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しおりを挟むカロルはひとしきり愉快そうに笑った後、フォワレから少し離れる。
ただ、それは解放を目的としたことじゃないようで、すらりと伸びた腕の先はがっしりとフォワレの肩を掴んで、離す気は微塵もない事がフォワレ自身にもよくわかる。
何だかよくわからないまま、ただ重大な失敗を犯したことだけが分かっているフォワレは、真正面から見たカロルの表情に眉を顰める。努めて笑みをかき消そうとした表情。
眉はキツく顰められ、しかしその目元や口角は明らかに抑えきれずに綻んでいた。
「……あはっ、だめだね。君のことを見たら勝手にこうなってしまって…」
「何…?」
彼は照れて恥ずかしそうに頬を赤らめるが、そろそろ母親の元に戻りたいフォワレは、何か言いたいことがあるなら早く言って離して欲しかった。カロルは取り繕うことをやめて柔らかく微笑んだ。
「フォワレちゃんはきっと、僕のこと怖いと思ってるよね。そのせいで僕らの家から逃げたくなっちゃったんでしょう?」
フォワレは当然と言うように頷いて返した。
「だからね。勘違いを解こうと思って来たんだよ」
「勘違い?」
「僕は君に怖いことなんてしないよって。ほら、僕が本当に力ずくで何とかする怖いモノだったら、彼らは今喧嘩もできずに死んでるよ」
そういえば言い合う声がまったく聞こえなくなっていた。そうフォワレが気付いた時、カロルの背後に硬直したように固まる二人の姿が見えて、すぐにカロルを突き飛ばそうとした。
駆け寄りたいのに、肩をしっかりと抑える手の力は、小さなフォワレに太刀打ちできないほど強固だ。
「お母様!お父様!」
二人とも、目だけが動くらしい。ぎょろりと動く二人の目を見て、すぐにカロルに向き合った。
「なにをしたの!?二人を早く解放して!」
「ああ、もちろん解放してあげるよ。だから、少しお話ししよう?」
カロルは寂しそうに目を潤ませている。
「…何を話したらいいの」
「何でもいいよ。最後の思い出がほしいんだ。最後に君が笑って僕に優しくしてくれるなら…。彼らも解放する。君に、森に来いって無理強いはしないよ。約束する」
フォワレにとってその言葉は青天の霹靂だった。
言葉通り受け取るなら、両親とフォワレをもう解放してくれるというように聞こえる。
ただ、ここまで片時も離れたがらず、こんなところまで追いかけてきた男がそんな殊勝なことをf言ったところで、まず信用できるわけがない。
あからさまに疑いの眼差しを向けるフォワレにショックを受けた様子のカロルは、弱ったように眉を下げて言った。
「フォワレちゃん。魔法使いにとって、約束というのは必ず守らなければならない制約なんだ…。僕が信じられないならエスポーサに聞いてごらん」
「お母様、本当?」
すぐに固まったままの母親を見ると、エスポーサはしばらく悲しげな表情のまま動かなかったが、頷くことだけを許されたように無言で首を頷かせた。
フォワレは拳を握り、決意したように一度息を吐いて顔を伏せると、カロルの腕に触れた。
「わかったわ…。カロル、少しお話をしましょう」
顔を上げたフォワレは、にっこりと微笑んでいた。
「フォワレちゃん…!」
自分が思い描いていた通りの笑顔だったのか、カロルはとても喜んだ。
フォワレが彼の手に触れると、あれほど頑なに放すまいとしていた手のひらもすぐに離れる。
そのまま彼の手を掬い取って握りこむ。
「ここは血まみれだから、あっちのソファのある所に行こう?」
「うんうん!行こうねぇ」
「あ。う~ん、ねぇカロル…私、足が痛いの…。あっちまであなたに抱っこしてほしいなぁ」
「えっ僕に抱っこしてほしい、の…?もちろんいいよ!」
舞い上がったカロルは、フォワレを横抱きに抱き上げた。
「カロルってとても力持ちなのね」
「そう…?ふふ…!」
優しくしてほしいと言われてもと悩んだ結果、フォワレは対応を以前のように戻してみることにした。自分の思う優しい対応とカロルのイメージするものとは、おそらく違うものだと思ったためだ。
甘えれば甘えるほど重くなる執着のためにほとんど止めていた当初の彼への対応を、巻き戻すように彼に行えば、それが“カロルにとって“一番優しい対応なのだと考えて。
ソファに二人で座る。
「ね…最後だから、こうして抱っこしたままでいていい?」
「いいよ」
「ありがとう」
横抱きのままカロルの首元に手を伸ばすと、そのまま縋るように抱きしめる。
フォワレの背中にすぐ腕が伸びた。
「ど、どうしたの?」
「思い返してたの。あなたはずっと優しくしてくれたけど、どうして?」
話す議題というものもない。フォワレは何となく、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「どうしてかぁ。……初めて会ってからずっと可愛くって、ずっと見守ってきたんだ。僕のこと好きになってそばにいてほしいんだから、どれだけだって優しくするよ」
カロルの骨張った手の片方は頭に添えられる。少しだけ力がこめられた。
「本当はこのまま家に一緒に帰りたいけどね。君が辛くなる所に君をいさせてはおけないから、我慢するんだ」
いつもならこのまま眠くなるまで頑なな抱擁が続くところを、すぐに力を緩めてフォワレを解放した。カロルは確かに変わろうとしているのだと、その行為でフォワレはすぐに理解する。
「私のこと、そんなに好きになってくれてありがとう」
フォワレの方から力を込めてより抱きつくと、気恥ずかしそうにカロルの耳元でこっそり囁く。
「……僕の方こそ…」
フォワレは何だか嬉しかった。閉じ込められている間は虫唾が走るほど嫌いな相手であっても、解放を約束してくれて余裕がある状態で接すると、優しかったことだけが素直に思い出せるようで。
カロルはお返しのように冗談めかしてフォワレに囁いた。
「ね…でも、もし何か辛いことが起きたら、すぐに僕らの家に戻ってきていいからね」
そして、10分ほどが経ち。
カロルはフォワレの両親と、実は館全体にかけていたのだという拘束の呪文を解いて、その場を後にした。
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