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ネイキッドと翼 ケモ耳天真爛漫長男夫/モラハラ気味クール美青年次男義弟/
ネイキッドと翼 48
しおりを挟む婦人科で行った検査の結果は1週間後に出るらしい。シャンソン荘にいる頃だ。茉世はシャンソン荘に戻るつもりでいた。霖は可愛かった。何の問題もない。多少の後ろめたさはあるけれど。蓮と禅は息が詰まる。それから夫だ。明らかに関係性が変わった。妻を見限ったのか、兄嫁への好意を隠さなくなった弟への遠慮か。裏切っておきながら傍にいるのが苦しくなって、顔を見ることもできず、傍にいることもできず、茉世から避けるようになってしまった。そして彼女は自身の態度に嫌気が差した。しかし改められるでもなく、繰り返す。延々と同じことを。
茉世は自室に籠もっていた。畳に座し、無音を聞いている。彼女は頻りに唇を舐めた。そして噛んだ。キスの感触が忘れられない。思い出すことを禁じれば禁じるほど鮮明に回顧する。身体が疼いた。自身を抱く。淫らな悪寒に肌を逆撫でされていくようだ。
婚約者のいる男だ。あの娘に悪い。しかし考えてしまう。あのまま続けていたらどうなっていたか。
茉世から行動を起こしはしなかっただろう。だが拒むこともしなかったに違いない。
彼女は脚を崩した。ある変化があって、落ち着いて座っていられなくなったのだ。やがて己を抱き締めたまま、身を横たえる。腹の奥が熱を持っていた。むず痒い。だがそれは爪を立てて掻き毟りたいのとは違っていた。そしてただ物理的な刺激によって癒える様子でもなかった。おそらくこの後ろ暗い掻痒感を取り除けるのはたった一人だった。
「ん…………」
彼女は身動いだ。甘酸っぱく匂いたつ。雄蕊を誘惑しようとしていた。しかし肝心の対象はここにはない。
いけないとは分かっていた。分かっていたが、茉世の欲求は止まらなくなっていた。食欲でも睡眠欲でも排泄欲でもない。けれども、苦しい。
まだ躊躇している手が身体をなぞり上げる。その体温、大きさ、質感。求めているものとは違った。不満はあるが、無いよりはいい。
「―さん……」
望んでいる相手の名を囁いたとき、襖が叩かれた。
『茉世さん』
幻聴かと思われた。そうでなければ、子のタイミングで現れるはずはない。
『少しお話をしてもいいですか』
茉世は慌てて身形を整えた。
「はい……」
襖を開く。そこにあった表情を見たとき、茉世は永世が、常日頃から柔和な顔を繕っているのだと気付いた。
「お邪魔しても?」
先程の婚約者の姿が脳裏をちらついた。だがすでに断った話だとも聞いている。
「さっきの方は七堂木綿姫さんといいます」
茉世の無言をどう判断したのだろう。その場で話が始まった。
「婚約者だと、鱗獣院さんから……」
永世はふと目を逸らす。
「元、です。お断りしたので」
「正直、驚いてしまいました。それから、申し訳なくて……」
茉世も俯き、二人の視線は交わらない。
「家の決めた相手で、家の決めた役目ですから。茉世さんの申し訳なく思うところは何もありません。それにぼくだけではなく、霖さんや禅さんの婚約者もすでに決まっています。まだ公にすることはできませんが」
「あの方は、もう……?」
茉世は茶の間のある方角を瞥見する。
「もう帰りました」
沈黙があった。心臓が高鳴ってしまう。時間の感覚も分からなくなった。
「どうして、お断りしたんですか」
誤魔化そうとした。だが焦りすぎたようにも思う。さらに心臓は早鐘を打ち、顔が火照る。
「爽やかそうな方でしたから……」
しかし所詮、第一印象の見た目の話である。
「タイプではなかったから……だなんて理由で断ることはできませんね。女性を断つつもりでいたんです。三途賽川に尽くす一員として」
混乱を起こしている。彼女は混乱に息苦しくなった。女性を断つ。衝撃を受けた。けれど彼は果たして本当に女を断てているのだろうか。
「そ、そうなんですね。ごめんなさい、変なことを訊いてしまって……」
