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久遠
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しおりを挟むエヴァリーという少年は消えた。真っ青な髪が寝台に散らばる。血の気の失せた白い肌。切れ長の双眸が開くと、その中には炎を纏っているかのような瞳がある。起き上がった途端に歓喜の声に包まれる。嬰児を包む柔らかい毛並みの布はない。冷たい寝台と真っ白い肌に乗せられた乾布が被せられているだけだった。声の出し方が分からず、声帯が震えるだけ。
「エヴァリー!」
肩を掴まれ無理矢理視界の前に入った白髪の男が目から水を流す。これは目の自浄行為だ。その男から頭を背けて周りを見渡す。男は眉を歪めて呻き、嗚咽した。
「エヴァリー!」
同じ単語を何度も叫ぶ男。少年は興味を示さずまた顔を逸らす。懲りずに男は何度も少年の視界へ入った。別の人間から衣服を渡される。着方が分からず少年はただ肩へそれらを掛けると他の人間たちが少年の腕や脚をとり着せた。寝台から下りる。膝に力が入らず崩れ落ちた。支えられて別の部屋へと連れられる。
「名前は言えますか」
密室でテーブルを挟み、白衣を着た男が少年の対面に座った。少年は首を振る。
「あなたはセルーティアです」
白衣の男はそう言った。少年は黙っていた。
「あなたはセルーティアです。復唱して」
「ア゛…、あ゛、ア゛ア、あ…あなたはセルーティアです。復唱して」
「よろしい。言葉は通じますね」
白衣の男は苦々しげに少年を見て、一呼吸置くといいでしょう、と小さく言った。
「あなたは自分が誰だか分かりますか?」
視覚情報を捉えるためだけの2つのガラス玉が白衣の男から目を離す。ぐるりと室内を見回す。
「無才の犠牲…」
つまらなそうに白衣の男は持っていた、板に留められた紙に何かを書き込む。
「もう一度訊きます。あなたの名前は」
「…才有る者」
「先程私は何と教えましたか」
「セルーティア…」
ぼやっとどこか一点を見つめてから少年は答える。
「出身地は」
「…つまらない観光地」
白衣の男は顔を顰める。
「何故あなたはここに居るのだと思いますか」
「出世」
忙しなく少年は周りを見回す。誰かを探しているような様子だった。室内にはざらざらと紙面に筆先が擦る音だけがする。
「あなたの家族はいえますか」
「母と、ミミズク」
舌打ちが聞こえた。
「ミミズクとは?」
「疫病」
白衣の男は髪を掻く。いいでしょう、と言って質問を続ける。
「その家族はどのようなことをしていますか。またはしていると思いますか。まずは母から」
「信仰」
「ではミミズクさんについて教えてください」
「論文」
白衣の男は額を押さえた。直後扉が壊れるほど乱暴に開かれる。白衣の男が文句を言おうとするも構うことなく白髪の男は少年に詰め寄る。
「エヴァリー!お前はエヴァリーだ!思い出せ!私の息子だ!」
「主任、出て行ってください」
「エヴァリー!お前はエヴァリー・セルーティアだ!出身地は王都!お前はここに、私に会いに来た!家族は父1人で、父は、研究を…っ」
少年はうんざりした様子の白衣の男を見据える。白衣の男は咳払いした。
「もう一度訊きます。あなたは誰で、出身地はどこですか」
「私はオール・セルーティア。ロレンツァの医者です」
乱入してきた男の、咆哮じみた叫びと聞いた。
*
乱暴に扉が開く。重い木製の扉で、低級の魔力が掛けられていたが薄らいでいた。内部から溢れんばかりの魔力に耐えきれないようで扉も開く前から軋んでいた。アルスたちが招集された部屋は礼拝堂に続く廊下の真上だった。揺れた。ミーサがアルスに礼拝堂でのことを告げるとここへ急いだのだ。
途轍もない力に押されアルスたちの髪が大きく靡く。体を吹き飛ばしかねない強い風に立ち向かいながら重い足取りで少しずつ進む。オールは扉が開いたことに構うことはない。
「オール!」
セレンが叫ぶ。オールの体は身に着けている物ごと透けていた。その体から放たれる粒子がレーラへ吸収されていく。
「どうなってるの!」
「これが治療法なんす!」
ミーサは慌ててオールに向けて腕を出す。風で何も聞こえない分、大声が出さなければならなかった。
「オールはどうなるんだ!」
「魔力が安定してないんすよ!」
ミーサの周りにも粒子が巻き上がる。レーラの体が大きく光った。視界が真っ白になっていく。眩しさに目を閉じる。瞼の裏の赤黒さを上回って、一面の白に支配された。
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