彩の雫

結局は俗物( ◠‿◠ )

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 長春ちょうしゅん小通りという不言いわぬ通りに接した通りにある雑貨店に向かう。男女の2人組や親子が多く見えた。店の周りは柔らかな花の香りがした。群青の動きは固く、足取りが重い。
「足、痛くなっちゃった?」
「あ…いいえ…すみません。遅かったですか」
「ちょっとぎごちなかったから。痛かったら言ってね、悪化したら大変だから」
 可憐な店の雰囲気に気圧けおされているらしかった。群青はゆるゆると首を振った。店を包む淡く甘い花の香りの中に清涼感のある匂いが薄く混じる。
「こういうお店は初めてで…。情けない話ですが少し緊張しています」
 瀟洒しょうしゃな酒屋に入るわけでもない。甘い雰囲気を狙った雑貨屋で、外観もわずかに見える内装も落ち着いているが淡い色調で統一されている。だが何より甘いのは仲睦まじげな男女の2人組だろう。年代はそれぞれだが、品物を取って笑い合い、手を繋ぎ、寄り添う姿が見受けられる。灰白はあまり気にならなかった。不言いわぬ通りでは珍しくない。勤めていた茶屋にもそういった2人組はよく目にしていた。四季国と比べると少し開放的な文化なのだと思った程度だった。
「なんで?普通のお店でしょ?ちょっと恋人連れの人多いから?」
 困っているくせ微かに口角を上げた群青の知らない部分を垣間見ていくことに息苦しさを覚える。
「…極彩様も…そう見えてしまったら、申し訳ないと…思って…」
 本当に済まなそうに群青は俯いている。嫌だったのだろうか。花緑青はなろくしょうの年齢は詳しくは知らないが外見的年齢でいえば、この雑貨屋の客層から外れていないと灰白は思っていた。群青と恋人に見えてしまうことなどまるで気にしていなかった。その意識すらなかった。
「群青殿、わたしと一緒にいてそう見えたら嫌?」
「そんなことはございません!ただ…」
 行こ。灰白は怖気付いたらしい群青に手を差し出す。群青は灰白の目を一瞥して、それから左手をおそるおそる灰白の手に乗せる。花の甘い香りへ入っていく。
 強すぎず、少し弱いくらいの照明の店内には髪飾りや首飾り、指輪やその他小物や衣類、菓子が売られている。2人はゆっくりとそれらを眺めてから目的の手巾が売られている棚の前で立ち止まった。様々な生地や色合いの手巾。花緑青はなろくしょうにはどれが似合うだろう。刺繍を入れるならどれがいいだろう。話し合う。もともとの手巾と同じ、細い木綿糸の繊維の荒い生地にした。通常の綿紗めんしゃよりもふわふわと柔らかい。金糸に縁取られた紅色と青みがかった緑の折鶴が刺繍されている。同じく長春ちょうしゅん小通りにある黄丹おうに裁縫店と大きな看板の目立つ裁縫店へ向かった。この辺りでは最も大きな裁縫店らしい。入れる字は決まっていたが糸の色でまた迷い、赤い折鶴の刺繍と同じ色の糸にすることに決まった。2時間半待つことになって、群青が連れて行きたいところがあるのだと言い出したため、その2時間半はそこへ行き時間を潰すことにした。長春ちょうしゅん小通りの先にある寂れた商店街と住宅地を通り抜ける。知っている土地かと問われたが、知らない土地だった。不言いわぬ通りの一部と以前住んでいた長屋付近以外はほぼ知らない。段々と建物もなくなり、土地が高くなった林が見え始める。紫陽花に挟まれた長い階段だった。群青は階段が見え始めると立ち止まって灰白もまた立ち止まる。どうしたの?とばかりに群青を見る。
「あの階段を上るのですが…考えなしに舞い上がってしまって…」
 遠慮がちに言って群青は顔を伏せてしまう。
「わたしは大丈夫だよ?歩行訓練なんでしょ?群青殿が大丈夫なら」
 安堵したらしく顔を上げた。上に休む場所もありますので。群青はそう言って紫陽花が道を作る階段へと進んでいく。急ではないが長い階段だった。城下と城を繋ぐ長い坂のようにこの階段も緩く螺旋している。赤く錆びた手摺りによって登りと降りが隔てられていた。青や赤、白の様々な紫陽花を眺めながら上を目指す。水の流れる音が小さく聞こえはじめる。階段の終わりが見えた。広い敷地に視界が開ける。疎らに人がいる。敷き詰められた玉砂利と石畳。黒く照りつける石材を使った流水を魅せる造形物。水面に花が浮かんでいる。それは蓮にも見えた。わずかに景観を壊す出店もある。群青に促されて近くの長椅子に腰を掛ける。高い土地にあるため、風月国の街を見渡せた。それほど高い位置まで登った実感はなかった。
「綺麗なところだね」
 広場や公園かと思ったが、流水の造形物の奥に小さな寺が見えた。寺の奥は林らしい。寺そのものよりも散策などを目的としている人々のほうが多いように思えた。
 群青は柵に手を掛け街を眺めてから、座った灰白に向かい合った。
「少し季節を外してしまいましたが…わたくしの好きな場所なんです」
 街と空の境界。そよぐ風。隣の群青の香りとほのかに混じる薄荷の匂い。何故この男と共にいるのか。本来の目的を忘れそうになる穏やかな時間。
「良いところだもんね」
 少し待っていただけますか。灰白は頷いた。群青は長椅子から離れていく。灰白は座ったまま街を見渡す。城が見える。外から見ると思っていたよりも大きかった。城の敷地に住んでいても城の全ての場所に行ったことがあるわけではなかった。そして縹の住んでいた洗朱通り。以前働いていた茶屋のある不言いわぬ通り。名も知らない小さな通り。紅はこの街のどこかで暮らしている。幸せに暮らせているだろうか。ここでなくても灰白の視界には収まっていない遠い街に移り住んでいたとしても。
「お待たせいたしました」
 群青が目の前に何か差し出す。小麦色の薄い膜に包まれ、果物や茶屋の注文の中にあった、添える程度の液体とも固体ともいえない白く柔らかい乳製の物が螺旋を描いている。茶屋ではそれを生クリームと説明されていた。
「どうぞ」
「…ありがとう」
 受け取ると、見た目よりも質量があった。凝視していると群青はおきらいでしたか、と問う。
「違くて!…初めて見たから…」
「そうでしたか。クレープといいます。甘いですよ」
 口に入れる。甘い。美味しい。冷たさが広がる。中に氷が入っているのか。水っぽさはないが、牛乳のような風味と、牛乳にはない甘さがある。
「女性が喜ぶ物、正直分からなくて…」
「すごく美味しい。ありがとう!」
「縹殿から少し世間の文化と違う生活をなさっていたとお聞きしていたものですから…お口に合えば良かったです」
 隣に座る群青がくすりと笑う。クレープという甘味から顔を上げる。小麦色の薄い膜のもちっとした食感が気持ち良い。
「叔父上そんなこと言ってたんだ」
 縹がそのような説明をしていたのは初めて知った。少しの恥ずかしさが込み上げる。
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