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とある医者
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*
王都は一昨日とまったく変わらない様子だった。アルスには珍しくないいつもの風景をオールは興味深そうに眺めている。王が絶対的な時代はすでに終わり、華美な衣服や装飾は許され、道行く人々が王都を彩っている。自由な食生活も許され繁華街は空腹を誘う。贅沢で装飾過剰なオブジェや建築物は時に王都の景観を崩すこともあった。だが観光地に居を構えているオールにはそれらが趣味の良い物には思えなかったし、オールには嗅覚がなかった。
「前に来たよりも街が明るいです」
石畳に3つの影が落ちる。オールはアルスよりも少し背が低い。声変わりはしているようだ。アルスにはオールが2つ3つは年下のように映った。年齢を訊くと肩を竦めてはぐらかされる。前に来たというのがどれくらい前かは見当がつかないが、成長に伴う価値観や認識の変化だろうとアルスは思った。
「先行ってて!」
アルスはそう言って突然走り出す。重荷を持った老婆が急な階段を上ろうとしているのが見えたからだ。
「幼馴染ですよね」
オールがセレンに訊ねる。表情のない顔がアルスの背からセレンへ向いた。セレンは、え?と訊き返した。
「アルスさんとは、幼馴染ですよね?」
セレンはオールのぶれない瞳が恐ろしいと思った。淡い色の奥の深い瞳孔がセレンを覗いている。
「どうして?」
「妙に違和感があったので。市井の男女の仲とは違うような」
王都原産の緋色の水晶よりも煌めいた、だが表情のない片瞳がセレンを射抜く。
「妙な、違和…感…」
磨き上げた宝石を嵌め込んだ隻眼を、見つめ返すことが出来ない。あとは復唱するだけ。オールはわずかだが、眉根を下げた。表情は乏しいが無いわけではないらしい。
「…さすがに不躾な質問でした。申し訳ありません。忘れてください」
セレンは俯いた。見抜くような彼の眼差しから顔を少しでも背けたかった。オールが感じたものは間違いではない。答えようとして、やめた。分かっているつもりで、まだ理解したくないのだ。
「セレンさん?」
オールの背中が少し離れた先にある。オールは止まって、振り返った。
「セレンさん」
オールは首を傾げて、進んだ分また戻ってきた。
「行きましょう」
束ねた青い髪が揺れる。美しい色だ。王都の人々は誰もその美しさに気付かない。見ようとしない。関係がない。無数の影が行き交う。
「待って。…どうして…どうしてそう思ったの」
今度はオールが俯く番だ。日光に消える輪郭。少し似ている。記憶の奥にいる少年に。オールが感じ、セレンが問いただす違和感に近い正体。分かっていながらどうにも出来ない感覚。この少年は知っているだろうか。10年経っても解消できない蟠りを。
「…配慮が足りませんでした」
答えは躱された。もう一度問い直すことを無言で拒否している。
「そう。でもなんとなく、分かってはいるの」
老婆を手伝うアルスを横目にセレンとオールは先に城へ向かった。
大きく聳え立つ城。尖った屋根の先端は霧に隠れていた。オールは空を仰いでいた。最も高いところを見ようとしているらしい。
「単純な好奇心で問うべきではありませんでした」
オールは淡々としている。返す言葉がなかった。気の利いた冗談が言える性分なら良かったとセレンは我が身を責めた。オールは堀と城門を繋ぐ橋を渡る。堀にはコケの浮いた水が溜まり、緑色と化していた。
「懐かしいな」
そう呟くオールの姿をセレンは斜め後ろから見つめていた。
*
ベッドに横たわる友人は人形のようだった。医務室に入ると看護婦長がアルスに飛びついた。よかった、よかったとしきりに呟いている。怪我はないか、腹は空いていないかと看護婦長は心配していたようだった。一般兵が使う医務室は狭かった。方々から集められた医者たちで埋め尽くされている。都立教会から一番近い医務室がここだった。ガーゴンの指示だと看護婦長は言っていた。
「セルーティアは」
看護婦長の敵意に満ちた目が動く。アルス、セレンを見て、それからオールを見てからまたアルスに戻る。
「初めまして。オール・セルーティアは私です」
「…初めまして」
看護婦長は驚いていた。そして明らかに不快な態度を示した。こうなるかも知れないとは思っていた。
「アルスとセレンが世話になったね」
声音は険しい。だが看護婦長はアルスの中で、やはり母だった。
「お世話になったは、私のほうです」
王子の御容態を看ます、と言ってオールはセレンに連れられ、レーラの眠るベッドへ向かった。看護婦長はオールの背を忌々しそうに見ていた。オールは呼吸と脈拍を確認する。閉じられた瞼を開いて、額に手を当て、暫く思案する。レーラを囲う城の医師や看護師、学者たちの奇異の目に晒されても気にする様子はない。オールはアルスのほうへ歩み寄る。
