味があるらしい。

一男子は「可愛い~」と声を上げ、一女子は「キレイ~」と声を上げる。
中には「ワンチャンあんじゃね?」と話している。

…いや、ノーチャンだからね?キモチワルイ…

先生も場の空気に押されて、質問タイムを設ける。

…先生、いらん事をしないで!!

「趣味はなんですか?」

「…サッカー観戦です。あと、最近は料理を作ることが趣味です」

「彼氏はいるんですか?」

という、男子からのまさにテンプレ質問に対し
「いないですし、作りません!!」と、先手を打っておく。
その言葉に「えーっ!!」と男子から悲鳴が聞こえる。男との恋愛なんてできませんから!!残念!!

「なんで髪が白いんですか?」
ロングヘアーの女の子に対して、私の容姿についての質問が飛ぶ。多分この髪は真っ先に疲れる質問だろうと思っていたからだ。

「…火事にあった影響です」とだけ私は答える。

「香川さんは火事で記憶をなくしています。日常生活に不都合がないようこの学校に転入する事になりました。皆さんも協力してくださいね」
先生もその事についての補足を加える。

他の生徒も「はい」と言ってくれたので、私は静かに頭を下げる。そこで魔の自己紹介が終わった。

「じゃあ、香川さんは窓際の一番後ろの席ね」

「はい」と言って私は指定された席へと向かう。
他の生徒たちが、興味深そうに私を見るのを横目に、自分の席まで来ると隣の席の女の子に目がいく。茶髪で肩までの長さの髪を持つその子は顔を上げる事なく、俯いている。

「…香川です、よろしく」と私はなぜかその子に声をかけていた。

彼女はビクッと肩を震わす。こちらを向いたかと思うと直ぐに下を向き、黙り込む。
私は席につきながら返答を待ったが、何も帰ってこない。

…緊張しているのかな?
と私は諦めて前を向くと、前の席の子がこちらを向いている。

「やめといたほうがいいよ?あの子、暗いから話しかけてくる子がいないの」という。

私は話しかけてきた子を見る。ボーイッシュな容姿をもつその子は満面の笑みを浮かべて、「私は梶山 奈緒、よろしくね」という。

「…香川 夏樹です、よろしく」

「よろしく、なっちゃん!!」
と、急にニックネームで呼ばれる。

…やけに人なつこい子だな

と私が半ば感心していると、彼女は続けて言う。
「あの子、半年ぶりに学校に来たの。なんでも、あるグループの子にいじめられてたらしくて、去年から不登校になってたの。だから今日は久しぶりに学校に来たから顔を上げれないの」.と、私に耳打ちする。

「へぇ~」と、関心なく私は返事をする。
だって、この子の距離感が近過ぎてそれどころではなかったからだ。
35歳とはいえ、四季とつゆさん以外に女性に寄られたことがあまりないのだ。だが、彼女は普通にその距離を縮めてくる。

「けど、それよりさっきの自己紹介凄かったね」
と、私をそっちのけで彼女話続ける。
私はぼんやりと相槌を打ちながら隣の子を見る。
自己紹介の順番が回ってきたようで、隣の子は立ち上がって「久宮 風です…」と、小さな声で言ってすぐに座ってしまう。
まばらな拍手が起こるのみで自己紹介は次の人に進む。
私は「久宮さんか…」と思いながら次の自己紹介を聞き流す。

クラス内での自己紹介が終わり、今日は帰宅することになった。
私の周りには人が集まってくる。
再び質問の嵐の予感がしたが、私は先生に呼ばれた。

「香川さん、この後保健室に行ってもらえるかしら?保健の先生が会いたいそうよ?」

「わかりました、ありがとうございます」
と言って、私は立ち上がる。
クラスの男子数名が案内を買って出るが、私はそれを丁重に断り、教室を出る。

すると、久宮というさっきの暗い子が女の子3人に囲まれている。囲まれた久宮さんの表情から、何やら不穏な空気が漂う。私はその子に声をかける。

「ねぇ、久宮さん、保健室を教えてくれない?」

「えっ、えっ?あの…」
と、彼女は戸惑うが、私は彼女の手を引く。
それに困惑しながらも彼女は渋々ついてくる。

しばらく歩き後ろに3人がいなくなった事を確認すると私は久宮さんに話しかける。

「ごめんね、急に引っ張って。保健室はどこかな?」
だが、彼女は無言のまま立ち尽くす。
その様子を私はただじっと待つ。
すると、彼女は「こっち」とだけ呟いて早足で歩き出す。私もそれについて歩く。

