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夏の夜に

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空は日が沈んでいき落ち着きを見せる頃。心地いい風も吹いているが、グラウンドはそれと逆に熱い賑わいを見せている。

電飾が光る中、生徒と教師達はぞろぞろとグラウンドへ集まっていく。夜の学校というだけでも特別感があるが、更に祭りの雰囲気が非日常感を醸し出しているようだ。

最初に夏夜行祭について注意事項のアナウンスがあり、その後は和太鼓部、和奏部の演奏が始まった。盆踊りもダンス同好会が筆頭に、各々楽しそうに踊り始めている。那月と明衣は少し離れた所でそれを見ていた。

「わー!すごいね、那月!本当にお祭りみたい!」
「ね…!ほんと、不思議な感じ…学校じゃないみたいだ」
「これから先輩に返事するんでしょ?夏夜行祭でなんてすごいロマンチックじゃーん!いいなぁ。ふふ、頑張ってね」
「う、うん!ありがとう!でも、先輩は委員会の集まりが終わってから来るって言ってた」
「あーそっかぁ。じゃあもう少し後か」
「うん…でもその前に…」
「ん?」

その2人の元に1人の男子がゆっくり歩み寄る。明衣はそれに気が付き「ん?なんで?」と言いたげな表情を見せた。

「…那月くん。お待たせ」
「あ、相野くん…!」

近付いてきたのは相野で、この華々しい行事に参加していると思えないほど神妙な面持ちで那月に声をかけた。

「明衣、ご、ごめん。ちょっと相野くんと話をするから…行ってくるね」
「お?うん、分かった!私はあっちで友達とジュースでも飲んでるわ!行ってらっしゃい!」
「ありがとう。じゃ、じゃあ相野くん行こっか」
「…うん」

那月と相野は中央ステージから離れた所、自販機の横までやってきた。音楽や音も落ち着いて聴こえる場所で、周りには人もほとんどいない。

今日、那月は相野に話をしたいと思い切って約束を取り付けていた。昨日はあの後、昼休みもあと少しでその後は選択授業も違った。放課後は相野がバイトだったらしくすぐ帰ってしまったため、ゆっくり話をする時間がなかったからだ。

だから今日、気になることはモヤモヤしたままじゃなくハッキリさせて次に進もうと決めていた。

「ごめんね、今日時間取らせて…」
「いや大丈夫だよ」
「…えっと、話っていうのは、ね。相野くんに聞きたいことがあって…」
「うん…」
「ち、違ったら申し訳ないんだけど…その…」

目線を下げながら、那月は心臓をバクバク跳ねさせて制服の裾を掴む。

「れ、蓮くん…って、もしかして、あの…」
「ごめん、那月くん」
「えっ?」
「いつか話さなきゃと思ってたんだ。でも、勇気が出なくて…また那月くんと話せたことも、心を開いてくれたことも嬉しくて、壊すのが怖かった…」
「…っ相野くん、」
「俺…、中学の時親が再婚して名字が変わったんだ。小学生までは古本ふるもとだった。古本蓮」
「…っ!!あ、」

そのフルネームを聞いた瞬間、頭の中で幼少期の情景がフラッシュバックした。まさにあの時の、那月が仲の良かったあの少年の笑顔と泣き顔が。ぼんやりとしていたその面影が相野と合致するように見えた。

「…っや、やっぱり、あの、小学生の時の、蓮…くんなの?」
「そう…。那月くんと同じ小学校で、同じクラスでよく遊んでた古本蓮。小学2年生の時までは」
「……っ」

一一一やっぱり、そうなんだ。あの小学生の時、トイレで体に触れて…。

「…っごめん!!」
「あ…、」
「あの時…、那月くんに酷いことした…。嫌がることをしたのは俺なのに、拒絶されたことを勝手にショック受けて被害者面して…。那月くんを苦しめた…」
「…っ相野くん」
「その後、かなり大事おおごとになって…俺もどうしたらいいか分からなくて、また那月くんに拒絶されたらとか思うと話しかけられなくなった。そしたら那月くんは転校して…自分のしたことにすごく後悔したし、忘れたことなかった」

相野は眉をしかめながら、息を詰まらせながら言葉を発した。

「でも高校に入って、出席簿見て驚いたよ。まさか那月くんが同じ学校なんて思わなかったから…。それで、男子と上手く話せてない那月くんを見て、人を怖がってるんだってすぐ分かった。保健室で男が怖いって聞いた時も…ああ、俺のせいだって…」
「…っそう、だったんだ」
「だから、偶然でも再会できたんだから、今度は俺がどうにか支えたかった…。最初は別人装ってでも、那月くんのために何かしたかったんだ。ずっと言えなくて…ごめん。あの時も、傷付けて本当にごめん」

また頭を下げた相野を見て、那月はぐっと唇を噛み締めた。ずっと抱えていたトラウマの過去。その本人と対峙するということは、トラウマと向き合うこと。

相野に疑問を持ち始めてからも、向き合うことが怖くて気のせいにしていたのかもしれない。

「謝って済むことじゃないって分かってるけど…っ、」
「…相野くん、いや、蓮くん。顔上げて」
「……っ」
「確かに、あのトイレでのことは怖かったし、その後も傷付いた。それからずっと男の人が怖かった。でも…今だからこそ思えるけど、僕は蓮くんのことも傷付けたよね」
「え…、」
「でも僕もずっと苦しかったのは本当だし、辛いことだってたくさんあった。だけど…結果論にはなっちゃうけど、そのおかげで僕は強くなれたと思うし、大事な人達とも出会えたんだ」
「…っ那月くん」

ゆっくり顔を上げて見上げる相野の目には、涙が溜まっていて鼻は赤くなっている。那月も我慢していたものが溢れるように鼻を啜った。

でも、きっと恐怖の涙ではない。お互いの憑き物が落ちたかのような、そんな安堵からだろう。

「那月くん、ごめん…本当に…」
「…っでも、クラスで話しかけてくれた時も、保健室で蓮くんがかけてくれた言葉も嘘ではないよね?嬉しかったよ」
「…っうん」
「子供の時は何も分からなかったけど…、僕もごめんね。理由も聞かずに拒絶して…」
「っ謝らないで!そんなの、俺が悪いんだ…。好きだからって、好きな人に触れたいからって無理にしちゃいけなかったのに…。気持ちばっかり先行して…」
「…っ蓮くん、」
「好きだったから……那月くんのことが。いや、今も…あの頃からずっと…ずっと好き」

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