「3日、いただけますか」
オールが何か言いかけたが医師たちが邪魔をした。君は何者だ、と。
「申し遅れました。ロレンツァで開業医をしております。オール・セルーティアと申します」
看護婦長の顔が伏せられた。頭や手を振って医務室を出て行く者、顔を蒼白にする者、ただ顔を顰める者。ひとりひとり反応は異なったが、全てオールに対する否定的なものだった。だがオールには微塵も気にしている様子がない。アルスはオールに近寄っていく。不気味がられている。まるで造り物のように整った美しい顔立ち。偽物のような深海と澄んだ浅瀬を併せ持った艶やかな髪。高価な宝石を嵌めた瞳。そして眼帯。医者という肩書。それにしては幼い外観。胡散臭さは十分だ。
「オール…」
小さな背に声を掛ける、看護婦長が泣いて止めたのは記憶に新しい。
「王子は治せます。ただし3日、どうしても欲しいのです」
話を促したわけではなかった。周囲の様子があまりにも普通ではないから。オールはそれに気付かないのだろうか。それともそういうフリをしているのか。何も表情は読み取れない。
「オール。そういうことじゃないの。どうしてあなたの名を聞いて、みんな…」
セレンが口の利けなくなったアルスに代わり話を継ぐ。
「自然の摂理を捻じ曲げて生まれたからだと思います。もしくは…多大な犠牲の上にいるからかと。アルスさんやセレンさんたちはご存知ないだろうとは思っていましたが、隠すつもりはありませんでした」
やはり淡々としていた。具体的な話は何ひとつされていない。見当がつかない。
「黙っていてすみませんでした」
黙ってしまうアルスとセレンにオールは頭を深く下げた。
「…事情はよく分からないけど、まずは、レーラのことよね。3日あればいいの?」
セレンが確認すると頭を上げたオールは一言、はいと返す。やはりその顔色は変わることはない。
「オール」
「…支障があれば、王子はロレンツァへお連れします」
「そうじゃなくて!ごめんな、お前のこと何も知らなくて…」
オールの表情は変わらないが、ロレンツァヘ、自身の持つ病院へ連れて行っても王子を看るということは譲らないようだった。
「謝らないでください。私は何も告げませんでした。あなたたちは私を知らないということを分かっていながら」
オールは医務室から出て行こうとする。彼の寝泊りする場所ももしかしたら城は確保しようとはしないだろう。
「どこへ行くの?」
「必要な物があって。考え事もあるので少し城下を歩きます」
扉の閉まる音がする。看護婦長の長い溜息が聞こえた。
「なんで…?どうしてオールが何かしたの…?」
「40年前」
看護婦長が口を開く。
「40年くらい前に、セルーティアは国民を裏切ったんだよ」
肩を竦めて看護婦長も医務室から出て行った。40年前、オールが何をしたのだというのか。まだ生まれてだっていないはずだ。思うところがあるのかセレンは顔を顰めて壁に背を預け座り込んだ。
「ガーゴンさんのところに行ってくる」
話が通るかは分からない。ガーゴンはアルスを毛嫌いしているようであったから。
だが予想に反してガーゴンはアルスにオールの宿泊を許可した。何と忠告したのか忘れたか、と凄まれたが、結局はガーゴンが折れた。諦めているらしかった。ガーゴンがアルスの魔術の使えなさに強く憤ってからは、ガーゴンがあれこれと口を出してくることはなくなっていた。見放されたのだ。ロテスに頼むと快諾し、オールだけでなくアルスとセレンの部屋まで手配していた。アルスの住む下層ではなく上層の階にだった。広く大きく豪華な装飾の施してある2人は寝られそうな大きなベッドがひとつと、テーブルと椅子には凝った意匠が施されている。バスルームとトイレも広い。同じ城内に住んでいるとは思えない。土地が下がっていくため王都が見渡せた。外は暗いが、ぽつぽつと灯っている民家の明かり。窓を開けて外を眺めていると、冷たい風がアルスの髪を揺らした。
ノックの音がした。
「どうぞ」
セレンだろうか。窓の外から扉へ目を移す。
「オールです。失礼します」
初めて会った時から身に着けていた重そうな白のローブや、深緑の道行に近い形をした上着、毛皮の長い襟巻を外し、体格が浮き出る軽装だ。背が低く貧相に見えていたが、筋肉は引き締まり、背丈も年齢相応にはある。
「大した用事ではないのですが」
「なんだ?」
アルスは扉の近くで立ったままのオールを手招きして窓辺へ誘う。
「何故…私の病院を訪ねてこようと思ったのですか」
弱い風が頬を打つ。深夜の雨上がりの町で嗅いだ、髪を纏める油の匂いが青い毛先とともにふわりと漂った。
