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彩世先輩

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6時間目の本鈴が聞こえた後、授業が始まってしまったのは分かっていたけど、しばらくの間那月は視聴覚室から動けなかった。

落ち着いてよく考えたら、こんな泣き腫らした状態で教室に戻れる訳がない。サボりになってしまうけど、周りにザワつかれるよりはいいと。那月は何とか時間をかけて制服を整えた後、三角座りで隅に小さく収まっていた。

一一一泣きすぎた。でも、だいぶ落ち着いた。頭がボーッとしてるし、きっと目も腫れてる。教室に戻らなくてよかったかも。

膝の上にあるセーターを見ながら、那月は考えた。これを返さないといけないと。3年生の人となんて関わることは無いと思っていたのに、まさかこんな形でとは思いもしていなかった。

先輩が出て行ってから、だいぶ時間が経っているし、きっと教室に戻っただろう。春とはいえまだ風が強い日もあるし、今日だってシャツだけでは肌寒いはずだ。

一一一出来るだけ早く返しに行かなきゃ。

時計をふと見ると、6時間目が終わる10分前を指している。終わってからでは人がたくさん通るし、委員会でここを使うと言っていた。今のうちに外に出ようと、那月は立ち上がった。

カラカラと視聴覚室の扉を開けて、ゆっくり足を踏み出そうとした時。廊下で、誰かがこちらに向かって近付いてくる声が聞こえた。

静かな廊下に急に聞こえてきたその声に驚き、那月は踏み出そうとした足を引っ込める。そして少し開いた扉の影に隠れた。

「おいおい、お前こんなとこで座ってなにやってんの?」

廊下から聞こえたのは男の人の声。那月には気付いていないようで、そこにいた誰かに話しかけているようだ。

「え?いや、そっちこそなんで?」
「俺はグループ研究終わって戻るとこ。お前んとこは今日なかったの?」
「あー…あったよ。今日は行けないって言っといた」
「はぁ?珍し!サボりとかするんだ」

恐る恐るその会話の方を見てみると、そこにはさっき助けてくれたシャツ姿の先輩と、同じ色の上履きを履いた3年生の男の人がいた。

一一一いや、ちょっと待って。なんで今もさっきの先輩がいるの?もうとっくにいないと思ってたのに…。しかも座ってたって?なんで?

「サボりじゃないけど、ちょっと腹痛かっただけ」
「じゃあ保健室とか行けよ!なんで視聴覚室の前で座り込んでんの?」
「いいから、教室戻るなら行こ。俺この後委員会あるし」
「はー?なになに?ちょ、おい!」

一一一もしかして、今までずっとここにいた?あ、セーターを返してもらうため?そうだ、それしか理由が思い浮かばない。だから僕が出てくるまで待ってたのか?いや、でもほぼ1時間分をサボってまで待つなんて…。

一一一僕がさっき変な態度取っちゃったから、返してって言いづらかったのかな。どうしよう、返したいけど人来ちゃったし今出て行けない…。

唾を飲んで潜んでいると、パタパタと歩いていく足音が聞こえてきた。那月は顔を出して2人の後ろ姿を覗いてみた。

「待てよ!彩世いろせ~」

すると、シャツ姿の先輩を追いかけながらもう1人がそう呼びかけている。きっとあの人の名前だ。

「……彩世、先輩」

返しそびれたセーターをぎゅっと握りしめながら、那月はその名前をポソッと呟いた。
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