上 下
142 / 173
<大正:氷の迷宮事件>

デパート三階 【式神】

しおりを挟む
「ともかく、一難去ったのは良いのだけれど……ここから先、どうしようかしら」
このフロアは、下の階と違って警戒が厳重過ぎる。
今までの様に、闇雲に歩き回るのは無謀ね。

「仕方が有りませんわ……あまり得意では無いのだけれど」
巾着袋から白紙の御札を一枚、それとハサミを取り出し、御札にハサミを入れる。

チョキチョキチョキ……。

「まあ、こんな感じで良いかしら。後は最後の仕上げ」
人型に切り抜いたソレの頭部、人で言う目の位置にハサミの切っ先を少し突き刺して二つ穴をあける。

完成したソレを左手に乗せ、右手に結んだ刀印を口元に当てる。
「我が手足、我が目と成れ。救急如律令きゅうりゅうのりつりょう!」
フッと、魂を吹き込む様に息を吹きかける。

すると、ムクリとその人型が起き上がる。
つまり、式神よ。

元々、蘆屋家は陰陽師の家系。
当然、蘆屋家わがやに代々伝わる陰陽術もお爺様から教わっている。
この式神もその一つ。
まあ、あまり器用な事は出来ないけれど、今は贅沢は言えないわ。

「さあ、行ってらっしゃい」
式神は、ピョンと手のひらから飛び降りると、チョコチョコとたどたどしく歩きながら氷の小部屋の外へ。

結んだ刀印をそのままに目をつむり、その目に魔力を集中する。
見えて来た。

高い氷の壁と天井、広く長い氷の通路。
まるで、小人に成ったかの様。
いいえ実際、小人よ。
何しろ今の私は、式神の目線で見ているのだから。

でも、少々視野が狭い、それに動きもギクシャクしている……。
まあ、それも已むを得ないわ。
式神なんて使ったの、久しぶりですもの。

ともかく、この式神でフロアを探索しましょ。
私自身は、此処ここ隠身かくりみの魔法陣の上に居れば、見つかる事は早々無いでしょうし、安全に探索出来るわ。


チョコチョコチョコ……。

手のひらサイズの式神ですもの、歩幅は小さく、探索のペースはあまり宜しい物とは言えない。
それでも何となく、このフロアの状況が見え来た。

迷路の様に入り組んだ通路。
そして、あちらこちらに、ここの小部屋と同じ様な小部屋が幾つもある。
何の為の物かは、まだ良く判ら無いけれど、この構造には何か意味がある様な気がするわ。

サク、サク、サク……。

雪だるまの気配を感じて、ピトッと氷の壁に張り付く。

目の前に巨大な雪だるま。
式神の目線ですもの、三十センチほどの雪だるまが、巨大なゴーレムに見える。

雪だるまが目の前で立ち止まり、辺りを見回す様に、ゆっくりと首を振る。
不味いわ……式神わたしの気配を感じたのかしら……。

サク、サク、サク……。

フゥ~、どうにか上手くやり過ごせたわ。
さすがに、式神とは言え、手のひらサイズの紙切れですもの、上手く誤魔化せたみたいね。

辺りに雪だるまが居ないことを確認して、再び探索を続ける。

カシャッ、カシャッ、カシャッ……。

何かしら?
今度は、雪だるまの足音では無いわ。

音のする方へ、チョコチョコと式神を向かわせる。
氷で出来た通路の角から式神の頭だけを出して、そっと覗く。

あれはマネキン。
このフロアにもマネキンが居たのね。
でも、二階に居たのとは様子が違う。

両手に何か、抱える様に持っている。
木箱の様に見えますけれど、一体何をしているのかしら?

あのマネキン、明らかに警備の為のモノでは無いわね。
きっと、何か作業をしているのだわ。

後を追って確かめてみましょ。


途中何度か、壁や床に張り付いて雪だるまをやり過ごしながら、マネキンの後をつける。
そして、マネキンが小部屋の一つに入って行く。

ここに何が……。
小部屋の入り口に張り付く様に、中を覗き込む。

マネキンが居る。
それと、あの床に転がっているのは、もしかして……人だわ!
見た所この小部屋にいるのは三人。
突入された、諏訪さんと警部補さんの部下の方々に違いないわ。

まさか、亡くなってらっしゃるとか……いいえ、頬に赤みが有るわ。
どうにか、生きてらっしゃるみたい。
眠っている様ですけれど、雪だるま達に捕らえられたのかしら。

でも、あのマネキン、この方達に何をしようと言うの?
しおりを挟む

処理中です...