彩の雫

結局は俗物( ◠‿◠ )

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「群青殿、珊瑚様と仲良かったんだ?」
「はい。曖昧で申し訳ないのですが、少なくともわたくしはそのつもりでおりました。その頃のわたくしは珊瑚様の教育係で」
 珈琲の液面を群青はじっと見ている。
「自分が向き合わねばとは、思うんです」
 何かを恐れているような、躊躇っているような空気を感じる。一呼吸置いている。灰白は急かさないようにと甘味に集中した。
「ですがわたくしは、公子を処しました。この手で…、すみません、少し重い話でしたね」
「ううん、いいよ、続けて。今日1日は群青殿にあげるんだから」
 小さく歪む美しい眉。泣きたいのなら泣けばいい。悲しいなら悲しいと言ったらいい。だが群青はそうしない。
「嫌でした。…朽葉様に、ゆくゆくは国の頂点に立っていただけるようにと、わたくしは軍事や政治や律法を学んでいたのに…まさか自らの手で、処さねばならなくなるなんて」
 仕事として群青は自刃した朽葉の首を斬った。
「三公子に今更弁解するつもりなどございません。ただわたくしは何も申し上げられないのです。向き合っていただこうとも、思う立場にはないのです」
 白玉は好きだが食べていたのを忘れていた。気付くと皿に白玉は1つ。
「群青殿、1コ食べる?」
 群青に皿を傾ける。思い詰めた様子の群青は小さく頷き珈琲を混ぜていた小さな匙で残り1つの白玉を掬う。利き手でないにもかかわらず、少し慣れた様子でぎごちなく。縹の言葉を思い出したのは群青が白玉を口に入れた直後だった。甘い物が好きではないと。この白玉は灰白にとってはそれほど甘くはなかったが性格上断れなかったのだとしたら、悪いことをした。
「美味しいです」
「…よかった」
 苦々しかった顔が幼く綻ぶ。城では、仕事中では見慣れないそれが胸に響く。
「今日、極彩様をお誘い出来てよかった…」
「何言ってるの。まだ第一目的は果たしてないじゃない。どういう感じの物にするかは、決まってる?」
「はい。花柄らしい物があるばそれを…。それから刺繍を入れたいのですが、元の物の文字が分からなくて…花緑青殿に合う言葉、何かありますでしょうか」
 さきほどよりかは顔付きが穏やかなものへと変わっている。
「そうだなぁ…そのまま、舞、とか?」
「芸妓ですものね。舞、いいですね」
「いつも渦巻きみたいな紋様入れてるから、渦、とか」
 花緑青の姿を思い浮かべる。第一印象は、初対面の時には紫暗のことで頭がいっぱいでよく覚えていない。
「渦ですか」
「群青殿は何か候補あるの?」
 群青は困ったようだった。何も考えいなかったのだろうか。真面目なのは仕事ぶりから見てとれるが、私的な部分では不眠不休だったり怪我を押したりとあまりこだわりがなさそうで、もしかしたら考えていないかもしれない。
「発想が乏しくて恐縮でありますが…、紅、かなと」
 一瞬灰白はびくりとした。以前共にいた人物の名が出されるとは思わなかったからだ。
「あの渦に似た模様の色味が紅色だったので…刺繍の色も薄紅色でしたから…桃色だったような気もしたのですが、汚してしまったので…」
「なるほどね!」
 動揺を隠す。理由を聞けばその通りだ。小顔に大きく描かれた渦巻きの化粧は確かに紅色だった。
「ですが極彩様の意見を聞いたら、舞がいいと思いました。舞にします」
 群青が軽やかに笑う。そういう笑い方が出来たのかと思った。壊すものが増えていく。だが壊されたから。だから壊す。そこに群青がどれほど関与していのか、または関与していなかったのかなど関係ない。情は捨てろ。縹の言葉に縋る。躊躇いは必要ない。でも今は。


 茶屋を出る。群青が支払いを済ませている。1日をいただくとはこういうことです、と言って譲らなかった。雑貨店に向かう途中で灰白は懐かしい姿を目にした。
月白げっぱく師匠!」
 人通りの中のひとつ。後ろから灰白を抜いていった白い髪が灰白を振り向く。群青が暖簾をくぐり店から出てきた。四季国の者との接触を見られるのはあまりよいとは思えない。だが。
 灰白に呼ばれた人物は眉を下げ、困った笑みを浮かべる。この国の早朝の空を思わせる淡い紫の双眸が細まる。他人の空似か。そういう表情をする人ではなかった。
「どなたか、お知り合いでも…?」
 群青が立ち止まったままの灰白の視線を辿って問いかける。
「…え?」
 振り返ると同時に腰に子どもがぶつかる。群青の一瞬で険しくなった目にも気付かなかった。白髪の青年のほうへ走る子ども。仔猫を摘み上げるように白髪の青年は子どもの襟首を掴み上げ、軽々と持ち上げる。
「平和ボケしてるのと違いますか」
 右眼だけに掛けられた丸い眼鏡。顔は瓜二つだが灰白の記憶の中で剣を振るう姿とは雰囲気が違う。声はおそらく似ているが、この青年はどこか発音が特徴的で思い出の中の師とはやはり異なっている。
「盗みは明かないで」
 子どもが手にしているのは灰白のよく知っている小物入れだった。灰白は自身の持ち物を確認する。無い。
「治安悪いんよ、この辺りも。だけん、嬢ちゃんも気を付けなっせ。カレシも」
 白髪の男は子どもの手から小物入れを取り上げ、灰白に放り投げる。そしてその手で群青を指差して口角を吊り上げた。その所作に灰白は、違う人だと思った。
「坊はこれでまま食べり」
 掴み上げたままの子どもの手に銭を握らせてから落とすように放す。妙な喋り方の白髪の男はやはり灰白の知る人物ではない。記憶と違いすぎている。外見以外は。
「あ、の。ありがとうございます」
 他人の空似で勘違いかも知れないという思いが強くなるくせ、まだ残る小さな期待はそれらを上回りそうでもあった。白髪の青年が背を向けて、去っていく。追いかけねばと思ってしまった。群青が大丈夫ですか、と控えめに声を掛けた。消えていく白髪。灰白は頷いた。
「彼は…」
 群青もまた白髪の男が去っていった方向を見ていた。灰白に彼のことを訊いているというよりは、群青も何か知っているような響き。過敏になっている。灰白は頭を振った。
「いいえ、すみません。わたくしとしたことが、極彩様を守れず申し訳ありませんでした」
「ううん!そんなことない!それより、ごちそうさま!ありがとう」
 白髪の男への視線を断ち切り、群青は灰白を向いて頬を緩ませる。灰白も断ち切ったつもりの視線。だが意識はまだあの白髪の男を放さない。ある日突然消えた武芸の師。長い月日が経っても容姿はほぼ変わっていなかった。やはり他人なのだろう。言葉遣いも発音も違った。簡単に笑う人でもなかった。
「気になりますか」
 動こうとしない灰白に群青は苦笑しながら訊ねる。首を振る。人違いだと。まるで自分に言い聞かせているように。
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