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第2話

晨星はほろほろと落ち落ちて 第二幕

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「いや~。こんな暖かい日は、まさにお出かけ日和だね~」

 晴天に恵まれた往来を行く一台の馬車。

 ガタゴトと煉瓦で舗装された道をゆったり走るその荷台にて、陽気の朗らかさに気分がいいと体を伸ばすのは、私服姿のナーセルだ。
 勿論、その馬車には御者として馬を操るエルを筆頭に、いつもの面々――ポムカ、フニン、ルーレ、そしてルーザーの姿も見て取れる。
 ……何故かルーザーだけは制服を着ているが。

「そう、だね」
「とはいえ、そろそろ飽きてきたけどな」

 そんな愚痴をこぼしながら、ルーザーは腕立て伏せを始めてしまう。

「ルザっち、こんな所でも鍛えてるよ……」
「そりゃ、あれからもう3日経ってるしな。いくらしてるとはいえ、このままじゃ体がなまっちまう」
「あれだけの大立ち回りをしておいて~、まだなまる要素があるんですね~」

 そうして、脚を付けずに腕の力だけで体を水平に保たせつつの立て伏せをしている彼に対して、呆れたように言うフニンであったが、

「……そういう奴よ、こいつは……」

 一方で、彼のことはもう嫌という程理解ができていると言わんばかりのポムカの方は、もはや口にするのも面倒だとばかりにため息を吐く。

 そんな彼女らが、何故馬車に乗っているのかといえば……それは勿論、彼らが今、ポムカの故郷へと向かっているからに他ならない。

 ルーザーが言ったあの時の言葉……


「行ってみるかって話だよ。お前のその……焼けちまったっていう故郷にさ」


 不意に口にしたあの提案を全員が受け入れた&魔術学校がしばらく休みなのも相まって、皆揃って、こうしてお出かけと相成っていた訳だ。

「仕方ないんよ。馬車ってんのはこういうもんやし。そもそも、これでも結構早い方なんよ?」

 そう語るのは御者のエル。

 実際、この馬車は所謂チャーターした『貸切の馬車』なので、行く場所が固定されている『乗合の馬車』とは違って、目的地に一直線に向かえていると、比較的早い方なのは間違いない。
 とはいえ、全速力で馬を走らせる訳にはいかないし、夜は危険が多いため日没前には町で一泊する必要があったりと何かと時間がかかるのも事実ではあり、ポムカの故郷たるヴィーラヴェブス領はランペルトン地区首都ペシュフーロンへ向けては3日が経過してしまっているが、それは仕方のないことだ。

