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<大正:英国大使館の悪魔事件 後編>

コヨーテの男

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「お嬢様、申し訳ございません!退路を確保する様に指示されておりましたのに……この様な者を侵入させてしまうとは……何たる失態!」
慌てて二名の隊員の方と地下に降りて来た爺が、神妙に謝っている。
「爺、気にしなくても宜しいわ。大事には至りませんでしたから。それより、丁度良いですわ。隊員の方々を手伝って、此処ここに倒れてらっしゃる眷属の皆さんを縛り上げて差し上げて」
「承知致しました、お嬢様」

妖精猫ケット・シー達は戦闘モードを解いて、ノワールは、レイピアとマンゴーシュを鞘に納め、ブランはタワーシールドとメイスを背中に背負って、私の左右を守る様に立っている。
二匹に向き直って頬に手をやり、労う様に撫でてやりながら、もうひと仕事お願い。
「ノワールとブランも爺を手伝って上げてね♪」
「ニャー♪」
「にゃー♪」

そう言えば、もう一つ重要な事が有るわ。
「そうですわ、さっきのワンちゃんを今度こそ、保護して差し上げませんと!」
明治神宮では、いつの間にか消えていましたもの。

先ほど、ワンちゃんを吹き飛ばした辺りに目をやると……何か様子がおかしいわ。
何んですの、あれは……?
どう云う事ですの……?
ワンちゃんなんて、何処にもいませんわ……その代わり……。

「諏訪さん、曹長さん……」
「全裸の男性だわ……一体どこから……私たちが戦闘中に入って来たのかしら……?って、そんな事より、曹長、何か着る物を掛けて上げて。小町ちゃんには目の毒よ。それにしても、何者かしら……眷属では無い様だけど……」
爺の目をかいくぐって、只の人間が侵入してくると云うことは有り得ないわ。
戦った記憶も無いですし、まして、先ほどの状況で、いまだに眠りこける眷属なんて考えられない。

しかも、あの男が倒れている位置は、私がワンちゃんを弾き飛ばした所だわ。
だとすれば、考えられる事は一つ。
「諏訪さん、あの方、恐らくあのワンちゃんですわ」
「え?でも、どう見ても人間よ」
「あの公使閣下も変身する前は、人間でらしたわ」
「じゃあ、あの男も、公使や眷属達と同じ様に……と、云うこと?」
「ええ、もしかすると、あの方から色々と、真相がお聞き出来るかもですわ♪」


倒れている眷属達の回収は伍長さんや爺に任せて、私と諏訪さん、曹長さんは地上に戻る。
例のワンちゃんだったとおぼしき男性は、曹長さんが背負ってらっしゃるわ。
階段を上り、礼拝堂に戻ると、ステンドグラスが内側に破られ、祭壇の周りにその破片が散らばっている。
ステンドグラスが収まっていた個所からは洋館の前庭が見えるわ。
此処から、ワンちゃんが飛び込んで来たのね。


そして屋敷の外へ向かい、玄関先で待機してらっしゃった上村さん達と合流する。
私が一通ひととおりの出来事を上村さんに説明している間に、諏訪さんは隊員の一人に憲兵司令部への伝令を命じている。
土手瓦さんの話では、一月ひとつき前の惨劇で亡くなった方や、眷属に変異して暴走した挙句、禍津神まがつがみに殺されたモノ達が、この庭の何処かに埋められているとのこと。
地下の惨状も踏まえて、本格的な調査が必要と云う事で、諏訪さんは増援をお願いするそうよ。

「それにしても、驚きましたな……地下に十体以上の眷属が閉じ込められていたとは、眷属同士殺し合って死んだものを含めるとニ十体ですか……そして、さらに、三十体近くの眷属が、この帝都に潜伏しているとは……」
「しかも、眷属のまま知性を有していたのが、死んだものを含めて、地下には三体いたという話。だとすると、単純計算で、あと4、5体いるかもですわ」
「なんと……、それは脅威ですな……。えっ!?こ、小町ちゃん、あ、あれは何なんです?ね、猫が二本足で歩いて……もしかして、小町ちゃんの新しい使い魔?」
丁度、眷属を全て地上に上げ終わって、私の元にやって来たノワールとブランを見て、上村さんが驚かれている。

「ええ、この子達は、妖精猫ケット・シーですの。ノワールとブランと申しますわ」
二匹は、上村さんにお辞儀をして、ご挨拶。
「なんと、これはご丁寧に。それにしても、妖精猫ケット・シーとは始めて目にしました……その、なんと言うか可愛いらしいもんですな。ハッハッハ。そう言えば、明治神宮ではウルタールちゃんには、可哀想な事をしましたな……もしかして、この子達は、ウルタールちゃんの代わりに?」
「フフフ♪実はあの後ウルタールは無事に帰ってきましたの。御心配おかけしましたわ。今ウルタールはわたくしの個人的な用事で遠くに居りますの。それで、この子達を」
「そうですか、ウルタールちゃんは御無事で。それは、何よりですな。ハハハ」

「それで、その地下で見つかった男性と言うのが、あの方で?」
曹長さんの足元に横たわる男性の元へ。
男性は曹長さんの外套を掛けられ、未だ意識を失っている。
丁度、一通りの指示を終えた諏訪さんも合流する。
「ええ、上村さん。そして……恐らくこの方は、上村さんがコヨーテと仰ったあの大きな犬ですわ」

「なんと!?あのコヨーテがこの男……西洋には狼男と言うモノが居ると、聞いた事は有りますが……まさかその様なモノが本当に居るとは……驚きですな。しかし……見た所、西洋人では有りませんな。勿論、日本人でも。肌の色はやや浅黒い……かと言ってアフリカ系でも無い……どちらかと言えば東南アジア……いや、この堀の深い顔立ちは……恐らくネイティブアメリカン。おや!どうやら、目を覚まされた見たいですな」

男は、ゆっくりと目を開けて体を起こし、状況を確かめる様に、取り囲む私たちの顔を見回しているわ。
取り合えず、暴れる様な素振りは無さそうね。
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