「レーラの術を解いたやつがいてさ。これくらいの、多分女の子。目覚めなかったらセルーティアを頼れって言ってさ」
「名前は、言い置いていきませんでしたか」
「職無しだから勘弁してくれって」
オールの目がわずかに揺らいだ。そして顔を逸らす。そうですか、と小さく呟かれた。落胆しているのだと、乏しすぎる感情からアルスは読み取った。
「なんで?」
「レーラ殿の体から、微弱ながら懐かしい魔力を感じました。多分様々な医者が回復の術とかをおかけになったと思うのですが、一番下にあったので」
アルスには分からないことだった。魔力で誰かを判別するのかは何となくなら出来るが、そこに記憶的なものの判別は出来ない。あくまで軽度の判別程度しか。オールはやはり、すごい人物なのかも知れない。連れてきて正解だったと思う半分、周りの扱いを見てしまうと複雑だった。
「王都は不思議なところです。…出身地なのです、実は。ですが、来るたびにその様相は変わっていて…」
レーラより美しい髪をアルスは知らなかった。質でいうのならセレンも艶やかな髪をしているが、レーラには日の光りを浴びずとも燃え盛るような色をその毛の中に誇っている。国民の多数派の片目はこのレーラの髪と同じ色をしている。個人差で多少の濃淡の差はあれど。その対をなすようにオールの髪もまた美しかった。当の本人は髪色と同じ色をしているであろう片目を隠してしまっているが。
「王都出身なのか。オレは…逆だな。今は王都に住んでるけど」
窓の外の民家の明かり。蝋燭や松明、裕福な家ではガス灯を使っている。王都民の暮らしが一望できる。手を伸ばせば半分は掌に収まってしまいそうで、潰せそうだった。
「出身といっても、そう聞いているだけで私には王都で生まれた記憶はありません。全く覚えていないのです。でも何度も通っているうちに、少しずつこういうところなんだな…と。見るたびに姿を変えていて…国は生きているのですね」
「あ、それオレも。王都の出身じゃないって分かってるだけで、王都で育った記憶しかない。地元がどこだかも知らないんだ。オールはロレンツァで暮らしてるんだろ?いいところか?」
返事はない。吐息の音すら聞こえずアルスは隣を見た。オールは城下の一点に視線を投げていた。それは何かを気にしているというふうではなく、何か考え事をしているかのような面持ちだった。
「景観は綺麗です。観光客も耐えません。船が得意でないと、不便ではありますが」
堅苦しそうな服装と解き、年齢相応な体格が分かる落ち着いた軽装。初めて会った時よりもやはり幼く見えた。
「今度案内してくれよ。レーラが目覚めたら多分オレもすぐ忙しくなるから…あ、でもオールも医者の仕事あるか」
「それは楽しそうなお誘いですね。近所だからと私もあまり観光してみたことはないのです。患者から聞いた穴場を是非…」
オールは変わらない表情のまま、顔を俯けた。
「オール?」
「そろそろ寝ます。部屋まで借していただいてありがとうございます」
少なからず気に病んでいるのかも知れない。城の者たちのオールに対する視線や言動。扉を閉める前にオールがもう一度頭を下げるのが見えて、アルスは笑って手を上げた。
寝る直前になって、看護婦長に呼び出され医務室に向かった。看護婦長は燭台を持っていたが、廊下は一定間隔に置かれた照明器具で歩くのに不便はなかった。アルスが歩く度に照明器具のもとに立たされた兵士は敬礼する。ひとりひとりにアルスは会釈するなり笑いかけるなり反応を示す。これが日常。十数年続けてきた習慣に面倒臭さや厄介さは感じなくなっている。医務室は照明がなく、暗かった。1本の蝋燭で看護婦長が照明器具に明かりを灯す。
「改造された・・・人間・・・?」
看護婦長の口から出た言葉が信じられなかった。オールについて話しくれるらしかった。白い布が掛けられた4人掛けのテーブルに向かい合って座る婦長は苦い飲み物をゆっくり飲みながら話す。湯気を立てているそれは、苦い豆を挽いた飲み物で、眠気をとばす効果があり、香りもいいせいか緊張をほぐす効果もあるという。過剰摂取すると中毒症状を引き起こすらしい。
「そう。彼の父親は、実の息子を改造したと聞いてるね」
自然の摂理を捻じ曲げて生まれた存在だとオールは自分の口から言っていた。看護婦長は落ち着いて調子ではあったが、必死に感情を押し殺しているようにも感じる。
「どうして?」
「さぁ。目的は不明だったからね。あそこの家系って王直属の医者だったから、そこの息子を実験台にしたっていうのが私の見解だけど」
アルスは、看護婦長から出された飲み物を口につける。甘ったるく、微かな苦さもある。熱いせいで舌に火傷を負うが、小さい頃から好きな物だ。
「みんなは知ってるみたいだけど、オレ、知らなかった」
