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 これまで知らなかったエリさんを見せられた気分だ。僕を産む前、母親になる前のエリさんは、今以上に自由奔放じゆうほんぽうであったらしい。

 僕は溜め息をついて、小冊子を閉じた。
 それにしても、真中さんはなぜ、この同人誌を僕に読ませようとしたのだろう?

 その理由は同封されていた調査資料にあるようだ。興信所が作成したというそれは、A4サイズのクリアファイルに入っていた。わずか8ページなので、読み終えるまで10分とかからなかった。

 真中さんは「深水エリの秘密」という言い方をしたが、それにふさわしい衝撃的な内容だった。煽情的せんじょうてきといってもいい。ゲス不倫を特集している週刊誌と似ていなくもない。

 僕には一行たりとて信じられなかった。
 真中さんが言ったように、エリさんは父を愛していなかったのか?

 調査資料によると、両親は当初、子供を作る気がなかったとある。それはエリさんの固い意志だったとも。
 まず、この点が信じられなかった。僕は生まれてから今日まで、ずっとエリさんから愛情を受けている。そう実感している。

 子宝。子はかすがい。夫婦の愛情の結晶。なのに、本当は僕を望んでいなかった?
 そんなことはありえないと思う。

 僕の問いかけを予想していたかのように、真中さん自身のメモが添付されていた。エリさんが僕を産んだのは、真中さん自身が孫を望んだから、とある。
 換言すれば、エリさんの秘密を知っているにも関わらず、結婚を認める条件として、子供の出産を求めたということだ。

 結婚を認めてもらうために、子供を作った? 
 もしそうだとしたら、僕の存在はどうなる?
 真中さんは望んでいたけど、エリさんからは望まれていなかった?

 ありえない。
 万が一そうなら、僕がエリさんから受けている愛情は、一体なんなのか?
 いくら考えても答えの出ない問いかけだ。わかっていながら、考えずにはいられない。

 僕は大きなショックを受けている。それだけは認めないわけにはいかない。大袈裟おおげさでなく、自分の存在意義を危うくするものだ。

 エリさんに関する調査資料は何度も読み返した。やはり、信じられない。
 特に、エリさんの〈秘密〉の部分。そういうタイプの人がいることは知っている。僕自身に差別や偏見はない。尊重すべき個人の自由だと思う。

 ただ、それが母親となると、話が違ってくる。とても心穏やかではいられない。
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