「そっか~。俺の故郷だと移動は基本、雷式虚歩らいしきこほうでのだから、こんなのんびりとした移動なんて、したことなかったからな」

 曰く、狩りでしか食べ物を得られない村であったため、常に遠出をしていたと、そのために編み出されたのが雷式虚歩らいしきこほうなんだとか。

「近場ばっか狙ってたら、いつか獲物がいなくなっちまうし、そういう近い所は若い連中の狩りの練習場ってことになってたからな」

 そのため、年上はできる限り遠くへ素早く行ける必要があったと、村の出身者なら雷式虚歩らいしきこほうは誰でも使えるよう。

 しかしとポムカ。

「あんなスピードが出る移動を、徒歩って……」

 そんな事実よりも、あの技術をお散歩と同じ感覚で語るルーザーの方に呆れてしまっていたようだ。
 ……まぁ、気持ちはわかるが。

「しかも、ルザっちみたいなのがわんさかいる村ってのもヤバくね?」
「「うんうん」」

 一方で、ナーセルたちはと言えば、ルーザーのような強者ヤバイのがまだ居る可能性があるという事実に戦々恐々としていたが、

「あくまでも足が速いってだけだよ。強さはそれこそピンキリってやつだし、正直俺、村の奴らの中で一番強かったから」

 との言葉には、「そ、そう……」とちょっとホッとしたような、そんな中でも一番強かったというルーザー自身がやっぱりヤバイのではと、戸惑うことしかできないのであった。

「ちなみにルザっち1人だったら、どれくらいで着けてたと思うの?」
「あん? そうだなぁ……だいたい1日か1日半かってぐらいじゃね?」

 休憩は野宿でという条件付きだが。

「それは、凄い、ね」
「確かにあなたならできそうね……。まぁ、あなただけ行っても意味ないんだけど」

 確かにこの旅は、ポムカのトラウマ克服のキッカケ探しが目的なので、ルーザー1人が早く行ったところで、結局はポムカたちの到着を待つ他ない。

「そうだな。仮にってなっても、流石に今の俺じゃ3人ぐらいが限度だろうし、速さもなぁ……」

 そんな言葉にルーザーは、昔の俺だったらきっと速さは担保できたし、無理すれば全員いけた気がする……などと思っていたが、そんな彼を他所にポムカ。

「……じゃなくてって所に恐怖しか感じないのは、私だけかしら?」

 少なくともお姫様抱っこなんていう、甘酸っぱい青春を感じれるような運ばれ方は期待できないと呆れつつ、馬車の移動で本当に良かったなぁとしみじみ思うのであった。

「あはは……でも、ホンマにこんな立派レッパな馬車乗れるやなんて、驚きなんな」

 一方、馬車の内装をじっくり見つめながら感慨ぶげに語るのはエル。

 確かにその馬車の荷台は、5人が乗ってもまだ十分に人を乗せられるスペースがあり、使われてる材木の醸し出す雰囲気や、屋根を覆う布の生地に設えられた刺繍には、非常に豪華さを感じれる。

「それは、確か、に」
「おかげで~、乗り心地は~、最高ですしね~」

 安く利用できる乗合馬車とは違い、貸切馬車は貸し切り故に多少の値は張ってしまうもの(ピンキリだが一番安いものでも乗合馬車よりかは高い)なので、普通遠出をするとなれば貴族や金持ちでもない限りは乗合馬車を選ぶ……のだが、何故か彼らは貸切馬車を選んでおり、しかもそんな中でもこの馬車は一番グレードの高い逸品だというのだから、見た目がこれだけ豪奢で乗り心地も良いというのは当然だろう。

「だね~。……これも勝ちって感じかな?」
「でしょう?」

 そうして、ナーセルの称賛に鼻高々といった感じのポムカだが、実は彼女らがあえて高い馬車を借りていたのにはポムカの策略による理由があったのだ。

 それが……

「おかげで~、の連中にはよく狙われましたけどね~」

 人狩りの存在だ。

 豪華な馬車。
 人畜無害そうな御者の少女。

 そんな光景を見た者はその姿をどう思うことだろう?

 人によっては微笑ましいと思うかも知れない。田舎からやってきた子が何かを売りに来たのだと。

 しかして、世の中はそんなに甘いものではない。
 なにせ、悪いことを考える者だって存在しているのだから。


 ……そう。
 悪いことを考える者。

 それがポムカの狙いだった。


「御者? ……そりゃあ、オラの村でも牛さんやお馬さんはたくさんおったし、収穫した野菜とか運ぶんのにやったことはあるんよ?」


 これはどの馬車を借りようかと、馬車を借りるために訪れたギルドにて話し合っていた時に、

「そういえば、エルって御者みたいなことってしたことあるの?」

 というポムカの問いに答えたエルの言葉。


「あん? ……そりゃまぁ、その辺の盗賊崩れなら、ガキの頃からちょくちょく潰してきたけど?」


 これは到着まで3~4日ぐらいかかるから警護をどうしようかという際に、

「そういえば、あなたって盗賊や人狩りとは戦ったことがあるの?」

 というポムカの問いに答えた時のルーザーの返事。


 この二つのピースが掛け合わされたことで、ポムカはある一つの策を思いついた訳だ。
 それが……


「まぁ、ルーザー君の、おかげで、無事だった、けど」


 あえてエルをおとりに悪い奴をおびき出し、その全てをルーザーに退治させてしまおうというものであった。


「流石だよね。実技の授業じゃ未だ勝ち星0なのに、悪い奴らはみ~んな、あっという間にやっつけちゃうってのはさ」

 勿論、自分たちも手伝うつもりでのアイデアだったが……結局出番無しでここまで来ていると、ポムカだけではなく皆こういう反応だった訳だ。

「そりゃあ、ああいう奴らは基本、強い奴らには戦いを挑まないのが常の雑魚だからな。自分を鍛えねぇような奴らにルール無用で戦っていいってんなら余裕よ、余裕」

 片手でⅤサインを作りつつ、もう片方の手だけで腕立て伏せをしていたルーザーだったが、実際、そうして人狩りや盗賊などの襲撃にこの3日で5度も遭っているが全て撃退せしめているので、流石は元勇者の称号を受けるだけはある。

