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第1話

忠直は慷き慨る 第七幕

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「……お前たち! 無事だったのか!」
「先生?」

 その声に皆が皆(メゴボル、ナカリーラ除く)そちらを見やると、そこには最初にルール説明をしていた教師クゴットの姿があり、そのボロボロの様相を呈していた彼の姿を認めた全員は、その姿に驚きの様相を見せていた(メゴボル、ナカリーラ、ルーザー除く)。

「って、どうしたんですか!? そのお怪我!」
「ああ……ちょっと隙をつかれてな」

 その姿を見るに、どうやら巨大化した木の根っこに叩きつけられた後、何とか無事でいられたようだ。

「突然、教師全員があの樹の根っこみたいな物に空まで持ち上げられてな。そうかと思えば今度はすぐさま地面に叩きつけられそうになって……咄嗟に対物結界鎧ハイリアル・アーマメントを付与したおかげで俺を含め教師全員無事だったんだが……今の今まで根っこの下敷きになっててな。今まさに何とか這い出てこれたって訳だ」

 クゴットが指さした所にあった最も大きな樹。

 その根っこが動いたという事実に皆、驚きを隠せておらず(メゴボル、ナカリーラ、ルーザー除く)、あんなものの根っこが動いたりするのかと恐怖心すら抱いてしまう(メゴ……以下略)。

「他の皆さんは今……」
「勿論、他の奴らも無事に這い出てこれたさ。ただ、何人かの奴らは重症でな。動ける奴らだけでも、こうして森の外に出てきた生徒がいないか見て回って……ぐっ!」
「先生!」

 右腕を抑えながら膝をついてしまうクゴット。

 流石は魔術に精通している者なだけあってあの危機を乗り越えたようだが、完全に無傷という訳にもいかなかったようで、クゴットの腕は痛々しいほどの血が噴き出していた。

「今、治療、します」
「すまない……」
「だらしねぇな。根っこの攻撃程度で教師がそのザマなんてよ」

 そうして、クゴットの治療をしているルーレを他所に、肉を食いながらクゴットを蔑むルーザー。

「……あ。それ……オラの……」
「ちょっと! あなたねぇ」
「だってそうだろう? 俺たちをこんな所に連れてきやがった奴らがそのザマじゃ、何かあった時どうすんだって話じゃねぇか」

 確かにルーザーの言うように、頼みの綱である教師陣が何ともできないことが起こっている場所に連れてこられるというのは、酷く恐ろしい話ではある。

 それが理解できてしまっているからこそポムカも「それはそうだけど……」としか言えない様子。

「それ……オラの肉……」
「不甲斐ない話だが、全くもってお前の言う通りだよ……って、さっきから何食ってんだ?」
「何って……狩った猪の肉だけど?」
「しかも、オラが育ててたやつ……」
「いや、たぶんそうなんだろうとは思ったが……何でわざわざ討伐した猪をって話で……」

 一方、ルーザーが解体した猪の残骸を尻目に、当然の疑問を投げかけるクゴット。

「そりゃ、どうせ狩るなら久々のお肉を堪能したいんよって、エルがな」

 それにルーザーは、話はエルに聞いてくれとばかりにバトンを渡す。

「なるほど……この元凶はあなたと」
「いや、そ、それはその……」

 ポムカにジトっとした目で見つめられたエルは、下手なことを言えば怒られかねないと冷や汗を掻いている。

「……まぁ、どうせ、学校じゃ美味しいものが食べられないからって、ここでまかなおうって魂胆なんだろうけど」
「あ、あはは……」

 呆れたように言うポムカの言葉に、照れ笑いのような、もはや笑うことしかできないといった風のエルだが、その様子を見るに彼女の言葉は真実であったようだった。

 そうして、クゴットは理解したのか、それとも一生理解できないと諦めたのか、「そ、そうか……」と一言だけ告げ、以降そのことについて言及することは無かったのであった。

 ちなみに、何故エルは学校では美味しい物を食べられていないのかといえば、エルが最下位コンビと呼ばれているところに理由があるが、今話こんわでは関係が無いので詳細はまたいずれ。

「……でも、これってやっぱり先生たちも知らないことなんですね」
「ああ。俺たちも突然のことで驚いてる。だからこそ、こんな怪我するほど油断した訳だが……」
「……なに?」

 ポムカとクゴットの何気ない会話を聞いて、少し様子が変わるルーザー。

「これ、学校の試験じゃねぇのかよ」
「ああ、俺たちも聞き及んでなかったことだ。実際、首謀者と思しきとも邂逅したしな」
「1人の男、だと?」
「もしかしたら、共犯がいるかもしれないが……」
「そういえばルザっちたち、最初の集合の時いなかったから、もしかしてこれも試験の一環だって思ってた系?」
「……あ、ああ。魔術学校の授業ってここまでやんだなって、来た時エルと驚いてたぐらいだ」

