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その他ジャンル(架空取材、架空レポート)
お題「愛が始まる時」愛ハ汚穢カラ
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無責任なものしか愛せなかった。もらった花、いつの間にかいた金魚、気紛れにやってくる野良猫。ある程度育っている他人の家の子供。
いつ枯れても、知らないうちに死んでいてもきっと然程の悲しみは覚えない。でも目に入ったら興味を示さずにはいられない。
本格的に飼うことになった仔猫、自分で選んだ熱帯魚、人権の発生している子供、または人権の発生を馳せてしまう子供、誰かに贈る花。これは責任なのか、はたまた情か。世話はお金もかかるし面倒臭いけれど、後悔と後処理のほうが厄介だから。多分義務感。情じゃない。
何かを愛して可愛がる能がもしかしたらわたしには欠けているのかも知れないと何度か思うことがある。
確か、暑い夏だった。
高校の行事。体育祭。これでも真夏は避けて、2年連続体育祭、学園祭が入る1年空けての9月に毎回予定されていた。夏は大体40度前後になる暑い地域だったから。
男子のほうが多いクラス。女子は人数が少ないとモテるなんていうけど多分ウソ。それかわたしには当て嵌まらなかった。余程魅力がなかったってコト。だってモテたことがないんだもの。少ない女子たちは各々カレシを見つけていたのに。わたしなんかはまともに目を見て男子と話したことすらない。
とにかくあれは、8月が過ぎてもまだ暑い夏の体育祭だった。
世間一般の感覚からいって、足の速さがモテる要素になり得る最後の時期。社会人になってスポーツの趣味があるだとか、体育大学に行くだとか、そういう講義があるだとかいうのなら別かも知れないけれど。
運動神経いい人って野蛮でキライだな。デブとか足遅い人のコト、見下してるんでしょ。団体戦なら足手まとい、個人競技ならカモだとか思ってるんでしょ。
それでも体育祭はイベント事としてそれなりに楽しみだったし楽しんでもいた。
成績に関わらないし結局はイベント事だから、そこまでガチることもなくて、女子は女子なりにちょっとめかしたり、男子は男子でふざけ合ったり。ガチになって、勝ちに行くほうが野暮って感じ。
運動会ならリレーってタイム順で決まるけれど、この体育祭の対抗リレーなんかはもうほとんど全員参加。だからわたしも参加してた。
そのリレーが終わって、わたしはわたしのクラスの陣地のする傍にある木陰で休んでいた。そうしたら、やっぱりついさっきリレーを終えたばかりの男子がひとりでわたしのところに来た。涼みに来たんだと思う。同じクラスの男子だった。話したことはやっぱりない。
木に手をついて俯いているから、ちょっと変だなって思った。息遣いも変だったからわたし、ずっと見ちゃってた。ガン見だね。お腹がへこへこいってるから「あ、吐くな」ってすぐに分かった。そう思った直後に彼は本当に、カエルが潰れたときみたいな声を出して嘔吐した。地面に跳ね返る音も聞いた。飛び散る瞬間も。それがすごく目蓋の裏っていうか、頭の奥のほうに焼き付いた。早く誰かに知らせなきゃいけないし、早く然るべき処置をしなきゃいけないのに、わたしは動けなかった。一度吐き出しただけでなく、二度、三度、彼は吐き気を催していた。生々しい匂いが鼻に届いて、鮮烈な光景に眩暈がして、わたしは胸の真中の辺りが急に張り裂けそうだった。つまりはドキドキした。
「大丈夫?」ってその背中を摩ってた。早く誰かに知らせるべきで、誰かを呼びに走るべきだ。クラスの場所にはぽつぽつリレー終わりのクラスメイトが戻ってきている。
「大丈夫?」って背中を摩って、わたしは次の吐瀉を待っていた。
「大丈夫?」って訊いている最中、わたしは返事も聞かずに焦れていた。わたしが自らそのお腹を叩きそうになるくらい待っていた。もっと見たかった。聞きたかった。嗅ぎたかった。まるでそんなわたしを見透かしたみたいに彼が真っ赤な顔色でわたしを見る物だから、その汚れた口元を拭って誤魔化した。指先についた感触に、またわたしはリレーを走り終えたときよりももっと芯から熱くなるような心地になった。
幸い、クラスメイトがわたしたちに気付いて、先生を呼びに行ってくれた。
この出会いがきっかけでわたしたちは付き合うことになったのだけれども、もちろん彼のことは可愛いと思ってる。かれこれもう10年になる。わたしにも人を好いていられる能があったのだ。ただ、この10年、彼の吐き姿をみていない。どうやって吐かせようか考えていて、それも可哀想だと思いながら、このまま飽きはしないかと恐れてもいる。わたしが好きなのは、彼本体であることは否めないけれど、人が嘔吐に悶える様だったから。
