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ネイキッドと翼 ケモ耳天真爛漫長男夫/モラハラ気味クール美青年次男義弟/
ネイキッドと翼 12
しおりを挟む茶の間で、永世の頬に湿布を貼った。外は明るいが、時間帯としてはまだ朝だった。しかし眠気も飛んでしまった。
「すみません……こんなことをさせてしまって」
「巻き込んだのはわたしのほうですから」
霖は部屋に戻ったはずだ。兄の凶行を目の当たりにして、深く恥入り、そうとうショックを受けているようだった。
「……霖くんが、永世さんのことをとても心配していました。もう来てくれなくなったらどうしようとか、帰ってしまったらどうしよう、とか………」
茉世は口にするべきか否か迷った。だが真意を問うてみたくなった。ぎこちない口振りに、永世は人の好さそうな笑みを浮かべる。
「蓮さんは酔っていらっしゃいましたし…………本家が来いとおっしゃられるなら、分家に行かないという選択はありませんよ」
それは棘を込めて言ったのか、はたまた、ありのままの現状を口にしたのか。
「霖さんのことはぼくも可愛く思っているんですよ。ぼくは一人っ子ですから。禅さんは、蘭さん以外には人見知りのようですからね」
茉世は、昨日起きた不思議な夢について訊ねてみようか逡巡した。だが曖昧な話なのである。
「永世さん」
「なんですか」
彼は緩んでいる表情を改めた。身構えている。
「この家は、4人兄弟ですか。6人兄弟では、ありませんか」
勘繰ってしまう間が生まれた。4人兄弟だと、何故即答しないのだろうか。
「6人兄弟では、ありません」
茉世は永世の眼を聢と捉えた。睨みつけているようでもあったかもしれない。
「三途賽川以外も含めて……?」
「6人兄弟では、ありませんね」
彼はアルパカじみた睫毛を伏せた。
「永世さんは、アイドルにはお詳しいですか」
「いいえ……あまり」
それは尋問の有様だった。
「そうですか。すみません。変な夢をみたものですから……」
「けれど、ぼくにお訊ねになったのは、何かしら確信めいたものがおありだったのでしょう?」
シャボン玉のような男の語気も眼差しも鋭くなった。質問係に、問い合わせセンターにされていることに辟易しているような……
「夢だか現実だか分からないことに、たびたび遭遇するものですから。異界がどうとか、忌み地がどうとか聞いてから……訳が分からなくなってしまって…………夢じゃないのかもしれません。尽さんと絆さんと、夫の母だという方にお会いしました」
「ですが、6人兄弟ではありません」
「お二人は三途賽川にはなれなかったからですか」
「いいえ。6人兄弟ではないのです」
永世も、いつの時代の人間だか分からない古いしきたりのなかに生きている者だ。今それを公でやれば、差別であり、問題である。良識に反している。そういう環境にいる。本家には頭の上がらない分家の彼に、あれこれと訊ねても得たい答えは得られないだろう。差別とハラスメントの板挟みである。
「すみません……現在、三途賽川にいないのなら………わたしには関係のないことですね。とりとめのない夢の話でした」
「けれど茉世さんは嫁いできて、三途賽川に入った身です。知る権利があって、こちらには教える義務があるはずなのです。しかし……すみません。分家といえど、所詮は三途賽川の部外者ですから」
三途賽川は己の事情に都合良く分家を巻き込むが、都合が悪ければ部外の者だと突き放すのだろう。
「謝らないでください。答えづらい立場の方にお訊きしているのはわたしです」
「ひとつだけ答えられるとしたら、やはり6人兄弟ではないということです」
彼はまた自信のなさそうな顔に戻った。伏せ目で、眸子は床を這う。
「永世さんは、二度寝されますか」
「いいえ。少し畑を見てきます」
茉世は自室へと戻る途中だったが、廊下の反対側から夫がやってきた。半分眠ったような有様である。
「蘭さん」
「んん~、茉世ちゃん?台所がなんか騒がしくなかった?」