アルスはひとくちまた飲んだ。軽い火傷を負った舌先が痺れる。オールの表情は変わらないが、本当に何も感じていないのだろうか。
「でも、セルーティアは、もともとといえど、王直属の医者だ。極めて優秀よ。そこは認めざるを得ないね」
一呼吸置いて看護婦長はまた眉間に皺を寄せる。
「ただそれはもう終わった話。セルーティアは王都民を裏切る決断をしたんだから」
看護婦長の声は抑え気味だった。
「自然の摂理を捻じ曲げたとか、たくさんの犠牲があった…とか、裏切ったとか、何があったんだよ。40年前…だっけ?」
「そう。大体40年前のことよ。彼が生み出されるまでに、たくさんの人が犠牲になったのさ。それは聞いてるんだろ」
オールの言葉を思い出す。彼は何と言っていただろうか。
「私の息子も連れていかれて、帰ってこなかった。魔力の型が合わなかったのね。セルーティアの息子の魔力の型と一致する人間を探していたんだよ。国民の意思もなく…ね。今はいい時代になったよ、ほんと」
40年前に、看護婦長の息子が連れて行かれて、オールが生まれた。アルスは婦長との会話を繋ぎ合わせる。オールは年齢を言わなかった。
「アルスたちに新しい友人ができて、嬉しくないわけじゃない。彼自体に恨みはないし罪もないけど、あの時の家族のことを考えると…そうね、的外れでも恨まずにいられない」
看護婦長は苦い豆を挽いた液体を飲み干す。香ばしくはあるものの、苦そうな匂いにアルスは自分に出された甘い飲み物で誤魔化す。
「あの子の治療でレーラ王子が助かったとしても、あの子の評判が元に戻るかは分からないよ」
「オールも、別に評判とかは気にしてないと思うんだけど…どうして国は正式に声明出さないの」
評判のことをいうのなら、王都圏民のオールのことよりも国を統べる王族のことのほうが大事のはずだ。それを隠している。儀式に参加した民にも、極秘が言い渡され口外すれば、おそらく異例の死刑は免れないのでは。アルスの見解はこうだった。
「動揺を見せちゃいけないんじゃない。隙を見せれば、侵略されるんだから」
看護婦長はそう言ったが侵略とは、誰に。どこの勢力に。何のために。アルスは次々と浮かぶ疑問を言葉にできず、看護婦長に訊き返す機会を失う。
「侵略って、どういうこと」
ガーゴンから言われた、国家転覆を目論む者、に繋がる話か。看護婦長は口に人差し指を立てた。静かにしろ、または黙れの意だ。廊下側の扉を一瞥して、それから小さい声で言う。
「監視役のお偉いさんさ。奇抜な格好で得体は知れないけど、信用ならないね。もし王族に何かあったら…私は奴らを疑ってる。今回の件だってもしかしたら…上階にいるから、アルスは見たことないんじゃないかい」
儀式の時、教会でそれと思しき人々はいなかった。視界に入らなかっただけだろうか。監視役がいるなどとは思わなかった。王族に敵意を向ける輩など、いないと思っていたから。レーラの存命中に限り、それなりの立場が保障されている身であるのに監視役の話など一切聞かされていない。眉を顰めながら話す看護婦長にアルスも数度頷いた。
「だからって、ガーゴン様に訊いてはいけないよ。お互い立場がまずくなるからね」
看護婦長は重臣・ガーゴンに好感を抱いていないのを、アルスは感じ取っている。声音が少し低くなるのだ。言葉の微妙な選び方や語感に好意的には受け取れない雰囲気がある。
「分かったよ。ありがとう。その監視役っていうのには気を付ける。レーラに何かあったら困るからね」
コップに入った白を帯びた茶色の液体をアルスは飲み干した。警戒するほどの熱さではないけれど、舌がまた痺れた。甘みが口内に広がる。立ち上がって、医務室の扉まで向かうと看護婦長が見送った。看護婦長は意識のないレーラを警護するらしい。例の監視役はやはり信用ならないのだろう。
「お勤めごくろうさんでぇ~す」
廊下にふざけた男の声が響いている。誰だろうか。声の主として思い当たる人物はいない。城内ではほぼ聞かない砕けた口調だ。
「ご苦労、ご苦労、ご苦労」
何度か分けて聞こえる。おそらく照明のもとに立たされた衛兵に挨拶しているのだろう。部屋の都合で声が聞こえる方向へ行かなければならない。来た時と同じようにまたアルスに敬礼する衛兵らに反応しながら部屋と向かう。
「おつかれさんでぇっす」
背の高い男とすれ違う。足元に不便はないけれど、顔を判別するほどの明かりではなく、逆光しているせいもあって顔は分からない。ただ髪が逆立っていて、明るい色をしているのだけは分かった。見慣れない格好をしている。身体を引き締めるような形で、柔らかい素材には見えず、厚手に思える。レーラが行事によっては似たような格好をさせられている。すぐに看護婦長の言葉が蘇った。噂をすれば影がさす。両腕を後頭部に当てて大股で歩く男の後ろ姿が消えるまで、アルスは立ち止まって男を見ていた。