 ただ、では何故ポムカはわざわざそんな真似をしようとしたのかと言われれば……それは、彼らをギルドに引き渡して報奨金を得ようとしていたからだ。

 基本的にそういった類の者はギルドに引き渡すと領主から謝礼という形で報酬金が貰え(殆どの場合は十三騎族だけだが)、更にそれが懸賞金がかかっているよう相手であれば、より多くの額が支払われることになっていたりする。
 そのため、ポムカは倒した賊に隷属紋スレーヴェを施しつつ馬車に乗せると、到着した町で彼らを換金目的で引き渡しお金を入手。
 遂には馬車を借りた際に支払った額よりも高い額のお金を得られ、この旅が快適なものとなる――という考えを持っていた訳だ。

 そして、実際その作戦はうまくいったと、ポムカはどこか自慢げに鼻を鳴らしていたのであった。
 
 ちなみにこの後、到着までにもう一度襲撃に遭うのだが、結果は言わずもがなと割愛します。

「……ま、そんなあなたがどうして魔術学校に通ってるのかは気になるけどね?」

 そうして訝しむような視線をルーザーに投げかけたポムカ。

 実際、ルーザーは魔術師(魔術を使ったり探求したりする人)よりも騎士(魔術とかも使って戦う人)に適正があるため、こう思うのも無理はない。

 しかしとルーザー。

「前にも言ったが、そんな俺だから魔術学校に通ってんだよ」

 軽く流したように理由を語ると、「わかりみが深いです~」とのフニンの言葉を筆頭に、全員納得がいったとばかりに頷くのであった。

 ……ただし。

 ポムカだけは「ふ~ん……」と真意は別の所にあるんじゃないかと疑っており、実際その通りなのだがこちらも今は割愛します。

「……って、そうだった。後で使わなかったお金渡さないと」

 そんなルーザーを眺めていたポムカだったが、そういえば報奨金は自分が預かっていたんだったと、慌てて得たお金と最初から持ってきていたお金を分けようと懐から財布を取り出している。

「そいつはどうも。……ま、使うことなんてほぼねぇんだけど」

 しかし、当のルーザーはといえば、別に急ぐ必要は無いとばかりに返事を返す。

「……そりゃ、遠出するってのに、制服いつもの姿のあなたじゃねぇ……」

 そうして見たルーザーの姿はいつも見慣れた制服姿と、確かにそんな彼にはお金の使い道などあるのだろうかと疑ってしまう。

「……あぁ、制服と言やぁ」

 一方、そんなポムカの言葉に腕立てをやめたルーザーは、腕立て伏せ状態から一気に胡坐を掻く状態になりつつポムカの方を見やると、

「出発前に言ってたその……え、えっくす? について、教えてくれよ」

 と、何かの話題について切り出していた。



 それはすっかり忘れていた出発時の話。
 馬車を準備し、いざポムカの故郷へ向かおうとしていた際のやりとりだ。

「いや……なんであなたってば、制服着てる訳?」

 勿論これがただの旅行じゃないとわかっているのだが、それにしたって遠出をするのに制服はないだろうというのがポムカたち。

「え? 別にいいじゃん。動きやすいし」

 しかし、そう言って右へ左へ体を動かすルーザーは、体が突っ張る感覚も服に動きを阻害される感覚もないと喜んでいたと、どうやらその着心地にはいたく気に入っていたようだった。

「まぁ、確かに。小魔衣チィクスって便利だもんね~」

 そんな彼の言葉に賛同するナーセルだったが、

「だよな~。……って、って何?」
「いや、知らないで着てたんかい!」

 どうやら本人は、その服が持つ特別な性能を知らずに着ていたようで、ナーセルはつい呆れてしまう。

 しかしとポムカ。そんなナーセルのツッコミに、「……ま、何となくそういう気がしていたけどね」と言うや否や、スッとその視線をエルに向けている。

「……え?」
「ジー……」

 無論、これは「あなたは知っているわよね?」というポムカによって試されている視線なのだが……

「……き、聞いたことはあるんよっ?!」
「……ハァ」

 残念なことに、ポムカが出した課題には、エルは合格できなかったようだった。

「? ……それより、お前たちの方こそいいのか? せっかく良い服あんのに、そんな防御力低そうなもんで」

 確かに彼女たちの服装は、今時の女子と言わんばかりにお洒落に特化したものであり、肌も所々露出していることもあってか、防御力は低そうには見える。
 ……勿論、そんなつもりで着てはいないだろうが。