 確かに伸びた様を見ていないのなら、そう勘違いするのも無理は無い。魔術は何でもできるというのがこの世界では常識なのだからなおのこと。

 だが、その話を聞いてこの事態の真意を知ったルーザーは、何を思っているのか、ジッと森の中を見続けている。

 一方でポムカ。

「そういえば……そもそもあなたたち、何で遅れて来たのよ?」

 と言いつつエルを見ると、それに合わせて全員がエルに視線を向けている。

「そ、それはその……オラが村で使ってた調味料がどこにもないんやって、ずっと探してて……」

 そんなエルのまさかの答えに、「なにしてんのよ、本当に……」と呆れるしかないとポムカ。

「し、仕方ないんよ! 冷蔵庫ないないやから、朝市で買わんといかんやったし……」
「まずここでバーベキューするって発想を止めなさい」
「あう~」

 そうして、もはや子供を叱る母親の様相を呈していたポムカとエルのやり取りだったが、一方の共犯者たるルーザーはそんな彼女らのやり取りを聞いてはいない。

 代わりに彼が聞いていたのは……森の中のこえだった。

 雄叫びが聞こえる。
 ――これは大きい獣のものだ。

 悲鳴が聞こえる。
 ――これはか弱い人間だろう。

 かすかに、でも確かに聞こえてくる音に、耳を傾け続けていたルーザー。

「中で教師どもが助けてんのならいいかと思ってたけど……そうじゃ、なかったんだな」

 道理で悲鳴がやまない訳だと心の中で思う彼。

 エルの実力を考えて、悲鳴が収まるまで――即ち、魔獣の数が減るまでは森の外付近で活動しようと思っていたことは間違いではなかったが、彼の中の何かにとってはそうではなかったのだろう。

「どうやら、お前の言う通りにするべきみたいだな」

 とポムカに告げたルーザーは、食べていた肉を使っていた箸ごとエルの口の中に突っ込むと、「ちょっと行ってくる」という言葉を残して森に向かって走り出してしまっていた。

「ふごっ!?」
「え? 行くって……ちょっと?!」
「すぐ戻る!」

 慌ててついて行こうとしたポムカ(とプルニー)だったが、身体強化に魔術の才を振り切ってる男の軽いジャンプに追い付ける訳も無く、ひとっ飛びで森の中へと入ってしまったルーザーをすぐに見失ってしまうのであった。

「ルーザー様ぁ!」
「なによ、あいつ。急に……」

 確かに急にとは思うものの、実はこれは決して急なことではなかったりする。

 なにせ、これは昔からそうなのだから。

 そう。
 これは彼の血が騒ぎだしてしまっただけのこと。

 あの頃の……
 あの時の……

 世界を救おうとした訳ではなく、ただ黙って見ていられなかったという理由で世界を救ってしまった勇者と呼ばれた頃の血が、騒ぎ出してしまっただけのことなのだから。

「……まぁ、実際あいつの前じゃ私たちは足手まといだから、ついて行ってもしょうがないんだけど」
「ルーザー様ぁ……」
「あなたも諦めなさい」
「うぅ……」

 そうして、ついて行こうとしていたプルニーを引き留めつつも、置いて行かれたことにどこか不満げのポムカだったが、すぐさま考えを改めると、

「ま、私たちは私たちのできることをしましょ」

 と告げると、上空に向かって魔術を放つ。

「ん~? 何してるんですか~?」
「皆も手伝って。こうしてれば、森の中の子たちの目印になるかもでしょ?」
「なる、ほど」
「そういうことでしたら~!」
「……ウマウマなんよ~」
「あなたも手伝いなさい」
「はうっ!」

 自分が焼いたお肉の味に満足いったという様子のエルから、箸を奪い去ったポムカ。

 そうして、仕方なく魔術を行使し始めたエルを尻目に、

「……なら、俺は森の出口付近で待機していよう。こっちに来ようという生徒たちが魔獣に襲われたままであれば問題だからな」

 不平は述べつつ、一応教師としての仕事は全うしようという気はあるようだとクゴットは、ルーレに治療してもらって傷はだいぶ塞がったとはいえ、痛みだけは残ってしまっているという体に鞭打って立ち上がると、そのまま森の方へと歩き始める。

「……ほら~! メゴっちとナカっちも手伝って~」

 一方、より魔術の音を響かせるには手が多いに越したことは無いと、ナーセルは膝を抱えて落ち込んでいたおもらしコンビに声をかけるが、しかし未だに現実には戻ってきていない2人には何を言っても無駄であると、

「ボクは貴族……ボクは貴族……」
「パンツの中黄色ナカキイロ……パンツの中黄色ナカキイロ……」

 と、2人は虚ろな目でブツブツと言うだけで役には立たなさそうだった。

 そうして、仕方ないからそいつらはもう諦めようというポムカの言葉に、やれやれといった表情のナーセルは2人を諦め、ポムカたち同様魔術を放ちながら「こっちは安全だよ~!!」と大きな声を出すと、まだ森の中を彷徨う生徒たちに安全地帯の存在を知らせ始めるのであった。
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