彼はまだ睡眠から覚めていなかった。だが古めかしい三途賽川の家の長男である。話しておかないわけにはいかないのだろう。況してや、家長を気取りつつある次男のことである。茉世は酔っ払った蓮が永世を殴ったことや、霖が泣いてしまったことを話した。眠たげな表情が強張っている。
「今日はお客さんが来るかもしれないな……」
茉世はそれを何かしらの比喩だと思った。一騒動起こるらしかった。
「茉世ちゃんはいつもどおりで平気だよ」
夫が脇をすり抜けていく。
駐車場に大きな車が入ってくるのが、菜園から見えた。茉世は永世を手伝い、野菜に水をくれていた。永世はビニールをかけた畝に苗を植える手を止め、四輪駆動の車を見ていた。
車からハイビスカス柄のシャツを着た、麦藁帽子の男が降りてくる。サングラスを外すところだった。無精髭が厳つい印象を与えたが、現れた目元は優しげである。
客が来る、と夫が言っていたことを彼女は思い出した。
新たに拡げた菜園で、永世はすっくと立ち上がった。客人と思しきバカンス気分みたいな男は、菜園のほうを見遣って手を振った。
「久遠く~ん!やっほぉ!」
永世が傍まで出ていった。友人かと思われた。だが随分と年上のように思える。客人は40代か若作りな50代手前に見える。
「久遠くん?」
茉世の呟きを永世は拾えたらしい。
「ぼくの本名です」
それは解決にはならなかった。また疑問が増えるのみである。
「父さん。何があったんですか。どうしてこちらに?」
男は麦藁帽子をとった。アフロとまではいかないまでも、黒い癖毛が自由にやっている。
「野暮用です。そちらは蘭ちゃんのお嫁さんですか?」
人懐こそうな面構えの、近付くとそう背の高くない人物だった。
「初めまして。三途賽川茉世と申します……」
「やぁやぁ、ご挨拶どうも。ぼきは辜礫築献進と申します。久遠くんのパパです。君が輿入れするときにもいたんだよ」
永世の父親だという男は身体を傾けて、茉世と目線を合わせているようだった。少し変わり者の雰囲気がある。
玄関戸がひらいたことで、変わり者ではあるが不審者ではなさそうな柔らかな目が彼女から離れた。
「突然お呼びだてしてすみません」
夫と蓮が出てきた。夫は洋装だった。蓮も着替えている。何より、夫はしっかりと喋ることができたらしかった。普段は舌足らずで間延びし、ふざけたように喋っていたが、そういう話し方しかできないものだと茉世は思っていた。
「じゃあ、ちょっと大事なお話があるから」
永世の父親だという男は、情けない笑みを浮かべて玄関へ入っていった。丁重な扱いであった。辜礫築は分家で、三途賽川が本家とあれば、蘭と蓮の慇懃な態度が気になってしまった。本家分家にかかわらず、長幼の序というものがあるのだろうか。
「ぼくの父ですから、蘭さんの叔父です。でも、何故来たのでしょう。ぼくに連絡はありませんでしたし……」
「仲が良いんですね」
「はい。やっぱり、一人っ子だからでしょうか」
「永世さんって、本名ではないんですか」
引戸が閉まっていくのを見届け、隣にいる永世に目をやったとき、ちょうど相手も同じ動きをして視線がぶつかる。
「はい。ペンネームとかビジネスネームみたいなものですよ。芸名というか。本名は、辜礫築久遠といいます…………違いますね、こっちが幼名なんですね」
「重要書類は、どちらで………?」
「久遠です」
その即答がなんだかおかしくなって、茉世は笑ってしまった。
そこにまた1台、真っ赤な車が入ってくる。砂利の音は便利だった。永世の眉が引き攣る。平たく長い車は、光沢からしても高級車である。降りてきたのは長い茶髪に、派手な服装の女だった。そうとう、赤が好きとみえる。あらゆるものが赤い。ハイヒールも赤く、日の光を照り返している。海外のセレブを思わせた。だが玉砂利の敷き詰められた庭は歩きづらそうであった。
「おはよう、永ちゃん。来たわ」
彼女もサングラスをかけていた。宇宙人の目を思わせる。たとえ目付きがどうであろうとも、美形であることが確約されている鼻や口元であった。今は夏であるが、暑さを感じさせないスマートさである。背が高い。ハイヒールによって、永世よりも背が高く見えた。
「お久しぶりです、朱夏さん。こちらが、本家筋の……」