<2022.1.23>
いつ枯れても、知らないうちに死んでいてもきっと然程の悲しみは覚えない。でも目に入ったら興味を示さずにはいられない。
本格的に飼うことになった仔猫、自分で選んだ熱帯魚、人権の発生している子供、または人権の発生を馳せてしまう子供、誰かに贈る花。これは責任なのか、はたまた情か。世話はお金もかかるし面倒臭いけれど、後悔と後処理のほうが厄介だから。多分義務感。情じゃない。
何かを愛して可愛がる能がもしかしたらわたしには欠けているのかも知れないと何度か思うことがある。
確か、暑い夏だった。
高校の行事。体育祭。これでも真夏は避けて、2年連続体育祭、学園祭が入る1年空けての9月に毎回予定されていた。夏は大体40度前後になる暑い地域だったから。
男子のほうが多いクラス。女子は人数が少ないとモテるなんていうけど多分ウソ。それかわたしには当て嵌まらなかった。余程魅力がなかったってコト。だってモテたことがないんだもの。少ない女子たちは各々カレシを見つけていたのに。わたしなんかはまともに目を見て男子と話したことすらない。
とにかくあれは、8月が過ぎてもまだ暑い夏の体育祭だった。
世間一般の感覚からいって、足の速さがモテる要素になり得る最後の時期。社会人になってスポーツの趣味があるだとか、体育大学に行くだとか、そういう講義があるだとかいうのなら別かも知れないけれど。
運動神経いい人って野蛮でキライだな。デブとか足遅い人のコト、見下してるんでしょ。団体戦なら足手まとい、個人競技ならカモだとか思ってるんでしょ。
それでも体育祭はイベント事としてそれなりに楽しみだったし楽しんでもいた。
成績に関わらないし結局はイベント事だから、そこまでガチることもなくて、女子は女子なりにちょっとめかしたり、男子は男子でふざけ合ったり。ガチになって、勝ちに行くほうが野暮って感じ。
運動会ならリレーってタイム順で決まるけれど、この体育祭の対抗リレーなんかはもうほとんど全員参加。だからわたしも参加してた。
そのリレーが終わって、わたしはわたしのクラスの陣地のする傍にある木陰で休んでいた。そうしたら、やっぱりついさっきリレーを終えたばかりの男子がひとりでわたしのところに来た。涼みに来たんだと思う。同じクラスの男子だった。話したことはやっぱりない。
木に手をついて俯いているから、ちょっと変だなって思った。息遣いも変だったからわたし、ずっと見ちゃってた。ガン見だね。お腹がへこへこいってるから「あ、吐くな」ってすぐに分かった。そう思った直後に彼は本当に、カエルが潰れたときみたいな声を出して嘔吐した。地面に跳ね返る音も聞いた。飛び散る瞬間も。それがすごく目蓋の裏っていうか、頭の奥のほうに焼き付いた。早く誰かに知らせなきゃいけないし、早く然るべき処置をしなきゃいけないのに、わたしは動けなかった。一度吐き出しただけでなく、二度、三度、彼は吐き気を催していた。生々しい匂いが鼻に届いて、鮮烈な光景に眩暈がして、わたしは胸の真中の辺りが急に張り裂けそうだった。つまりはドキドキした。
「大丈夫?」ってその背中を摩ってた。早く誰かに知らせるべきで、誰かを呼びに走るべきだ。クラスの場所にはぽつぽつリレー終わりのクラスメイトが戻ってきている。
「大丈夫?」って背中を摩って、わたしは次の吐瀉を待っていた。
「大丈夫?」って訊いている最中、わたしは返事も聞かずに焦れていた。わたしが自らそのお腹を叩きそうになるくらい待っていた。もっと見たかった。聞きたかった。嗅ぎたかった。まるでそんなわたしを見透かしたみたいに彼が真っ赤な顔色でわたしを見る物だから、その汚れた口元を拭って誤魔化した。指先についた感触に、またわたしはリレーを走り終えたときよりももっと芯から熱くなるような心地になった。
幸い、クラスメイトがわたしたちに気付いて、先生を呼びに行ってくれた。
この出会いがきっかけでわたしたちは付き合うことになったのだけれども、もちろん彼のことは可愛いと思ってる。かれこれもう10年になる。わたしにも人を好いていられる能があったのだ。ただ、この10年、彼の吐き姿をみていない。どうやって吐かせようか考えていて、それも可哀想だと思いながら、このまま飽きはしないかと恐れてもいる。わたしが好きなのは、彼本体であることは否めないけれど、人が嘔吐に悶える様だったから。
<2022.1.23>
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