零下3℃のコイ

ぱんなこった。

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零side

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高1の春、あの昇降口。雪菜越しに見えた男の子の姿。真っ直ぐこっちを見て、ぱちぱちと何度も瞬きをしていたんだ。
僕と雪菜を交互に見る視線。顔を見て、すぐに分かった。
この子、雪菜のこと気になってるのか、好きなのかなって。

そのいたたまれないような、なんとも言えない表情が、焼きついて離れなかった。

1年はクラスが違ったけど、すぐ見つけることができて…よく視界に入ってた。大体、僕が視線を感じる時は雪菜といる時だったから、雪菜を見ていたんだろうけど。

もし、彼が本当に雪菜を好きなら…もしかしたら、僕は解放されるかもしれない。いつしかそう思ってしまったんだ。

雪菜はモテるから惚れる男は今までもいたけど…軽いだけの男ではダメだから。


だから、2年で彼と同じクラスになって、近付いてみたくなった。

「風音くんって呼んでいい?」

話してみたら、想像通りの子で…素直で騙されそうなほど純粋で、優しいんだってすぐ分かった。

「気軽に零って呼んで」

「あ、うん…」

あの初めて話しかけた時にそう言ったけど

「おい、日下部!」

いまだに、風音くんは苗字で僕を呼ぶ。

せめてもの意地なのかなって思ったら、そんなところも可愛いと思ってしまう。


「雪菜を奪ってほしい」

あんな提案をして、誰にも話したことなかった自分の気持ちもさらけ出して…全部自分のためにやってる身勝手な奴だって分かってる。

なのに、風音くんはそんな僕を許してくれてる。
酷なことをさせているのに…分かっているけど、風音くんの温かさに甘えてしまう自分がいる。

小さい頃から、ずっとそばに居てくれた光ちゃんに憧れと尊敬と…好意は感じていたけど。
そのどれでもない、この気持ちはなんなんだろう。


「零、電話に出てよ…!あたしのこと好きじゃなくても、電話くらい…!」

「…うん」

中2から雪菜と付き合って、限界を感じたのは高1。何回も何回も別れてくれと話をした。

でも、だめだった。

「やっぱり別れたいの…?そんなにあたしじゃダメ?そんなにお兄ちゃんがいいの?」

「…別れてほしい」

「…っいや!嫌だ!」

「雪菜、もう無理だよ。あの時は僕も光ちゃんに嫌われたくない、近くにいたいって一心で雪菜の言う通り付き合ったけど…もう苦しくてしょうがないんだ。自分にも相手にも嘘ついて、普通の顔してそばにいるのが、こんなに辛いって知らなかったんだ、もう終わりにしたい…」

「…っそれでもいいから」

「え…?」

「誰を好きでも、何しててもいいから!あたしは、零のそばにいたい…!自分でも、止められないの。おかしいって分かってるけど…、ごめん」

「雪菜…」

「無理に別れるっていうなら、お兄ちゃんに零の気持ち話すから…!嫌なら別れないで…!」

雪菜との、こんな会話も何回目だったか。

正直、小さい頃から3人で一緒にいたのに…これほど雪菜に好かれているとは知らなかった。光ちゃんが僕の気持ちに気付かないように…僕も気付けなかった。

決して悪い子ではない。
普段はこんな素振り見せないし…きっと、あの頃の僕と同じで…叶わないと分かっているからこそ、感覚がおかしくなってるんだろう。半分は意地になってるのもあると思う。

もう、この苦しさからは抜け出せないと思ってた。
全ては自分がしてきたことで、自分のせいだ。

だから、僕ができることは、小さい頃から同じ。だったら何も感じないように、期待して傷つかないように、本当の気持ちを誤魔化して感情を殺すこと。

いつだったか久々に帰ってきた母に、僕が雪菜といる所を見たらしく、こう言われた。

「あんた雪菜ちゃんと付き合ってるんでしょ?なのに、あんな対応…血も涙もないわね。もっと優しくしてあげなさいよ」

僕は冷たくて、意気地なしだね、分かってるよ。

でも、そうしてるおかげで僕の気持ちは誰にもバレることなく、今まで耐えれてきたんだ。

でも…

【気になってしょうがないんだよ!】

【お前がそんな顔するたびに、引っかかって…!】

【お前を冷たい奴だとか思ってない】

【何考えてるのか、知りたい…!】

風音くんと関わってから、ずっと気持ちが揺さぶられてる気がしてる。ずっと張り詰めてた心が溶けていくような…

でもそれは、僕が風音君に縋ってるだけだ。本心を話して、彼が受け入れてくれたから。
きっと甘えてるだけだ。

だって、僕は雪菜と別れたいから…風音くんは雪菜と付き合いたいから…お互いの条件が合うから一緒にいるだけなんだよね。

それだけの関係だから…それが上手くいったら、僕達はこうやって一緒にいられないんだよね。

なのに、なんで風音くんは僕にキスしたの?
僕がよかった?気になるってなんで?

きっと僕に情が入ってるだけだよね?

だって、彼は雪菜のことが好きなんだから…
そう言い聞かせないと、また苦しくなる気がしたんだ。

だから、思い切り噛み付いてしまったあのキスは…違う。


「違う、違うよ。違うよね」

観覧車を降りて、走って行ってしまった風音くんを追いかけられなかった。
頭がボーッとして、動けなくて…。

さっきの風音くんの耳まで熱かった顔と、少し汗ばんだ首と、潤んだ目…そんなことばかり頭に浮かぶ。


でも、一つやらなきゃいけないことがあるのかも。

「…これ以上は、もうダメ、かな」

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