王都は一昨日とまったく変わらない様子だった。アルスには珍しくないいつもの風景をオールは興味深そうに眺めている。王が絶対的な時代はすでに終わり、華美な衣服や装飾は許され、道行く人々が王都を彩っている。自由な食生活も許され繁華街は空腹を誘う。贅沢で装飾過剰なオブジェや建築物は時に王都の景観を崩すこともあった。だが観光地に居を構えているオールにはそれらが趣味の良い物には思えなかったし、オールには嗅覚がなかった。
「前に来たよりも街が明るいです」
石畳に3つの影が落ちる。オールはアルスよりも少し背が低い。声変わりはしているようだ。アルスにはオールが2つ3つは年下のように映った。年齢を訊くと肩を竦めてはぐらかされる。前に来たというのがどれくらい前かは見当がつかないが、成長に伴う価値観や認識の変化だろうとアルスは思った。
「先行ってて!」
アルスはそう言って突然走り出す。重荷を持った老婆が急な階段を上ろうとしているのが見えたからだ。
「幼馴染ですよね」
オールがセレンに訊ねる。表情のない顔がアルスの背からセレンへ向いた。セレンは、え?と訊き返した。
「アルスさんとは、幼馴染ですよね?」
セレンはオールのぶれない瞳が恐ろしいと思った。淡い色の奥の深い瞳孔がセレンを覗いている。
「どうして?」
「妙に違和感があったので。市井の男女の仲とは違うような」
王都原産の緋色の水晶よりも煌めいた、だが表情のない片瞳がセレンを射抜く。
「妙な、違和…感…」
磨き上げた宝石を嵌め込んだ隻眼を、見つめ返すことが出来ない。あとは復唱するだけ。オールはわずかだが、眉根を下げた。表情は乏しいが無いわけではないらしい。
「…さすがに不躾な質問でした。申し訳ありません。忘れてください」
セレンは俯いた。見抜くような彼の眼差しから顔を少しでも背けたかった。オールが感じたものは間違いではない。答えようとして、やめた。分かっているつもりで、まだ理解したくないのだ。
「セレンさん?」
オールの背中が少し離れた先にある。オールは止まって、振り返った。
「セレンさん」
オールは首を傾げて、進んだ分また戻ってきた。
「行きましょう」
束ねた青い髪が揺れる。美しい色だ。王都の人々は誰もその美しさに気付かない。見ようとしない。関係がない。無数の影が行き交う。
「待って。…どうして…どうしてそう思ったの」
今度はオールが俯く番だ。日光に消える輪郭。少し似ている。記憶の奥にいる少年に。オールが感じ、セレンが問いただす違和感に近い正体。分かっていながらどうにも出来ない感覚。この少年は知っているだろうか。10年経っても解消できない蟠りを。
「…配慮が足りませんでした」
答えは躱された。もう一度問い直すことを無言で拒否している。
「そう。でもなんとなく、分かってはいるの」
老婆を手伝うアルスを横目にセレンとオールは先に城へ向かった。
大きく聳え立つ城。尖った屋根の先端は霧に隠れていた。オールは空を仰いでいた。最も高いところを見ようとしているらしい。
「単純な好奇心で問うべきではありませんでした」
オールは淡々としている。返す言葉がなかった。気の利いた冗談が言える性分なら良かったとセレンは我が身を責めた。オールは堀と城門を繋ぐ橋を渡る。堀にはコケの浮いた水が溜まり、緑色と化していた。
「懐かしいな」
そう呟くオールの姿をセレンは斜め後ろから見つめていた。
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ベッドに横たわる友人は人形のようだった。医務室に入ると看護婦長がアルスに飛びついた。よかった、よかったとしきりに呟いている。怪我はないか、腹は空いていないかと看護婦長は心配していたようだった。一般兵が使う医務室は狭かった。方々から集められた医者たちで埋め尽くされている。都立教会から一番近い医務室がここだった。ガーゴンの指示だと看護婦長は言っていた。
「セルーティアは」
看護婦長の敵意に満ちた目が動く。アルス、セレンを見て、それからオールを見てからまたアルスに戻る。
「初めまして。オール・セルーティアは私です」
「…初めまして」
看護婦長は驚いていた。そして明らかに不快な態度を示した。こうなるかも知れないとは思っていた。
「アルスとセレンが世話になったね」
声音は険しい。だが看護婦長はアルスの中で、やはり母だった。
「お世話になったは、私のほうです」
王子の御容態を看ます、と言ってオールはセレンに連れられ、レーラの眠るベッドへ向かった。看護婦長はオールの背を忌々しそうに見ていた。オールは呼吸と脈拍を確認する。閉じられた瞼を開いて、額に手を当て、暫く思案する。レーラを囲う城の医師や看護師、学者たちの奇異の目に晒されても気にする様子はない。オールはアルスのほうへ歩み寄る。
