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<大正:英国大使館の悪魔事件 前編>

決戦、明治神宮 【中編】 奥義千匹にゃんこ!!

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「え、猫ちゃんがですか?まさか公使閣下に……」
「まだ……正確な事は……、ですが、その可能性が高いですわ……」
強い衝撃だったわ。
普通に召喚した猫なら、攻撃されてもこうは成らないわ。
これが、名前を付けて特別な繋がりを持つと云う事かしら……?

でもまだ、消滅させられたと決まったわけじゃ無い、攻撃を受けて気を失っているだけかも知れないし、十円札に戻っただけかも知れないわ。
「とにかく、先を急ぎましょう」

再び車に飛び乗る。
諏訪さんは、意識を取り戻した伍長さんに、怪我をして倒れてらっしゃる他の隊員の皆さんを託し、車に同乗する。
「諏訪さん向こうから銃声が聞こえましたけれど、何方どなたかいらっしゃいまして?」
「ええ、向こうには警部補殿の部隊が待ち構えているはずよ」

車はウルタールの消息が途切れた、御社殿の方に向けて走り出す。
パン、パン、パン、パン、パン、銃撃音は段々と大きく聞こえてくるわ。
角を右に曲がり、鳥居をくぐって、南神門の前の広場に車を止めて飛び降りる。
広場には何人もの倒れた警官達が、息の有る者も、そうで無い者も……。

さらに南神門の向こうから、銃撃音と怒声が聞こえてくる。
向こうで、公使と警官の方達が戦っているのだわ。
早く行きましょう!

あら?
「警部補殿!大丈夫ですか?」
警部補さんが、頭から血を流して木の幹にもたれ掛かっているわ。
「あ……ああ、大丈夫だ。っ!さっき、猫に救われた……俺が倒れて、奴の触手が襲ってきたとき……キジトラの猫が俺を庇って……」
「ウルタールだわ!」
「もしかして、あれはお嬢ちゃんの猫か?」
公使を追う様に命令したはずだけど、自分の意志で判断して、命令より人命を優先したのだわ。
自我に目覚めたのね……。
「警部補殿、そのあとウルタールは何処に?」
「生きているとは思わんが、向こうの林に飛ばされた……すまんな、お嬢ちゃん。それと悪いが、そこの大きいの、確か曹長と言ったか、少し肩を貸してくれ。部下が戦ってる、俺もいかなきゃならん」
曹長さんが肩を貸し助け起こす。
「無理をなさらない方が宜しいわ」
まあ、そうもいかないのでしょうね。
取り合えず、ハンカチを渡してあげる。
「有難うお嬢ちゃん。だがそうもいかん」
上村さん、警部補さん、ストーカーさんも、この後の決着を見守らなくちゃいけない義務、みたいなものが有るのでしょうね。
もっとも、公使との決着が、この事件の本当の決着と成るかどうかは分かりませんけれど……。

私もウルタールの事は気になりますけれど、それは、公使との決着を付けてからだわ。

南神門をくぐり、御社殿の前の広場では、何人もの警官が倒れ、今尚十数人の警官と公使が戦いを広げている。
それと、例の犬、上村さんはコヨーテと仰ったかしら、も一緒に公使と戦っているわね。
それにしても……。
「なっ、なんと!更に大きく成っておりますな……。それに、触手も五本に……」
「隊の兵士や、警官の命を喰らって、これ程までに成ったのだわ……」
上村さんと諏訪さんが驚愕して声を上げるのも無理は無いわ、公使は既に五メートルは超えていますもの。

大勢の方が亡くなったわ……。
その命を奪ったのは公使だけれど、私のせいでもあるわ。
大使館で公使と戦った時、もっと強力な魔道具なり、魔法陣なり準備していれば、こんな犠牲者を出すことは無かったはずよ。
だけど……、今更そんな「たら」「れば」言っても仕方ないわ。
ここで、確実に決着を付けますわ!

「爺、これ以上犠牲者を出すわけには参りません。そうですわね……二分ぐらいで良いかしら。公使閣下のお相手をお願いしますわ」
「はい、かしこまりました、お嬢様」
「それなら、小官にも手伝わせて下さい。先ほどの借りも有りますし、特務少尉に頂いた刀も試してみたい」
いつになく曹長さんが好戦的なのは、元来武闘派だからか、それともまさか、もう妖刀の影響が出てるとかじゃ無いわよね。
でも、せっかくでだし……。
「では、曹長さんも無理をしない程度で、お願いしますわね」
「ハッ!」

「おい!あんたら、何するつもりだ。そのやたら強い爺さんと、そこの曹長は分かるが、まさかお嬢ちゃん迄奴とやるつもりか?」
「いえ、むしろ私と曹長殿は、お嬢様のお手伝いをするだけに御座います。では曹長殿、参ろうか」
「承知した」
曹長さんは鬼童丸きどうまるを鞘から抜き放ち、刀を立て顔の右手側に、いわゆる八相の構えを取る。
爺は、どういう風に仕舞っているのか分からないけれど、燕尾服の内から刃渡り四十センチほどのつばの無い短剣二本を取り出し構える。
爺の短剣は、お爺様が戦争でロシアに赴かれたときに手に入れたという、キンジャールと呼ばれる装飾の施された短剣で、勿論もちろん魔剣よ。

二人は走り出すといっきに間合いを詰め、化け物となり果てた公使に剣を振るう。
爺の双剣術は、蘆屋家に伝わる神楽舞かぐらまいの足運びを元に、お爺様が編み出した秘術中の秘術、早く強くそして勇壮に舞う。
舞えば舞うほど、己の魔力を高め、邪を切り払うと云うわ。

爺の神速の斬撃は、警官達を襲う触手と鍵爪を全て捌ききる。
曹長さんも、あれだけ重い刀を軽々と振るうわ。
公使の左手の鍵爪が曹長さんを襲う、それを難なく弾き返し、上から振り下ろされる触手の一本を、重い渾身の斬撃で切断する。
やったわ!先っぽの方だけど……。
その刹那、別の触手が鞭のようにしなって曹長さんの無防備な背後を襲う。
カーン!と、爺のキンジャールがそれを弾く。
「まだまだですな、精進されよ!」
「ああ、言われなくても分かっている!」

さすがに、あそこ迄になった公使に、ダメージを与えるに至っていないけれど、どうにか持ちこたえる事は出来そうだわ。
それじゃぁ、私も始めないといけませんわね。

梅柄の巾着袋を開いて、千枚のお札を取り出し左腕に抱え、右手は人差し指と中指を立て、刀印を結ぶ。
そして、左腕のお札に魔力を流すと、セクメトの慧眼けいがんが一際強く輝きだす。

「奥義、千匹猫せんびきにゃんこ!!」

札を束ねていた紙縒こよりりが千切れ、コンマ一秒に一枚の速さで舞い上がる。
札は上空で白く輝き、粘土の様に変形して猫の形に成って、「にゃー」と地面に降り立っていく。

「も、物凄い光景ですな……」
「ええ、上村さん。先日私も一度、見せてもらったことが有りますけれど、本当に凄いわ。一度に千体もの召喚を行うなんて……さすが蘆屋の御隠居様のお孫さんだわ」

そして、全ての札が猫へと変わる。
やはり、召喚魔法でもセクメトの慧眼けいがんの効力は大きいわね。
猫たちの持つ魔力量が今までと比べ物に成らないわ。
「それでは、先ずは」
右手の刀印で空中にVの字を描く。
「鶴翼に陣!」
猫たちは私を中心にVの字に整列し、鶴翼の陣形に並ぶ。

「さあ、始めますわよ!」
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