「お嫁さんね。初めまして。永ちゃんの継ママよ。朱夏です」
すべてが淡々としていた。
「茉世と申します……」
「かわいいわね」
それが侮りであったのか、否かは茉世には分からなかった。サングラスに遮られ、目からも表情は読み取れない。
「アンタ、殴られたの?あの人、大激怒よ」
赤いネイルカラーに彩られた示指が永世の顎を掬い上げる。
「えっ!父さん、そんなことを文句言いに来たんですか!」
「そうよ。これから一族会議だって。4兄弟の送迎しなきゃって、アタシも駆り出されたのだけれど……」
永世は青褪めた。
「お嫁さんはどうするの?」
「父を止めてきます!ばからしい!」
彼は飛んでいってしまった。海外セレブのような女と2人きりにされて茉世は気圧された。
「暑いので、お入りください」
「ありがとう」
家の中に上げれば、家事代行サービスの人々が彼女の扱いについてはよく心得ていた。茶の間に大御所女優がいるような風格であった。
茉世は脇で小さくなっていた。茶を飲んで間を持たせている。する話もなかった。
「そう硬くならないで。アタシこれでも、親近感を持っているのよ。お互い外様でしょう?六道月路のお嬢さんとは聞いているのだけれど」
「は、はあ……」
話を膨らませる前に、或いは話が膨らむ前に、廊下が騒がしくなった。
「話は纏ったのかしら?」
茉世は見にいってみることにした。
「うちの息子に何してくれてんだ、このクソガキ!」
辜礫築氏は小柄な体躯で、蘭のを引っ張っていた。
「やめてください、父さん!一体何を考えているんですか。成人した大人の喧嘩ですよ!」
永世がおろおろして、2人を引き離そうとしている。
「久遠くんは黙ってなさい。分家の人間だからでしょうな?分家の人間だから、ゴミ箱でも蹴るような気持ちでやったんでしょうが?本家の何が偉いってんです?え?」
茉世は茶の間に引っ込んだ。永世の継母だというまだ若い女は呆れた様子を見せる。
「大変、申し訳なく思っております」
「やることをやっていない本家に、一体何の威厳があるってんです?ねぇ、蘭ちゃん、蓮ちゃん。え?生まれたそのときに支配権を手に入れたと思って居る!何を勘違いしてるんです?まずは甥っ子を差し出して、安泰を証明しろって話なんですよ。分家無しに王様気分なんか味わえないんですからね!裸の王様だ、お前等は!これが本家!嗤わせちゃいけませんよ。一族会議です!こんな野蛮人、蛮族、人非人が本家筋だなんて恥ずかしい!今まで恥だと切り捨てていった方々も呼び集めましょう!姉妹兄弟7人できっちり話し合うことですよ、このタコ!身の程を知りなさいよ。え?人の息子に!本家筋だか三途賽川だか恥知らずだか身の程を知らずなんだか知りませんけど、お前等なんかが束の4人になったって、うちの息子を殴っていい権利なんか1ミリもないんですよ。分家だから奴隷同然に、サンドバッグにしていいとでも思ったんですか?このクズ!」
辜礫築氏は蘭を引き摺って、廊下に谺するような音吐で喚いた。
「恥ずかしいのは父さんです!」
「これは親子の問題じゃないんですよ、久遠くん。これは分家一同の名誉の話なんです。暴力でしか物の言えない男だから悪いのですか?これから本家は女の子が当主になればいいです!長女が!尽さんを呼び戻してくださいよ。どこ行ったんですか、あの子は!これからは本家の男の子なんか間引いてしまいしょう!こんなクズばかりなら!女の子のほうが優秀ですしね、このカス!」
辜礫築氏は蘭を玄関から引き摺りだす。
「ら、蘭さん……」
茶の間からその騒動が見えるのだった。夫が哀れになって、茉世は飛び出した。
「待ってください、待ってください!蘭さんは何も悪くないんです!」
殴ったのは蘭ではなく蓮であるはずだ。何故、蘭が……
辜礫築氏は感情が昂るあまり、混乱しているようだった。悲鳴を上げる。
「長男!貴方がいくら優しくても、貴方が処断されなくては意味がないですよ!あの出来損ないを破門しろ!次期当主になるからって、傲ってるんだ!」
当の次男はそこにいなかった。
「やめてください、父さん!やめてください!」