 ……しかし。

「いや、普通の服にだって魔術的な防護作用が付与された物あるからね?」
「……え? マジ?」
「大マジよ」

 そうポムカの言うように、世間では魔術が一般的な技術であるため、伸縮自在で薄着だが魔術的な防御力は高いという服は、店頭に普通に並んでいたりする――普通の服に比べれば値は張るが。

「そもそも~、防御力で選んでませんしね~」
「うん、うん」
「そっか~、俺ん所じゃこんなもん売っても作ってもなかったからな~」
「オラもこっち来た時に初めて知ったんよ」

 そうして、やはり何も知らなかったとルーザーの言葉に同調する、何も知らなかったエル。

「流石はド田舎組。期待を裏切らないね~」
「そいつはどうも」
「誉めては~、いないですよ~?」
「でも、ポムのと、私たちの、違う」
「あん? そうなのか?」
「ええ、私のは魔衣エフィクスだから……って、それも知らない訳ね。……いいわ。後で教えてあげる。ここじゃあ、ちょっとなんだし」



「……って言った後すぐ人狩りに遭っちまったから、すっかり忘れてたけど……」
「そういえばそうだったわね。じゃあ、ちょっと見てなさい」

 そう言って、何故か魔術を行使するようにマナを自分の服に流し始めたポムカだったが……突如、その透け感のあったトップスとハイウエストのパンツといったコーデが、ゆったりシルエットのロングワンピースへと変化すると、

「ほえぇっ!? ふ、服が変わったんよぉ!?」
「な、なんだそれ!? どうなってんだ?!」

 ド田舎組はその様子に度肝を抜かれたといった風に驚いていた。

「これが魔衣エフィクス。マナを流せばこうして色んな形に変化させられる便利な服よ」

 そんな2人に対して、その反応は想定内だったとばかりのポムカが、努めて冷静に返事をすると、それに合わせるようにナーセルも返事をしている。

「そんであたしらのが小魔衣チィクス。要は伸び縮みさせるぐらいしかできない服ってことだよ」

 魔衣エフィクス小魔衣チィクス
 それは生地に以前に魔道具という物を語った際に話した自然界のマナが固まってできた鉱石のような物――魔鉱石を溶かして練りこんだ糸で縫製した洋服のことを差す言葉だが、これに何の意味があるのかといわれれば、着用者のマナ――即ちオドに反応することで服の伸縮をある程度自在にしたり、魔術を受ける際の防御として役立ったりするためである。

 特にルーザーのような身体強化を主とする戦い方をする人間や、メゴボルのように限定解除や真技解放が自身の体に由来する魔術師にとっては、この効果は攻撃の補助にも使えるということで、実は無意識にその効能で自身の雷式虚歩らいしきこほうを強化していたのがルーザーだったりする……勿論、本人は気付いていないが。

 一方、魔衣エフィクスであればそれに加えて、いつでも色んなコーデが楽しめると、女子の間では憧れにも近い代物として受け入れられていた訳だ。

「ほ~ん。そんな物まであるとはな」

 そうして、よくできてるものだとポムカの服をマジマジと見やるルーザー。

「……あ、あんまり見ないで」

 一方、そうして本当にどうなっているんだとばかりにいろんな角度から服の様子を眺めるルーザーの振る舞いに、ポムカはどこか照れた様子で顔を背けてしまっていた。

「え? いや、見てなさいって言ったのお前じゃん」
「それはそうだけど……」

 言ってることがさっきと違うと首を傾げるルーザーだったが、

「ポムっちはほら、ちょっと心配してるんだよ。どこか変な所はないかな~ってさ」

 とナーセルがポムカの気持ちを代弁する。

「変?」

 魔衣エフィクスは縫製を丸々変化させることができる代物であるが故、ちょっとでも魔術の操作をミスると思い通りの形にならず、下手をしたら中が見えてしまいかねないとナーセル。

 しかも、変形途中などは光っているから大丈夫とはいえ、それでもどこか見えてしまうのではないかと気が気じゃないとも。

「だから、見つめられると、ちょっと、緊張」
「そ、そういうことよ」

 だから、あの場じゃなくて後でと言ったのだとも照れながら語るポムカには、

「そうかい。そりゃ悪かったな」

 とルーザーはすぐさま顔を離すのであった。

「そういうこったら、オラたちじゃ魔衣エフィクスは着れんのよな」

 一方、その話を聞いて率直な感想を口にするエルだが、実は先ほど魔衣エフィクスは憧れの品と言ったのも、それは値段の高さのことではなく、マナの扱いのことが大きかったりする(値段が高いのも事実だが)。
 要はエルやルーザーのようにマナの扱いが苦手な人間が着たところで、魔衣エフィクスを正しく操ることはできないのは明白なのだから、同様の人間にとっても憧れ止まりにならざるを得ないという訳だ。