「3日、いただけますか」
オールが何か言いかけたが医師たちが邪魔をした。君は何者だ、と。
「申し遅れました。ロレンツァで開業医をしております。オール・セルーティアと申します」
看護婦長の顔が伏せられた。頭や手を振って医務室を出て行く者、顔を蒼白にする者、ただ顔を顰める者。ひとりひとり反応は異なったが、全てオールに対する否定的なものだった。だがオールには微塵も気にしている様子がない。アルスはオールに近寄っていく。不気味がられている。まるで造り物のように整った美しい顔立ち。偽物のような深海と澄んだ浅瀬を併せ持った艶やかな髪。高価な宝石を嵌めた瞳。そして眼帯。医者という肩書。それにしては幼い外観。胡散臭さは十分だ。
「オール…」
小さな背に声を掛ける、看護婦長が泣いて止めたのは記憶に新しい。
「王子は治せます。ただし3日、どうしても欲しいのです」
話を促したわけではなかった。周囲の様子があまりにも普通ではないから。オールはそれに気付かないのだろうか。それともそういうフリをしているのか。何も表情は読み取れない。
「オール。そういうことじゃないの。どうしてあなたの名を聞いて、みんな…」
セレンが口の利けなくなったアルスに代わり話を継ぐ。
「自然の摂理を捻じ曲げて生まれたからだと思います。もしくは…多大な犠牲の上にいるからかと。アルスさんやセレンさんたちはご存知ないだろうとは思っていましたが、隠すつもりはありませんでした」
やはり淡々としていた。具体的な話は何ひとつされていない。見当がつかない。
「黙っていてすみませんでした」
黙ってしまうアルスとセレンにオールは頭を深く下げた。
「…事情はよく分からないけど、まずは、レーラのことよね。3日あればいいの?」
セレンが確認すると頭を上げたオールは一言、はいと返す。やはりその顔色は変わることはない。
「オール」
「…支障があれば、王子はロレンツァへお連れします」
「そうじゃなくて!ごめんな、お前のこと何も知らなくて…」
オールの表情は変わらないが、ロレンツァヘ、自身の持つ病院へ連れて行っても王子を看るということは譲らないようだった。
「謝らないでください。私は何も告げませんでした。あなたたちは私を知らないということを分かっていながら」
オールは医務室から出て行こうとする。彼の寝泊りする場所ももしかしたら城は確保しようとはしないだろう。
「どこへ行くの?」
「必要な物があって。考え事もあるので少し城下を歩きます」
扉の閉まる音がする。看護婦長の長い溜息が聞こえた。
「なんで…?どうしてオールが何かしたの…?」
「40年前」
看護婦長が口を開く。
「40年くらい前に、セルーティアは国民を裏切ったんだよ」
肩を竦めて看護婦長も医務室から出て行った。40年前、オールが何をしたのだというのか。まだ生まれてだっていないはずだ。思うところがあるのかセレンは顔を顰めて壁に背を預け座り込んだ。
「ガーゴンさんのところに行ってくる」
話が通るかは分からない。ガーゴンはアルスを毛嫌いしているようであったから。
だが予想に反してガーゴンはアルスにオールの宿泊を許可した。何と忠告したのか忘れたか、と凄まれたが、結局はガーゴンが折れた。諦めているらしかった。ガーゴンがアルスの魔術の使えなさに強く憤ってからは、ガーゴンがあれこれと口を出してくることはなくなっていた。見放されたのだ。ロテスに頼むと快諾し、オールだけでなくアルスとセレンの部屋まで手配していた。アルスの住む下層ではなく上層の階にだった。広く大きく豪華な装飾の施してある2人は寝られそうな大きなベッドがひとつと、テーブルと椅子には凝った意匠が施されている。バスルームとトイレも広い。同じ城内に住んでいるとは思えない。土地が下がっていくため王都が見渡せた。外は暗いが、ぽつぽつと灯っている民家の明かり。窓を開けて外を眺めていると、冷たい風がアルスの髪を揺らした。
ノックの音がした。
「どうぞ」
セレンだろうか。窓の外から扉へ目を移す。
「オールです。失礼します」
初めて会った時から身に着けていた重そうな白のローブや、深緑の道行に近い形をした上着、毛皮の長い襟巻を外し、体格が浮き出る軽装だ。背が低く貧相に見えていたが、筋肉は引き締まり、背丈も年齢相応にはある。
「大した用事ではないのですが」
「なんだ?」
アルスは扉の近くで立ったままのオールを手招きして窓辺へ誘う。
「何故…私の病院を訪ねてこようと思ったのですか」
弱い風が頬を打つ。深夜の雨上がりの町で嗅いだ、髪を纏める油の匂いが青い毛先とともにふわりと漂った。
「レーラの術を解いたやつがいてさ。これくらいの、多分女の子。目覚めなかったらセルーティアを頼れって言ってさ」