永世と2人がかりで蘭を引き留めた。もはや綱引きであった。辜礫築氏か蘭か、どちらかの手首が千切れるのだろう。
「あなた。恥ずかしいわよ。こんな騒ぎにして、誰が一番 気拙い思いをするのか分かっているの?」
茶の間から辜礫築夫人も顔を出した。こういう場に於いても、彼女は淡々としていた。これにはいくらか効果があったらしい。
「蓮とは義絶します。それでいかがですか」
「くだらないんですよ、そういう切った貼ったが!」
「父さん!いい加減にしてください。相手は酔っ払いで、本家か分家かなんて考えもなかったと思います。霖さんは泣いてくださったんですよ。悪く言うのはやめてください!」
茉世は心臓を押し潰された心地だった。戻れることならば、今朝に戻りたかった。そのときは、テーブルをベッドにしている酔っ払いには関わらない。この現状が、すべて自身のせいであると彼女は理解した。
「帰ってきなさい、久遠くん。高慢チキが感染ります。ぼき等はね、本家のためにと育てられて、腰を低くして、潰しの利かない人生を選ばねばならなくもなるのに……それがこの仕打ちですよ。平気なツラをして……」
辜礫築氏は息子の肩を叩いた。
「これはね、殴られたのが久遠くんだからというのもまぁ2割はありますが、普段から思っていたことなんです。でも兄貴の息子たちだから、ぼきのかわいい甥っ子たちだから………いいえ、ぼきのこの慢心が、君等の傲慢さを増長させたのでしょう。申し訳ない………申し訳ない」
彼は三和土に降り、土下座をして額を擦り付けた。
「やめてください!やめて……やめてください!」
今度は蘭が辜礫築氏を引き摺るようにして立たせにかかる。
「蓮を義絶し、霖を次男として次期当主に据えます」
癖のある黒髪が左右に揺れた。
「義絶してどうするんです。囲われるように生きてきて、今更 梯子を外すだなんて。絆くんは運良く引き取り手がいただけなんですよ。仕事も安定して。あれは才能もありましょうが運もあるんです。野良の三途賽川姓がいても困ります。柳子さんの姓を名乗らせますか……」
辜礫築氏は悄気返っていた。
「そこのプレハブに住まわせて、うちで雇います。結婚するのなら婿入りさせましょう。約束します」
「いいです……ぼきが息子を殴られた怒りは忘れます。あとは息子の心情次第で……ですから、ぼきの悪罵を忘れろとは申しませんが、要求について忘れてください。霖ちゃんはまだ若いでしょう。」
燃殻のようになってしまった。茉世は玄関ホールからそれを見ていた。彼は父親なのだと思った。人の父親なのだと思った。
「ごめんなぁ、久遠くん。それから、茉世さん」
「い……いいえ、わたしは、何も……」
辜礫築氏は礑と息子と茉世を見比べた。
「すみません……茉世さん。ごめんなさい」
忽如として謝る永世に、彼女は戸惑った。
「ぼくは茉世さんに、閨房の心得を指導するためにここへ来たんです」
「ど、どういう意味ですか……」
「セックス指南よ」
辜礫築夫人が耳元で囁いた。
「え……?」
永世を見遣れば、彼はあの自信のなさそうな顔をして俯いている。
「そうやって、この現代にもかかわらず、分家にも、本家の嫁にも、権利だの自由だのはないんです。これが、三途賽川の家なんです。辺獄へようこそ、茉世さん。結婚は本来、おめでたいみたいな風潮がありますけれど、分家の目線としてはおめでたくはないでしょうな」
辜礫築氏は肩を落とし、力無く笑った。
「で、一族会議にかけるの?用がないならアタシ帰る」
「次男は酔っ払っていて話になりませんので……帰ります。久遠くんも帰ってきたら。そうと知れたら茉世さんもお嫌でしょうし」
霖の姿が、茉世の目蓋の裏から消えない。
「夏野菜を渡す、なんて豪語してこのザマです。すみません」
作物に水をくれるのは楽しかった。農作業のほんの一部のなかの一部でしかなかったけれど。
「帰られるんですか」
「ここまで騒ぎを起こしてしまって、情けないこと、この上ありません」
「情けなくないです。いくつになっても、多分、自分の子って自分の子です。理不尽に殴られたら怒ります。素敵なお父さんだと思います」
永世の朗らかな空気感は、彼の生まれ持った性分もあるだろうが、父親から注がれた愛情由来でもあるのだろう。