目的の保健室が見えてきた。

「ありがとう」
私が彼女に言うと、彼女はポツリと小さな声で呟く。

「私に構わないで…。あなたもイジメられる」
とだけ言って走り去ってしまった。

その様子を見て、私は頰を掻きながら去りゆく久宮さんの後ろ姿を見送る。

…とりあえず、保健室に入り用事を済ませよう…。
私は久宮さんがいなくなったのを確認して保健室へ入っていく。

「失礼します…」

「あっ、来たわね。夏樹ちゃん!!久しぶり~」
と、私を知った口調で話しかけて来る。

「………あっ!!」
私は暫く気がつかないでいたが、よく見ると知っている顔だった。
病院で看護師を行なっていた20代くらいの女性だ。

「ちょっと、気づかないなんて酷くない?もう半年は顔わあせてるんだから」彼女は口を尖らせる。

「…なんでいるんですか、羽佐間さん」

羽佐間 嶺、私の担当看護師をしていた人で、どうやらお父さんが私の主治医だそうだ。

「それは-…私が養護教員になったからじゃない!!あなたが何かあった場合の対処も兼ねてね」

「いや、資格はどうしたんですか!!」

「もちろん、持っているわよ?医師免に看護師免もあるわ!!」

「はい?」
ありえない、看護師免許は分かるが、医師免許を持つ看護師ってありえないんですけど。その上まだ養護教員の免許まで持つとか…偽造か、はたまた神なのか?私が疑いを持っていると思うと、彼女はスマホで免状の写真を見せてきた。

「ほら…。ちゃんと持ってるでしょ?流石に本物は持ってこれないからね」
たしかに本物のような用紙に羽佐間 怜と書いてある。いや、本物を見たことはないが…。

「わかりましたけど、なんでここに?医者になればいいのに…」

「そんなのつまんないじゃない。パパを見てたら大変そうだったし…あなたといる方だ何かと興味があるじゃない」と笑ってみせる。

…ありえない、医師がつまんないとかありえない。
まぁ、前からそんなことを言っていた気はするが。

「それはいいとして、夏樹ちゃん。調子はどうなの?特に困ったことがとかはない?」

「…体調はいいです。若いからですかね?」

「若いからって油断したらダメよ?何が起こるかわからないだから、私が定期的に診察するから、絶対に来ること!!わかった?」

「…はい」
彼女に気圧されながらも、改めてこの人のすごさも分かる。

この学校は基本、医学や看護学を中心に教えているのだ。その上中、高、大、院まではほぼエスカレーターだとは聞いていた。その上、小さな病院も併設しているので、研修医がそのまま医師になることもできるらしい。
流石に私は一般の学部だったが、それなりに優秀な学校だ。

その後も怜さんに体育のことや、女性のことについてレクチャーを受ける。

実際に男の身だった私にとっては赤面ものであったが、夏樹になって半年、まだお赤飯は炊かれていない。お母さんに聞いてもまだだそうだ。

「そういえば、少し気になる事があって…」
私が怜さんに伝えると彼女は目を輝かせる。

「何?何?恋バナ?夏樹ちゃん、もう恋をしたの?早いわね、イケメン?」

…なんでそうなる?

「違いましす!!いや、隣の席の子の様子が暗くて…。イジメられているんでしょうか?」

「まぁ、よくある事だからね…。もし何かあれば言って。何かあれば職員間でも共有しておくから」

「わかりました。頼もしいです」
というと、彼女はえっへんとそりかえった。
まぁ、味方が一人いるといないとでは安心感が違う。

私は一礼をし、教室へと戻っていく。
進級式も終わり、人もまばらな教室には数人の生徒しかいない。
その中にはさっき久宮さんをいじめていた3人組がいた。私を睨みつけ、リーダー格であろう黒髪ロングの子が話し始める。

「ちょっと、なんでさっきは邪魔したの?転入生だからって誰もが優しくしてくれるなんて思わない事ね」そう言って彼女達は教室を出て行く。

私はその様を見て、はぁとため息をつく。
転入早々面倒なことに巻き込まれたと、つくづく思ってしまった。
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