「名前は、言い置いていきませんでしたか」
「職無しだから勘弁してくれって」
オールの目がわずかに揺らいだ。そして顔を逸らす。そうですか、と小さく呟かれた。落胆しているのだと、乏しすぎる感情からアルスは読み取った。
「なんで?」
「レーラ殿の体から、微弱ながら懐かしい魔力を感じました。多分様々な医者が回復の術とかをおかけになったと思うのですが、一番下にあったので」
アルスには分からないことだった。魔力で誰かを判別するのかは何となくなら出来るが、そこに記憶的なものの判別は出来ない。あくまで軽度の判別程度しか。オールはやはり、すごい人物なのかも知れない。連れてきて正解だったと思う半分、周りの扱いを見てしまうと複雑だった。
「王都は不思議なところです。…出身地なのです、実は。ですが、来るたびにその様相は変わっていて…」
レーラより美しい髪をアルスは知らなかった。質でいうのならセレンも艶やかな髪をしているが、レーラには日の光りを浴びずとも燃え盛るような色をその毛の中に誇っている。国民の多数派の片目はこのレーラの髪と同じ色をしている。個人差で多少の濃淡の差はあれど。その対をなすようにオールの髪もまた美しかった。当の本人は髪色と同じ色をしているであろう片目を隠してしまっているが。
「王都出身なのか。オレは…逆だな。今は王都に住んでるけど」
窓の外の民家の明かり。蝋燭や松明、裕福な家ではガス灯を使っている。王都民の暮らしが一望できる。手を伸ばせば半分は掌に収まってしまいそうで、潰せそうだった。
「出身といっても、そう聞いているだけで私には王都で生まれた記憶はありません。全く覚えていないのです。でも何度も通っているうちに、少しずつこういうところなんだな…と。見るたびに姿を変えていて…国は生きているのですね」
「あ、それオレも。王都の出身じゃないって分かってるだけで、王都で育った記憶しかない。地元がどこだかも知らないんだ。オールはロレンツァで暮らしてるんだろ?いいところか?」
返事はない。吐息の音すら聞こえずアルスは隣を見た。オールは城下の一点に視線を投げていた。それは何かを気にしているというふうではなく、何か考え事をしているかのような面持ちだった。
「景観は綺麗です。観光客も耐えません。船が得意でないと、不便ではありますが」
堅苦しそうな服装と解き、年齢相応な体格が分かる落ち着いた軽装。初めて会った時よりもやはり幼く見えた。
「今度案内してくれよ。レーラが目覚めたら多分オレもすぐ忙しくなるから…あ、でもオールも医者の仕事あるか」
「それは楽しそうなお誘いですね。近所だからと私もあまり観光してみたことはないのです。患者から聞いた穴場を是非…」
オールは変わらない表情のまま、顔を俯けた。
「オール?」
「そろそろ寝ます。部屋まで借していただいてありがとうございます」
少なからず気に病んでいるのかも知れない。城の者たちのオールに対する視線や言動。扉を閉める前にオールがもう一度頭を下げるのが見えて、アルスは笑って手を上げた。
寝る直前になって、看護婦長に呼び出され医務室に向かった。看護婦長は燭台を持っていたが、廊下は一定間隔に置かれた照明器具で歩くのに不便はなかった。アルスが歩く度に照明器具のもとに立たされた兵士は敬礼する。ひとりひとりにアルスは会釈するなり笑いかけるなり反応を示す。これが日常。十数年続けてきた習慣に面倒臭さや厄介さは感じなくなっている。医務室は照明がなく、暗かった。1本の蝋燭で看護婦長が照明器具に明かりを灯す。
「改造された・・・人間・・・?」
看護婦長の口から出た言葉が信じられなかった。オールについて話しくれるらしかった。白い布が掛けられた4人掛けのテーブルに向かい合って座る婦長は苦い飲み物をゆっくり飲みながら話す。湯気を立てているそれは、苦い豆を挽いた飲み物で、眠気をとばす効果があり、香りもいいせいか緊張をほぐす効果もあるという。過剰摂取すると中毒症状を引き起こすらしい。
「そう。彼の父親は、実の息子を改造したと聞いてるね」
自然の摂理を捻じ曲げて生まれた存在だとオールは自分の口から言っていた。看護婦長は落ち着いて調子ではあったが、必死に感情を押し殺しているようにも感じる。
「どうして?」
「さぁ。目的は不明だったからね。あそこの家系って王直属の医者だったから、そこの息子を実験台にしたっていうのが私の見解だけど」
アルスは、看護婦長から出された飲み物を口につける。甘ったるく、微かな苦さもある。熱いせいで舌に火傷を負うが、小さい頃から好きな物だ。
「みんなは知ってるみたいだけど、オレ、知らなかった」
アルスはひとくちまた飲んだ。軽い火傷を負った舌先が痺れる。オールの表情は変わらないが、本当に何も感じていないのだろうか。