「霖のために、どうか、留まってくださいませんか」
蘭が頭を下げる。はきはきと彼は喋れるのだった。
「夏の間は、蓮を追放します。それでも弟ですから……」
「過保護なのよ、あなた」
辜礫築夫人が口を挟んだ。蘭は頭を上げたが、彼女の目は辜礫築氏に向いている。
「ぼきの息子なんですよ!ぼきの息子は何歳になっても可愛いんです!」
「でもいい夏休みになりそうじゃない?ねぇ、永ちゃん。アナタ残りなさい。倅をよろしくね、茉世サン」
倅とはいうが、永世と継母の年齢は十も離れていないかもしれなかった。
「頭を上げてください、蘭さん。こちらこそ、お世話になっていいんですか」
「頼みます」
茉世は頭を上げない夫を目に焼き付けていた。
「息子を殴ったと、隠しておけることもできた事柄をわざわざ連絡してくれたのは、蘭ちゃんでしたね。感情的に怒ってすまなく思います。長男だからと、筋違いに君に当たり散らして申し訳ありませんでした」
「普段から、蓮には素行に問題がありました。今が、兄としての分岐点なのだと思います」
永世を残して、彼の父親と継母は帰っていった。
「すみませんでした。父が……」
彼は汗をかいていた。前髪を掻き上げ、青褪めた顔で蘭に頭を下げた。
「いやいや、永世くんが謝ることは何もないよ。ごめんね、茉世ちゃんも。嫌な思いさせちゃったよね」
茉世は首を振った。
「蓮さんは……どうなるんですか。ぼくは全然、気にしておりませんので……」
「永世くんは優しいな。でも、この機会を利用するみたいで、それは申し訳ないんだけど……ちょっと最近、蓮は茉世ちゃんに対しても酷いからさ。この夏は頭を冷やしてもらうよ。一族会議にかけてみないと分からないけどね。明日は忙しいな……」
蘭は明るい茶髪を掻き乱す。
「明日は、みんないないからね、茉世ちゃん。霖ちゃんも学校休んでもらって、禅ちゃんも連れていくし、もしかしたら永世くんも……どっかにお出掛けする?寂しくない?」
「留守番しております」
「そう?タクシーとか手配しなくていい?」
「はい。霖くんから、自転車も貸してもらえましたから」
蘭は色々な顔を持っていた。先程はドラマで見る会社の重役みたいに凛々しかった。かと思えば、これもドラマでありがちな梲の上がらないサラリーマンみたいに情けなく笑う。
「蓮くんのいない間は、2人も一緒にごはん食べよう。おヨメさんとごはん食べないのもおかしな話で、いとこと一緒にごはん食べられないってそもそもおかしいな話だったんだよね」
だが永世はゆったりと首を振った。
「伝統です。霖さんや禅さんに示しがつきません。父の言い分を気にしているのであれば、忘れてください。おれは結構です。ただ、家事の観点で問題があるのであればご一緒します」
茉世も焦った。
「わたしも、このままで……」
大人数での食卓は、彼女にとって息が詰まった。永世と食っているほうが楽しかった。そこに一品、二品、手前で作った物を持ち寄るのも。
「そう……?分かった」
蘭は確かに困惑の色を滲ませていたが、それでもその態度は平生と変わらず温厚であった。
茉世と永世は小さな菜園へと戻った。
「いいんですか、茉世さん」
おそらく食卓の話だった。
「はい。一人で食べるのが好きですから……それか、2人か」
六道月路楓が養父になる前の食卓が思い出された。背後には六道月路の人々が食卓を囲み、茉世は壁向きに作られた机でひとり、飯を食った。団欒で飯を食うことに慣れていない。
「そういうつもりではないとは分かっているんですが、嬉しかったです。穢れは食事から……って教えが、昔からあって……信じているわけじゃ、ないんですけど、刷り込みって怖いですね。でもやっぱり、一人で食べるの、少し寂しいですから」
「わたしは、嫁が旦那の前で食事をするのは色気がないから……みたいなことを言われました。でも、気を遣いますから、やっぱりこのままが一番がいいやって」
自信のなさそうな顔がわずかに華やいだ。
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