永世が半歩ともいえない距離を踏み出した。
「あ……」
後退ればよかった。しかしたじろぐばかりで、彼女は背後に空間があることを忘れていた。服に掠れる。匂いが届く。わずかに空気も彼の体温を纏っているようだった。そこまで来てしまえば、あとは誤差だ。茉世は胸元で肘を折ったが、突っ撥ねるためではなかったという彼女は抱擁にすっぽりと収まる。
「断ってよかったと、今なら思います」
茉世は永世との間に前膊を挟んでおいたことに安堵した。密着すれば、荒ぶった鼓動が伝わってしまう。
自制心はもう利かなかった。理性は働いている。働いているうえで、良心が機能しなかった。夫に申し訳なく思うべきだ、夫に申し訳なく思え。それだけだ。芯から湧いてこない。思えなかった。それは自然発生しなかった。ただ理性的に掲げた自罰と反省に過ぎなかった。
「永世さん」
見上げた。唇が降りてくる。重なり、啄み、触れ合うたび、永世は彼女を部屋へ押しやり、彼女もまた押しやられた分、後退っていく。襖は開いたままで、誰か来てしまえばその不義不忠の光景を目の当たりにすることができる。
茉世は掃き出し窓の脇の壁に後頭部を預け、永世と舌を吸い合った。恍惚と酸素不足で、脳が痺れる。膝は震え、力強い抱擁に応えはするが、やがて腕からも力が抜けた。壁伝いに落ちていく。彼も共に堕ちてくるつもりらしい。陶酔に身を任せ、そのうち畳に倒れ、貪り合う。
止まれない。終わらせることができない。
「ふぁ……、ん」
鼻から呼吸をするのではもう足りなかった。だが口から息を吸えば、激しく荒らされ、ずぅんと重く響く甘美の波に身動きを封じられる。
「は……ぁ」
淫らな酒を啜り、肉体の線引が失われていく。時間の概念はもう捨て去ってしまっていた。交尾に勤しむオスとメスがそこにいた。ところが交尾というにはどうにも怪しい。この牝牡は唇を吸い合い、舌を巻き付け合うばかりで、服を脱ごうとも肌を晒そうともせず、触れ合おうともしなかった。それでいて、交尾よりも牝牡が互いに絡まり合った。蛇や蚯蚓、蛞蝓に化けて、ただ一方が一方に身を委ねるのではなかった。共同作業であった。
目からも口からも涙が一筋滴り落ちていく。離れるのが怖かった。外気が吹き込んで、煮え滾った潮境は一気に冷えていく。
茉世は男の身体を抱き寄せた。加減された重みが乗る。陰阜に異質の肉感が当たる。悦びが花開く。
「ぅ…………ん」
肌に触れたくなった。背に回していた手を彼の頬に持っていった。彼女は自身の指先の粘こい熱を知る。
唇がわずかに離れた。透明な紐が紡がれていく。泥濘んだような瞳が合せ鏡になる。ふたたび距離を失うところで、物音が聞えた。茉世はそれを恨んだ。圧しかかっていた男体の重み、温もりが離れていった。
茉世に与えられた部屋は廊下まで「L」字を右に横転させた形で、部屋を2つ隔てていた。そして彼女たちは襖を開け放っている。物音の正体は角を曲がり、近付いてきている。
「失礼します」
永世は頭を下げて、去っていった。襖を閉めてはいかなかった。そのために見えた。すれ違いに現れたのは蓮だ。ケージを提げ、鉄格子のなかには滑車を回す可愛いネズミがいる。
「永世といたのか」
「……はい」
詮索が嫌になる。
「そうか」
訊かずとも分かることだ。
「プレハブを掃除するから、少しの間、どんぐりはここに置くことになった。滑車がうるさかったらすまない。ここには猫が来ないから……」
「大丈夫ですよ」
「クーラーを点けていなくてはならなくて……襖を開け放しにしてもらいたい。嫌だったら……」
彼はすぐに代案を出すことはできなかった。ハムスターを残暑で蒸し殺すというのか、飼猫に嬲り殺されるのを黙認するというのか。
「―先輩の部屋を替える」
「大丈夫ですよ。着替えるときだけ、少し閉めさせていただければ」
エアコンを取り付けたのは蓮である。業者を手配したのは。断る理由があった
としても断れない。それにくわえ、明日には帰るのだ。
「すまない」
「観てもいいですか」
「うん」
蓮はケージを置いた。茉世は滑車のなかを走る毛玉の姿を眺めた。