「でも、セルーティアは、もともとといえど、王直属の医者だ。極めて優秀よ。そこは認めざるを得ないね」
一呼吸置いて看護婦長はまた眉間に皺を寄せる。
「ただそれはもう終わった話。セルーティアは王都民を裏切る決断をしたんだから」
看護婦長の声は抑え気味だった。
「自然の摂理を捻じ曲げたとか、たくさんの犠牲があった…とか、裏切ったとか、何があったんだよ。40年前…だっけ?」
「そう。大体40年前のことよ。彼が生み出されるまでに、たくさんの人が犠牲になったのさ。それは聞いてるんだろ」
オールの言葉を思い出す。彼は何と言っていただろうか。
「私の息子も連れていかれて、帰ってこなかった。魔力の型が合わなかったのね。セルーティアの息子の魔力の型と一致する人間を探していたんだよ。国民の意思もなく…ね。今はいい時代になったよ、ほんと」
40年前に、看護婦長の息子が連れて行かれて、オールが生まれた。アルスは婦長との会話を繋ぎ合わせる。オールは年齢を言わなかった。
「アルスたちに新しい友人ができて、嬉しくないわけじゃない。彼自体に恨みはないし罪もないけど、あの時の家族のことを考えると…そうね、的外れでも恨まずにいられない」
看護婦長は苦い豆を挽いた液体を飲み干す。香ばしくはあるものの、苦そうな匂いにアルスは自分に出された甘い飲み物で誤魔化す。
「あの子の治療でレーラ王子が助かったとしても、あの子の評判が元に戻るかは分からないよ」
「オールも、別に評判とかは気にしてないと思うんだけど…どうして国は正式に声明出さないの」
評判のことをいうのなら、王都圏民のオールのことよりも国を統べる王族のことのほうが大事のはずだ。それを隠している。儀式に参加した民にも、極秘が言い渡され口外すれば、おそらく異例の死刑は免れないのでは。アルスの見解はこうだった。
「動揺を見せちゃいけないんじゃない。隙を見せれば、侵略されるんだから」
看護婦長はそう言ったが侵略とは、誰に。どこの勢力に。何のために。アルスは次々と浮かぶ疑問を言葉にできず、看護婦長に訊き返す機会を失う。
「侵略って、どういうこと」
ガーゴンから言われた、国家転覆を目論む者、に繋がる話か。看護婦長は口に人差し指を立てた。静かにしろ、または黙れの意だ。廊下側の扉を一瞥して、それから小さい声で言う。
「監視役のお偉いさんさ。奇抜な格好で得体は知れないけど、信用ならないね。もし王族に何かあったら…私は奴らを疑ってる。今回の件だってもしかしたら…上階にいるから、アルスは見たことないんじゃないかい」
儀式の時、教会でそれと思しき人々はいなかった。視界に入らなかっただけだろうか。監視役がいるなどとは思わなかった。王族に敵意を向ける輩など、いないと思っていたから。レーラの存命中に限り、それなりの立場が保障されている身であるのに監視役の話など一切聞かされていない。眉を顰めながら話す看護婦長にアルスも数度頷いた。
「だからって、ガーゴン様に訊いてはいけないよ。お互い立場がまずくなるからね」
看護婦長は重臣・ガーゴンに好感を抱いていないのを、アルスは感じ取っている。声音が少し低くなるのだ。言葉の微妙な選び方や語感に好意的には受け取れない雰囲気がある。
「分かったよ。ありがとう。その監視役っていうのには気を付ける。レーラに何かあったら困るからね」
コップに入った白を帯びた茶色の液体をアルスは飲み干した。警戒するほどの熱さではないけれど、舌がまた痺れた。甘みが口内に広がる。立ち上がって、医務室の扉まで向かうと看護婦長が見送った。看護婦長は意識のないレーラを警護するらしい。例の監視役はやはり信用ならないのだろう。
「お勤めごくろうさんでぇ~す」
廊下にふざけた男の声が響いている。誰だろうか。声の主として思い当たる人物はいない。城内ではほぼ聞かない砕けた口調だ。
「ご苦労、ご苦労、ご苦労」
何度か分けて聞こえる。おそらく照明のもとに立たされた衛兵に挨拶しているのだろう。部屋の都合で声が聞こえる方向へ行かなければならない。来た時と同じようにまたアルスに敬礼する衛兵らに反応しながら部屋と向かう。
「おつかれさんでぇっす」
背の高い男とすれ違う。足元に不便はないけれど、顔を判別するほどの明かりではなく、逆光しているせいもあって顔は分からない。ただ髪が逆立っていて、明るい色をしているのだけは分かった。見慣れない格好をしている。身体を引き締めるような形で、柔らかい素材には見えず、厚手に思える。レーラが行事によっては似たような格好をさせられている。すぐに看護婦長の言葉が蘇った。噂をすれば影がさす。両腕を後頭部に当てて大股で歩く男の後ろ姿が消えるまで、アルスは立ち止まって男を見ていた。
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