「……まぁ~。ポムちゃんは~、別のことで~、緊張してると思いますけどね~」

 しかし、一方でフニンはといえば、どこか含みのあるように何かを語ると、

「だね~」
「うん、うん」

 とナーセルとルーレも同調している。

「別の事って?」
「そりゃあ……ねぇ?」

 そうして、ニヤニヤとルーザーを視界に入れた3人の視線の真意は理解できぬとルーザーは首を傾げるも、言わんとしがたいことを理解できたとポムカだけは、瞬間湯沸かし器の如くパッと顔を赤らめつつ、「……なっ!?」と声を上げてしまう。

「ち、違っ! 別に私はそんなじゃ……」
「え~? 本当に~?」
「怪、しい」
「ですよね~?」
「あ、怪しくありません! そもそも、私は別にこいつのことなんて何も……」

 その弄りは受け入れがたいと、ポムカは顔を赤らめながら必死に抗議をするもナーセル。

「そうかな~? 昔は今みたいなゆったりした服も結構着てたのに、今じゃの影響……かはわからないけど、動きやすい服しか着なくなったじゃん?」
「そ、それは……」

 顔を近づけながらそんな指摘をしてきた彼女の言葉には、流石のポムカも痛い所を突かれたとばかりに驚くと、何か言いたいのに何も言えないと戸惑う姿を見せてくる。

「ねぇ~? どうしてだろうね~?」
「……っ」
「もう、楽に、なった方が、いい、よ?」
「ですよね~」

 そうして、今が攻め時とナーセルに続いてルーレ&フニンもまた顔を近づけながら、ポムカに何かを認めさせようと落としにかかる。

「早く認めちゃおうよ~?」
「ですです~」
「応援、する、し」
「ねぇねぇ? ねぇねぇ?」
「ねぇ~、です~?」
「ねぇ、ねぇ?」

 顔を真っ赤にしながら俯くポムカが何も言えないでいるのをいいことに、どんどん追い詰めていく彼女ら……だったが。

「……だぁ!!」

 突然、大きな声を出しながら、両手を上に伸ばしつつ立ち上がったポムカはといえば……

「な、何か、言いたいことがあるのなら……ちゃんと言わないとわからないわよ?」

 と、口角をヒクヒクさせながら、笑っているのに愉快さを一切感じさせないといった表情で、3人を睨みつけてしまうのであった。

「あ、ヤベッ! ちょっと攻め過ぎた!!」
「ツンデレが極まると~、殺意になるんですね~?!」
「これを、ツンデレ、言っていいかは、議論の余地、あr……」
「……何か?」
「ひぃ!!」
「に、逃っげろ~!!」

 そうして、馬車から飛び降り後方へと走り出す3人。

「あっ! ま、待ちなさい! あなたたち!!」

 一方、その怒りを表現するかの如く、その恥じらいを誤魔化すかの如く、掌から炎を溢れさせていたポムカもまた、彼女らを追って走り出す。

 そうして、まるで青春の1ページと言っても過言ではな……いや、過言か。そんな生き残りでも賭けているのかといった様相の鬼ごっこを始めた4人を、呆れた表情で見つめるルーザー。

「……なにしてんだ? あいつら」

 そんな彼の言葉には、「あ、あはは……」と乾いた笑いしかできないエルではあったが、

「……まぁでも、仲良しなんはええことなんよ」

 との発言には、「……だな」とルーザーもまたその仲睦まじさを受け入れる。

 曰く、彼女らは奴隷時代に出会ったというが、そんな彼女らがこうしてふざけ合えているのも、偏にポムカのおかげではあるのだろう。

 それでも、合縁奇縁という言葉があるように、彼女らとの出会いはきっとポムカにとっても有意義だったに違いなく。

 だからこそのこのやり取りに、自分が口を挟むのは野暮かとルーザー。

「お~い。あんま遠くには行くなよ~。遠くに行くと、戻るの大変だからな~」

 こうして、そんな4人のやりとりを微笑ましく見守っていたルーザーが言葉をかけると、そのうち帰ってくるだろうとは思いつつ、やや馬車のスピードを下げたエルはといえば、そのまま馬を目的地へと走らせるのであった。
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