「かわいい……」
彼女は燃え滾る強い視線を浴びせられていることには気付けなかった。甘い女であった。小動物を前にした人の善性、聖性というものを疑わなかった。このハムスターを持ち込んだ男の無垢な邪心、自発する劣情、穢らわしい思慕を嗅ぎ取る力など彼女にはない。そして男の美貌が辛抱に歪む様を知る由もない。
「先輩」
「はい」
ハムスターは滑車から降り、大鋸屑の上を這った。溶けた餅のようでいて、ふわふわとした毛並みがよく分かる。彼女はこの小さな生き物から目を放さずに応えた。
「明日、本当に戻るのか」
「はい」
迷うことではなかった。むしろ積極的に三途賽川に残留する選択が今のところないのである。あるにはあった。しかしそれを含め、理性と道義によってこの家に残留してはならなかった。
「先輩」
「はい」
小さな生き物は給水器に向かっていた。飲み口を齧るとボトルが震え、接していたケージが甲高く鳴る。彼女も喉が渇いてきた。
「……先輩。先輩に渡したいものがある」
蓮のほうを向くと、彼は色の白い顔を薄紅色に染めていた。掌大の紙袋を半ば押し付けるように差し出した。だが彼は距離感を見誤った。胸にぶつかる。茉世はそれが故意ではないことは分かっていた。そのために無反応を貫いた。けれども蓮は無かったことにはしなかった。否、できなかった。目を見開いて、紙袋を落とし、沸騰したやかんにでも触れてしまったかのごとく手を引っ込めた。無傷なほうの手で、大火傷を負ったらしい四指の背を撫でている。
「す、すまない」
故意ではない。触れられた場所が場所だけに、茉世は意識したくなかった。彼の反応こそ、無かったことにする。
「これですか」
落ちた紙袋を拾う。
「……開けてみてくれ」
誤ってぶつかってしまった感触を、そうでなかったほうの手にも分け与えているかのような慰撫が、茉世には不快だった。それか余程、反対に、触れたくなかったものに触れたり、そうとう痛い思いをしたかのような。被害者としての立場を装っているふうに見えた。
彼女は口の閉じてある紙袋を開いた。封緘具のシールは三毛猫で、一体誰が貼ったものなのだろう。
なかを覗くと、銀色の針金が入っていた。湾曲している。イヤーフックだ。しゃらしゃらと垂れ飾りがついている。
「御守りに……」
「ありがとうございます」
耳に掛けた。耳朶の裏が冷たくなる。小さな鎖が肉癢ゆい。だがそれは耳に注がれた熱視線のためでもあるかもしれない。
「また作る」
「作ったんですか」
「うん……ブランド物じゃなくてすまない。でも、先輩のことを考えて作るから……せめて捨てないでおいてほしい」
酷評を受けたのだとばかりに、彼は眉を下げた。
「捨てたりは、しませんけれど……」
買ったものだと思っていた。細部まで綺麗に処理されている。
「指輪もある……付けてくれるか? 俺からということではなくて…………先輩は綺麗だから! 他の変な男に言い寄られるの、嫌だ」
この義長弟はクールぶっているだけだ。いざ殻を破られると、出てくるものは感情の吐露ばかりである。
「そんな心配されることでは……」
「先輩は自分の魅力に気付いていないんだな。高校のときもそうだった。みんな先輩のこと……」
方便である。嘘だ。これには茉世側も確たる証拠がある。高校時代に恋慕の告白を受けたことなどない。蓮の思い込みである。今ならば容易に想像もできる。この男は被害者ぶるのが好きなのだ。被害妄想に取り憑かれ、今や趣味となったのだ。そして現在、練りに練った妄想と真実とを混同するだけでは飽き足らず、過去を改変する段階に入っている。
「指輪は必要ありません。夫が蘭さんであることは変わりなくて、蘭さんに悪いですから」
「おでは別に構わないよ」
茉世の視界には蓮しか入っていなかった。そのために夫の突然の登場に驚く。血の気が引いていった。寒い。
「炎くんが碁の相手しろってさ。ぼこぼこにされちゃったよ」
蘭は蓮を呼びに来たらしい。弟に用を告げると、妻を見遣る。
