アナザーワールド

白くま

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国外遠征編

第十三話 〘トラブル〙

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楓が召喚されて2年。ブリンゲルに吸血鬼が襲ってくることは無く、警務隊も警察と同じような仕事をする毎日だった。 それというのも、人間と吸血鬼との間にはある条約が結んであるのだとか。それは、人間界で大罪を犯した悪人を極刑の代わりに吸血鬼へ明け渡すという条約だ。内容は惨いの一言で、明け渡された人間の後の事は誰も知らないらしい。しかし、その条約がなければこの世界は毎日が人間と吸血鬼の血をめぐった激しい戦争になってしまうのかもしれない。
 2年前、做夜を手にした楓は斎藤蓮が管轄する警務隊遠征局第一部隊に配属され、毎日任務をこなしながら訓練場で修行をしていた。元々楓はマナの絶対量が多い上に、做夜は封印されていた妖刀。中身が吸血鬼である為、使用者の身体能力まで飛躍的に向上している。しかし、中身が吸血鬼である事は楓以外知らない情報だ。その事もあって楓の今の実力はブリンゲルの中でも5本の指に入るほどに成長し、国を挙げての任務にも参加している。
 そして、今日は楓が警務隊に入隊してからちょうど2年になる日。その日は同時に、楓が人を殺した日でもあった。

「隈界さん。1年間また平和でした。来年もこのまま平和な日が続けばいいですね。」

 楓は墓石に水をかけながら呟いた。今日は隈界冬四郎の命日だ。楓にとって忘れられない一日、忘れてはならない一日なのだ。

「楓ー。蓮君が呼んでるよ。」

 不意に聞こえる柚枝の声。恐らく何かの任務なのだろう。

「ごめん!今行く!」

 楓は冬四郎の墓に頭を下げ、柚枝元へと急いだ。


 警務隊遠征局第一部隊会議室。
 ここは楓の所属する第一部隊のメンバーが任務についてのミーティングをするための部屋だ。第一班のメンバーは隊長の斎藤蓮、内宮彩夜、一条柚枝、石峰健太いしみねけんた、そして秋月楓だ。

「全員揃ったな。では、今回の任務を説明する。」

 楓達が席に着いたのを確認し、蓮はそっと口を開いた。

「今回の任務は護衛だ。この街から4キロほど西にある沿岸に貨物船が到着する。そこから10キロ離れたアウスブルグという街まで、その荷物を運搬するらしい。俺達は、運搬中に荷物を狙う賊や魔物の処理をする。」

 蓮は街周辺の地図を広げ、位置を指さして説明を始めた。

「情報では馬車は3台。前から俺、石峰、秋月の3人が護衛に入る。内宮は秋月と一緒に行動し、時と場合で護衛の位置を変えてくれ。一条は少し離れた所から全体を把握。敵の接近に警戒してくれ。」

 各々指示を出され、楓達は順に頷いた。この作戦は刀を持ち、近距離戦に向いた蓮、健太、楓を主体に、中距離型の彩夜が全体をカバーする。

「この中で唯一、近距離も遠距離も戦えるのは一条だけだからな。…頼んだぞ?」

 蓮の言葉に柚枝は大きく頷いた。

「では、明日の朝6時にブリンゲル南門に集合だ。いいな?」

蓮の言葉に頷いたあと、楓達は人数分用意された地図を手に会議室を出ていった。


 ブリンゲル西通り。
 ここは色々な店が並ぶブリンゲルで最も栄える大通りだ。

「秋月さん。巡回ですか?」

 肉屋のおばさんが楓に声をかける。

「えぇ。まぁ、この街では滅多に騒ぎなんて起きなさそうですけどね。」

 そう言って楓が笑うと、おばさんもクスクスと笑った。

「でも、私は覚えてるよ。あんたを初めて見た時、この通りでひったくり事件が起きて、あんた犯人の男に飛びかかって行ったじゃない。」

 おばさんの言葉で思い出す。それは、召喚当日の事だ。あの時はマナも使えずにただやられるだけだったのだ。

「あの時は…。」
「私は思ったね。こういう子が警務隊になるべきなんだって。最近の警務隊は街の騒ぎひとつ一人で鎮圧できないほどだからね。強さじゃないんだよ。大事なのは敵に立ち向かう勇気さ。」

 おばさんはお肉の入った袋を楓の前に置いた。

「これ!いつも街を守ってもらってるお礼。今晩にでも食べておくれ。」
「いいんですか!?」

 楓は目の前に置かれた肉塊を見て目を輝かせた。拳サイズくらいの肉は決して大きくはないが、一人暮らしの楓にはとてもありがたかった。

「ありがとうございます!早速今晩にでも…」
「きゃぁぁぁ!」

 楓が袋に手を伸ばした途端、街角から突然女の悲鳴が聞こえてきた。楓は伸ばした手を引っ込め、悲鳴の聞こえてきたほうを向く。

「おばさん。また戻ってきますので、しばらくお肉預かっててもらってもいいですか?」
「分かったわ。気をつけてね。」

 楓はおばさんにニッコリ微笑むと、その場から駆け出した。路地を曲がり、建物の側面にある階段を駆け上がっていく。そして、屋上に着くと上から街を見渡した。

「あそこね…。」

 楓が目にしたのは複数の男が1人の女性を取り囲んでいる現場だった。

 「全く…。最低な…ん?」

 楓がその場から飛び降りようとしたその時、男達に話しかける一人の男が現れた。

「…あれは、警務隊の防衛部隊?」

 男達に話しかけたのは、警務隊の中で街の中の治安を守り、外敵から街を守る為の部隊である防衛部隊の隊員だった。戦力は防衛部隊全体で遠征局の一部隊と同じ程しか無いが、それでも他の国よりも高い戦力は備わっている。

「一人っていうのがちょっと心細いけど、ここは専門の人に任せようかな。」

 楓は飛び降りようとした足を戻し、しばらく観察する事にした。
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