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<大正:英国大使館の悪魔事件 後編>

玉藻堂

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車を降りたところで、諏訪さんが声を掛けてきた。
「小町ちゃん、チョット良い?」
「ええ、良いですわ。どうされましたの?」

「私は、小町ちゃんの命を大事に考えているところが、大好きよ。大事な事だと思うわ。だけど、時と場合と相手を選ばないと、怪我をする事に成るわ。覚えておいてね」
私が曹長さんに「殺してはダメ」と、言ったからだわ。
今回の事件、それ以前にもお爺様の後を付いて、人の生き死にを見て来たわ。
だから、蘆屋小町わたし小野小町わたしと違って、少しはそう云う事に免疫を持っていると、思っていたのだけれど、咄嗟に、例えあの様な姿に成り果てた相手とは言え、人が死ぬのを目の前で見たく無いと思ったのは事実よ……。

「御免なさい、諏訪さん……覚えておきますわ。でも、少し強がりを申しますと、今回の事件の関係者は、そのほとんど亡くなるか行方不明、ですから、一人でも生かして逮捕した方が良いとも、思いましたのよ。たとえ、あの様に成り果てたモノだとしても」
「ふふふ♪いいわ、そう言う事にして置いて上げるわ♪曹長、対魔用の捕縛縄が未だ有ったハズだわ。縛り上げるから手伝って」
「ハッ」

「はぁ~、叱られてしまいましたわ。爺、わたくしは少々甘過ぎるかしら?」
「はい、お嬢様。ですが、それはお嬢様の美徳でも有ります。それに、お嬢様は、それ以上に思慮深いところが有りますゆえ、問題に成る様な事は御座いませんでしょう」
爺も結構、甘いですわね。
「ふふ♪有難う、爺♪」


取り合えず、眷属の男の捕縛は、諏訪さんと曹長さんに任せて、着物の男性の元へ。
男性は、上村さんと三浦さんの手を借りて、巨大な猫の手から這い降りると、どう云う分けか、その猫の手を撫で回してらっしゃるわ。
何されてるのかしら?

「ほー、もの凄いもんでんなー。こんなん初めて見ましたわー。肉球の部分もぷにぷに、しとりましたけど、毛の部分もふわふわで、ええ感触でんなー。わっはっはっは!」
関西弁?
確か、玉山さんと土手瓦さんは同郷と、お母様は仰っていましたけれど、関西の方でしたのね。

玉山さんが私に気付いたのか、此方こちらに振り向きましたわ……なんか視線が合いましたわ……此方に向かってきましたわ……いきなり手を掴まれましたわ!
「あんさんが、小町ちゃんでっか!ええもん見せて貰いましたわ!ワシ感動ですわ!わっはっは!」
「あの、玉藻堂の玉山さんですの?」
「はい、ワシが玉藻堂の店主の玉山万作たまやまばんさく言います。蘆屋の奥様には、今日いらっしゃるとお聞きして、楽しみにしておったんですわ。そやけど、さっきはお蔭さんで、命拾いしましたわ。ほんまに有難う、小町ちゃん」
「ええ、お怪我は無い様で何よりですわ」

「それにしても、凄いもんでんなー。あっ!消えはった!」
今度は、猫の手が紫色の粒子と成って消えたのを見て驚かれてるわ。

「ワシも、趣味で随分色んな魔術を見せてもろうて来たけど、ほとんどは子供騙しみたいなもんやった。蘆屋の御隠居はんが亡くなったと聞いて、ホンマもんの魔術は一生見る事出来ひん思っとったけど、まさかこんな形で、ホンマもんの魔術を拝めるとは、人生何が有るか分かりまへんな。そや!今日はさっそく、酒井はんや、大熊はんら友人呼んで、鍋でもつつきながら自慢話せなあきまへんな。小町ちゃんもどうですか、お鍋?小町ちゃんみたいなホンマもんの魔導士が来たら、みんな喜びまっせ♪」
ん?大熊さん?聞いた苗字だわ。
「今、大熊さんと、仰ったかしら?」

「ええ、大熊はんも酒井はんも、奥様から小町ちゃんに話す様、頼まれてた降霊会の元参加者ですわ。大熊はんは白金三光町で、金属加工の会社を営んどるんですけど、もしかして、小町ちゃんも知り合いでっか?」
大熊光蔵おおくまみつぞうさんと言う名前では?」
「ええ、下の名前はそんな名前やったと思います。まあ、大熊はんはワシより年上やさかい、名前で呼ぶ事はおまへんけど……もしかして、なんか有ったんでっか?」
多分、私が神妙に名前を確認した事と、今さっき自分が襲われた事で、何か良く無い事が有ったのを悟られたのね。
今までとは違って、急に血の気の引いた顔に成られたわ。

「ええ今朝、御遺体が見つかりましたわ」
「な、な、何やて!、ホンマでっか!小町ちゃん!ああ……、なんちゅう事や……」


眷属の男を縛り上げ終えた、諏訪さんと曹長さんも合流して、一旦お店の中に案内される。
因みに縛り上げた男は、上村さん達の公用車の後部座席に詰め込んで、爺と三浦さんが見張りに付くことに。
まあ、爺がいれば取り逃がす様な事は、まず無いわ。

店内は、意外にも洋風の作りに成っている見たいね。
「一階は西洋の骨董品を扱っとります。ほんで、二階は和風の骨董品なんやけど、さっきの騒ぎで、ぐちゃぐちゃに成ってしまいましてな……今は足の踏み場も無い状態で……どうしたもんやら……。取り合えず、そこの椅子に座って待っとって下さい。いま茶でも入れまっさかい」
勧められた、商品とおぼしきロココ調のテーブルの前の椅子に座らせてもらう。

暫くすると、急須と湯呑をお盆に乗せて、玉山さんが戻ってらしたわ。
そして、お茶を入れてくれる。

湯呑と言っても、彩色が鮮やかだわ。
多分、古九谷ね。
それと、今入れてらっしゃるお茶、この蘭の花の様な香り……。
一口、頂く。
「とっても、美味しいわ♪」
安渓あんけい産の鉄観音てっかんのんですわね。

まさに和洋折衷な感じ、だけど、悪くは無いと思うわ。
ロココ調でも派手過ぎる物は、あまり好きでは無いけれど、此処ここに並ぶ商品は比較的シンプルなデザインで嫌味は無いわ。
お茶も、本当は専用の茶器で入れた方が良いかもだけど、玉山さん、見かけによらず丁寧に淹れてらっしゃるから、味や香りを損なう様な事には成って無いし。
何となく、お爺様が良く通われていたお気持ちが、少し分かった気がするわ。
我が蘆屋家も、陰陽道と西洋魔術、和洋折衷な家ですもの。
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