「蓮くんが作ってくれたんでしょ? いいんじゃない。おでは気にしないし、付けたら、指輪。世間一般の人たちみたいに指輪買ってあげられなくて、ちょっと心苦しかったし」
夫は平生の夫だ。何等変わることのない、夫だ。しかし、何かが違っていた。元の夫ではなかった。
「もし、おでに悪いからって理由で何か遠慮してるなら、気にしなくていいよ。茉世ちゃんには何かと我慢ばかりさせてるし……おでが免許持ってたり、お金持ちだったらよかったんだけど……」
茉世はつい少し前の密事も忘れていた。
「ごめんなさい、蘭さん。赦してください。ごめんなさい……」
畳に手をつき、額を擦り寄せる。
「先輩……」
先に反応したのは夫ではなかった。愛人ということになっている義弟だった。
「どうしたの、茉世ちゃん」
「裏切るつもりはありませんでした」
蓮との関係については、裏切るつもりはなかったのだ。蓮との関係については、茉世の望んだものではなかった。蓮との関係については。
「先輩、顔を上げてくれ。貴女が謝るのなら、俺が謝るべきだ。貴女が謝ることじゃない」
肩に触れた手を払う。隣に人影がやってきた。
「兄さん。茉世さんは悪くありません。すべて俺の仕掛けたことです」
そこには平伏する蓮の姿がある。夫は傍へやって来る。夫が怖い。
「顔を上げてよ。茉世ちゃんは絆くんのところで謹慎したし、おでは蓮くんとの関係について許したでしょ? どうして謝るの? 謝るのはおでのほうでしょうに。ごめんね、茉世ちゃん。君を選んで人生めちゃくちゃにしちゃって。ごめんね、蓮くん。蓮くんから好きな人奪りあげて。だから二人が謝ることは何もないよ」
けれども茉世はそうは思えなかった。夫が謝る必要も感じられなかった。許された気にもならない。
夫が怖い。
「蘭さんが謝ることじゃないんです……」
「ううん。おでが謝ることだよ。茉世ちゃんがこの耳嫌いなの、知ってた」
尨毛の三角形の耳がぴこぴこ頭頂部で動いた。
「こんな化物に嫁がなきゃいけないなんて可哀想だよ。気にしないで、茉世ちゃん。義妹としての情はあるつもりなんだ。蓮くんをくれぐれもよろしく頼む」
しかし彼女は首を振った。
「もう決まったことだよ、茉世ちゃん。ね? いい子だから。蓮くん、茉世ちゃんに指輪嵌めてあげて。おでに遠慮は要らないよ」
「蘭さん……」
茉世は夫に縋りつく。
「だめだよ、茉世ちゃん。蓮くんに悪いよ」
剥がす所作も、そして事実上の妻を畳に置く所作も優しく、丁寧であった。それが妻に対する彼なりの扱い方だったのか、将又、茉世という女が大切な弟の所望する品だからに過ぎないのか。
「許してほしいとは申しません。ただ、捨てないで……捨てないでください……」
はらはらと涙が落ちていく。彼女は自身の卑怯さに気付いていた。だが今更涙は元に戻らない。
「捨てないよ」
夫の無欲が怖い。
「でも……」
「このままじゃ幸せにはなれない。おではもう行くよ」
しかしまた忽如として現れたのがいる。肩を回し、勢いをつけて蘭の頬に岩石がぶつかった。否、それは拳である。
「遅ぇわ、と思ったらまたくだらねー話しやがってよ」
鱗獣院炎は人の頬を打った拳骨に息を吹きかけた。
「腰抜けめ」
弾き飛ばされた蘭は、口元を指で拭った。
「離婚させてやる。離婚させてやるよ。オレ様が口添えしてやる。だが次は間違うな」
鱗獣院炎の眼差しが蓮を見下げる。上に立つ者の目だった。高校生の鱗獣院炎の目ではなかった。
「貴様も貴様だ。恥を知れ。叶わない恋もある。免許、学歴、そのうえ兄嫁もか。何でも欲しがるな」
垂れ目は次に茉世を捉えた。
「あんたも、旦那に謝る資格はない。許されて楽になるのは誰だと? 旦那だと? 許すのは楽じゃない。謝るとはパフォーマンス。許すとは精神労働。好きに謝ればよい。それもひとつの贖罪だとは認めよう。ただ、許しを乞うて割に合わない精神労働をするのは旦那。それでもまだ突きつけるか?」
蘭は赤く濡れた口元をぬちゃりと拭った。
「やめてよ、炎くん。許すとか許さないとかないんだよ。男所帯に茉世ちゃん引き入れて、しかも蓮くんが茉世ちゃんのこと好きなの知ってた。っていうか茉世ちゃんのコト、蓮くんが好きだから茉世ちゃんを選んだ。釣り糸垂らして魚が釣れたら、その魚が悪いの? 三途賽川の男なんだからさ、本気ならちゃんと守らなきゃでしょ。もしおでが茉世ちゃんのこと、ちゃんと愛してたら、きっともっと警戒したよ、弟たちでも男は男だから。霖ちゃんのお弁当作らないで、永ちゃんと一緒にご飯食べないで、瑠璃くんのこと雇うの嫌だってきっと言ってた。おで言ったことないよ、そんなの。だって茉世ちゃんのことは嫌いじゃないけど、妻として愛してはいないから」
茉世もまた虫の好い考えを持った俗物だった。夫に恋愛感情を向けていないのは確かだった。それでいて愛していないと言われ、衝撃を受けている。その言葉が、その音吐が強く耳にも胸にも刻まれてしまった。
恋愛対象としては見ていなかった。だが夫という関係、ひとりの傍にいる人間として情を寄せることはできた。
涙が落ちていくが、しかしそうしたいのは夫のほうではあるまいか。否、それこそ邪推なのではないか。彼の言動はそう示している。本音か虚勢か判断がつかない。夫は単純な人物などではなかった。
彼女は乱暴に目元を拭う。
「分かりました。罪悪感から逃げるのはやめます。けれどわたしは蓮さんとどうこうなるつもりはありません」
軽佻だった蘭の眸子に力が籠もる。
鱗獣院炎のぱりぱりと傷んだ金髪を掻く音と無邪気な滑車の軋りが沈黙を横切っていく。
「想い想われフりフられ……どうしても色恋ってのは努力でどうにかなるもんじゃねぇ。あんなのは甘い色した差別だからな。努力でどうにかなるもんじゃねーや」
大男は、あとは知らんとばかりに悠々とした態度で去っていった。
「プレハブの、掃除があるから……」
燃殻のようになった蓮も雲の上を歩く調子で蹌踉と出ていった。
どんぐりはケージの外の出来事など知らぬふりでからからやっている。
「酷いよ」
「はい」
「でもおでのほうがもっと酷いか」
「いいえ。蘭さんが蘭さんなりにわたしや蓮さんを慮ってくださっていたことに、わたしは気付けませんでした」
蘭は自嘲的な笑みを浮かべる。
「子供が欲しくないのは本心なんだ。男は別に、恋愛感情なくてもどうこうできる。即物的だから、見た目がよっぽどナシじゃなきゃ。欲だけでね。むしろ恋愛感情あったほうが手出しできなかったりして。支配欲じゃなかったら。力尽くでどうこうできて、こんな家だから泣いて嫌がってもそれが家の決め事として誰も気にしないと思うんだよね。そんなおでに都合のいい条件のなかで、おではやっぱり子供が欲しくなかった」
大根に毛の生えたような尻尾が萎んで畳を掃く。
「弟ってやっぱ、いつまで経っても弟なんだよね。おでより優秀で、世間を知っていても。弟たちが可愛いんだよな」
「親代わりだったようですから、当然だと思います。禅さんを見ていれば分かりますし、霖さんを見ていれば、愛されていたことも伝わります」
「蓮くんのこと、愛してとはもう言わない。でも虐げないであげて。全部おでのために心を殺してやってたことなんだ。全部、全部、おでのため。おでのことは恨んで構わないから、どうか蓮くんのことを赦してあげてほしい。きっと酷いことをいっぱいしたんだと思うケド、それはおでが曖昧な態度でいたから……もっと早く打ち明けられたらよかった。男女に友情はないと思う。それでおでたちは書類上、夫婦。でも、友人でいようよ」
夫婦は夫婦である。茉世は夫婦を知らなかった。養父は2人いるが、ともに離婚していたし、短い夫婦生活はあまり印象になかった。夫婦と男女の関係であろう。そして子を成して父母になる。友人のような夫婦の形というものはあるのだろうか。知らないものだ。不安と違和感がある。
「いいのでしょうか」
「おではそうしたい」
夫の目がまろくなる。茉世は目を伏せた。赦しを乞うたくせ、「赦す」と言われなかったことに安堵していた。まだ後ろ暗い靄が彼女の胸を食っていた。
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